Dream | ナノ

Dream

ColdStar

さよなら、だけど

乗り込んできた、エイジス島。
奪われたシオのコアと、動き始めたノヴァ――星をも喰らい尽くすアラガミ。
間に合わなかった、その絶望に打ちひしがれている暇は私たちにはなかった。せめて終末捕喰だけでも止めなければ……
その想いだけを胸に、アラガミと一体化した――文字通り「神」となった支部長を、私達は力をあわせ苦闘の末に打倒することができた。
は、いいものの。

「あのデカブツ、止まらないよ!」

支部長――アルダノーヴァを打ち倒した後も、シオのコアによって覚醒したノヴァの動きは止まることはない。
支部長も、サカキ博士も、ノヴァを止めることは不可能だと……はっきりと、断言した。

「……ここまで来て……そんな」

私も、ソーマも、コウタもアリサもサクヤさんも、サカキ博士でさえも……光を放ち大地を揺るがせるノヴァを呆然と見つめることしか出来ない。
一縷の希望さえ、抱くことは許されないというのか。この世界は――なすすべもなく、ノヴァに喰われるより他にないと言うのか。
世界を変えられなくてもせめてこの世界を美しいと思う心を持った人たちを守りたい――その願いさえ届かないというのか……
何も出来ない自分に苛立ち、きつく唇を噛み締める。皆それぞれに、抱いた絶望に打ちひしがれそうになっていた――その、瞬間。

ノヴァが、放っていた光を止めた。

「ありがとね……みんな、ありがと」

何が起こったのか分からないままだった私たちの耳に聞こえてきたシオの言葉、そして――ノヴァはゆっくりと、浮かび上がり始めた。
シオは死んだわけじゃなかった。だが、その事実を喜んでいる余裕は私たちにはなさそうだった。
浮かび上がるノヴァ、明らかな異変……「死んだわけではない」とは言え、シオのやろうとしていることが私たちには分からなかったから。

「シオ、お前……」
「おそらのむこう、あのまあるいの……あっちのほうがおもちみたいで、おいしそうだから」
「まさか……ノヴァごと月へ持っていくつもりか!?」

シオの言葉、それに答えた博士の言葉。
私たちの視線は――シオの言葉が指すもの、遠い遠い空の向こうの月に移る。
シオの言葉は、静かに続く。私たちがシオといたことでシオが知ったもの、私たちが教えたこと――人はみな、誰かと繋がっていると言う事。

「シオもみんなといたいから、だからきょうは……さよならするね」

呆然とすることしか出来ないサクヤさん。泣き出してしまったアリサ。震える声でシオに語りかけるコウタ。無言のままノヴァを見つめているソーマ、そして……私。
名を呼ぶことはなくても、私達一人一人に届くシオの声、シオの想い……

「だから、おきにいりだったけど……そこの『おわかれしたがらない』、じぶんの『かたち』を……たべて」
「そんなこと……出来るわけないだろ!」

反論したコウタの言葉。そう、彼ならきっとそう言うだろう――コウタの気持ちは私にだって分からないわけじゃない。
でも――月へ向かって、ゆっくりと上昇を続けるノヴァを……この星を、皆を守ろうとしているシオの意思をそこに感じるから、私は――何も、言えなくて。

「どいつもこいつも、一人で勝手に決めやがって」

吐き捨てたソーマの言葉に答えるように、届くのはシオの言葉。

「おねがい……はなれてても、いっしょだから」

懇願にも似たシオの言葉に、躊躇うようにソーマの視線が動く。先ほどまでは真っ直ぐにシオを捉えていたその視線は、今は――私に、向かっている。

「藍音は……動揺、しないんだな」

向けられた言葉に、今までまるで声帯ごと固まってしまっていたようだった私の口からはぽつりと、一言だけ言葉が零れだす。

「理由は前に言っただろう」

皆が取り乱しているからこそ、自分だけは冷静でいないといけない――そんな言葉と一緒に動揺していない振りをする事を覚えた。
皆が動揺しているのに、私まで取り乱すことなんて出来るわけがない。「隊長」の立場は捨てても構わないなんて口にはしていたけれど、自分の立場を捨てることは出来ても皆を捨てることは出来ない――今の私にできることは、皆を支え、揺らぐ心を押さえて真っ直ぐに立っていること。そうやって、皆を、シオを……見守り、支えることだと思っているから。
だけど。冷静な振りをしていても、この胸の中にはっきりとしているのは……ひとつの、答え。

「ひとつだけ我が侭を言わせて貰うとすれば……私は、シオと離れたくない」
「藍音……」
「言っただろう、あんたも私もシオも必ず生きて帰るって。シオと一緒に帰るためにはどうすればいいかもう分かってるんだろう。それが、ソーマにしか出来ないってことも」

私の言葉に、ソーマは一度目を閉じ……はっきりと頷いた。
そのまま、彼の視線は再びノヴァへ……そして、ノヴァから繋がったまま倒れたシオの「かたち」へと向かう。
一歩足を踏み出したソーマがどんな表情をしているのか、彼の背中しか見えない私にはもう、分からない。

いつだってそうだ。私のやってる事なんて、何が正しくて何が正しくないのか分からないことだらけで。
今だってこうやって、冷静な振りをして私自身は何もせずソーマの背中を押した事が正しかったのかどうかまだ私にも分からない。だが――このままではいけないことも、分かっている。
これが正しかったのかどうか、その答えが出るのはきっと今ではない。心の中で自分にそう何度も言い聞かせながら、私は黙って……ソーマを、そしてシオを見守っていた。

……そして。
ソーマの神機が大きく口を開き、シオを喰らったその瞬間。
聞こえた言葉は……「ありがとう」。

――それと共に、ある程度の高さで浮かんだまま止まっていたノヴァが今までとは比べ物にならないほどのスピードで空へと舞い上がっていく。
その場にいた皆は、そして私は黙って、そんなノヴァを見上げているだけ。
やがてノヴァは……シオは、遠くの空に浮かぶ月を包み込む。「喰らう」と言うよりも、まるで……母が子をその胸に抱くかのように。

未だ聞こえる、アリサのすすり泣く声。
小さく、シオの名を呼んだコウタの言葉。
これでよかったのよね、と誰かに――きっと、リンドウさんに向けたのだろうサクヤさんの呟き。
そして……いつも被ったままのフードを外し、空を見上げているソーマ……

皆の分まで私は冷静でいよう。リンドウさんのようになれないなら、私は私のままで強くいよう――リンドウさんの腕輪が見つかったあの時、私はそう心に誓った。
けれど、声には出さないから……せめて、今だけは。
頬を伝った涙を拭う事もなく、私はただ……飛び立ったシオを、シオが包み込んだ月を、ただ見上げていることしかできなかった。

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