■夏の帰り道

初夏の夕暮れ時。

「んじゃ、そろ帰ろうか」

部活の練習を終えた遙、真琴、渚、怜、江たち5人は水泳部の部室を後した。

「明日は鮫柄学園との練習試合です。みんな、今までやってきたことを思い出して、精一杯やっください!」

江が拳を握りしめ、力を込めて言った。

遙、真琴、渚、怜は顔を見合わせた。遙はゴクリとツバを飲みこんだ。暫しの沈黙。

「そうだね〜。練習試合とはいえなんかドキドキするよね〜」

沈黙を破ったのは渚だった。
こんな時でも、いつも誰よりもいつもの自分でいられ渚。

続けて真琴が言う。

「ここまではほぼ予定通り練習も進められたんだし、あとはいつもどおりに泳ぐだけだね。」

「…いつもどおり…。このことがいかに難しいことか、僕は知ってます。そうですね…あとはこの直前でやれることと言えば…例えば肉体的、精神的疲れを解消する方法ですが…」

怜はいつもの様に理論を披露し、自分でうんうんと頷きながら言った。

遙はと言うと、相変わらず無言で黙りこむだけだった。

「外、さっきから夕立してるし、夏とはいえ雨に濡れて体冷やして風邪ひかないようにしてくださいね〜」江が言った。

遙は顔を持ちあげて、日の沈みかけた空に広がるどんよりとした雲を眺める。雨が、細い線を幾重にも重ねように降っている。

「じゃ、僕と怜ちゃんはこっちだから。明日、鮫柄の校門前に8時集合ね!」

渚と怜は、それぞれ手に持っていた傘を広げた。用意周到な二人。渚が手首の時計をチラリと見て「あぁ!電車乗り遅れそうだ〜!」と言って、勢いよくバイバイと手を振ってから、大慌てで怜の腕を引いて駅のある道へと足早に消えていった。

江はピンクのチェック柄の折りたたみ傘を広げながら言う。

「では私もお先に失礼します。真琴センパイ、明日の朝、遙センパイのお迎えお願いしますよ〜!」

江はマイペースな遙のことを心配し、真琴へ朝のお迎え役を念押ししてから手をパタパタと振って、駅とは逆の道へと消えて行った。

真琴は江が見えなくなるまでヒラヒラと手を振った。

「…じゃ、俺たちも帰ろうか。」

真琴が遙に声をかけ、真琴が手に持っていた青い水玉模様入った折りたたみ傘を手早く広げ歩き出した。
2歩ほど進んで後ろを振り向くと、遙はまだ同じ場所にいた。

「ハル、どうしたの?」
「…傘が…」

「あ。ハル傘持って無かったのか。そうならそうと早く言わなきゃ。」

いつの間にか傘をさすほどでもなくなっていた雨。
それでも真琴は遙の方へ後戻りし、遙を自分の傘の中に入るように促した。

「ハル、ほら…」

遙の肩を抱き寄せた。

二人入るにはとてもじゃないけど小さすぎて、真琴と遙の肩は傘から滑り落ちた雫で濡れていた。

「…傘、意味ないね。」
真琴がクスリと笑いながら言った。

肩を寄せ合うことで二人はなんとか傘の下に収まり、そのまま海辺の帰り道を歩いた。

暫くすると雨は止み、雲の合間から水平線に沈む夕陽が現れた。水面に光が落ち、動く波間に反射してキラキラと瞬く。

「雨止んだね。…傘、しまうよ。」

真琴はそう言って歩みを止め、傘を閉じざっくり畳むとカバンにしまった。

「…」

相変わらず遙は無言のままだった。

「…ハル…。怖いの?」

真琴は遙に聞いた。
遙はうつむいたままやっち口を開き、重く呟くように言った。

「…そんなんじゃ…ねぇ」

真琴は遙の形の良い頭のてっぺんを見つめた。さっきの雨で少し濡れてしまった長めの前髪の下から覗く長い睫毛とその下にある瞳。夕陽が当たってキラキラと輝いた。

「勝っても負けてもきっと今より前に進めるよ、ハル…」

「…わかってる。
勝負するって、自分で決めたから。
約束したから。」

リンと…

その名前はあえて言葉に出さなかった。

「…本当は勝負なんかしたくないんだよね。ハルは…」


ーそうだ…
ただ泳ぐだけで良かった子ども時代。
なのに周りは勝ち負けをつけたがる。

勝つことに何の意味がある?

俺は水のように魚のように
ただ水の中泳ぐ魚のいうに
自由泳げれば良かったんだ。ー


「ハル、泣かないで」

真琴はそう言いながら遙の体を引き寄せて強く抱きしめた。

「…泣いてなんか…ない!
…これは…雨…だ…」

真琴は腕の中で強がる遙が可愛いと思った。

「ハル…」

真琴が遙の名前を呼ぶと、腕の中の遙がゆっくりと顔を見あげた。

と同時に、唇にキス。
…触れるだけのやさしいキス。

真琴は遙を抱きしめ肩に顔を埋めて耳元で言った。

「ハル、大好きだよ…」

遙も応じて真琴の大きな背中に腕を回してギュッと抱きしめた。

「…俺も…好き…」

真琴のぬくもりと、ザアザアと押しては帰る波の音がただただ心地よかった。


ーーー

(雨と海辺と夕陽が書きたかったんです。…が、実はこの後には続きがありましてそちらはRモノなるの決定。近日中アップ予定です^_^)

※いろいろと誤字修正しました。
致命的に遙の字間違えていました。
大変失礼しました。



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