Dream | ナノ

Dream

ColdStar

ひとつの約束

いくら隊長権限を与えられていて、他の隊員には伏せられた情報まで閲覧出来るからと言って私の部屋のターミナルからでは調べられる情報にも限界がある。
ソーマを伴ったまま一度部屋を出てアナグラの様子を見回ってはみたもののサカキ博士は相変わらず戻ってきている様子もないし、それどころかアナグラは随分とがらんとしている――恐らくは、アーク計画に賛同した面々が既に箱舟に乗る為にアナグラを出て行ったのだろう。
……アーク計画の発動までに残された時間はあとわずかだと、その事が何よりも如実に示していた。

「……どうすればいいんだよ」
「落ち着け、ソーマ」

焦りを隠す事のないソーマの言葉には短く答えたものの……私にだって焦りを隠す事は出来ない。
シオが危ない。そして終末捕喰が発動してしまったら、数多くの罪のない人たちが抗う事すら出来ずに喰われて滅び去ってしまう――
どうすればいい。どうすれば、この状況を打破できる――?
焦りが思考を妨げる。こうしている間にも、時間だけが刻々と過ぎていく。迫る終末の時に向けて私は、ソーマはどうしたらいい……?
自分の心臓の音と、時々聞こえるソーマの舌打ちと、普段なら生活の一部になっていて気にならないような機械の駆動音。そんな音が余計に私の思考を乱し続ける。
間近に迫るチェックメイト――だが、それを打破したのは……

「シオが連れて行かれたのね」
「あなたたちだけじゃ心細いだろうと思って戻ったんですよ」

指名手配されているはずのサクヤさん、そしてアリサ。

「……アナグラの地下にエイジスへの道はあるよ」

アーク計画に賛同し、アナグラを離れたはずのコウタ。

――そう、私は忘れていた。
入隊してから……隊長になって、そして今に至るまで……最終的に、がむしゃらに突っ走る事しか出来なかった私を支えていてくれた存在の事を。
壊れてしまったと思っていた、私の「大切なもの」は……ここに、こうして再び集まった。
アーク計画を、終末捕喰を止めること。そしてシオを助けること。今ここにいる5人の意思はひとつに固まっている――それをはっきりと確かめ合い、私たちは走り出したコウタの後を追ってアナグラの地下へと向かった。
……一緒にサカキ博士の講義を聞いていたはずなのに私には思い至らなかった、アナグラからエイジスに物資を運ぶ為の通路があるはずだという言葉――このときばかりは流石に、コウタを少し尊敬した。
そしてコウタの推測の通り……エイジスに向かう為の扉がそこにはあった。
私たちの手ではキーが解除できなかった扉も、そこに現れたツバキ教官が持っているのだという――
パズルのピースは全て揃った。
私たちにできること、それは……エイジスへと向かい、シオを取り戻すこと。そしてアーク計画を、終末捕喰を食い止めること。
それを確かめ合うように頷きあった私たちを、ツバキ教官は僅かに笑みを浮かべ見守ってくれていた――

エイジスに向かうのであれば十分に準備をしてからにするように、という言葉に甘え、私たちはそれぞれに自分の部屋へと向かった。
私は――自室に戻る前に、皆の部屋を訪ねて……一人一人と、短い時間とは言え言葉を交わした。
戻ってきてくれた礼も、エイジスへの扉を開くきっかけをくれたことも、私にとっては皆が大切な仲間だという事も……ありったけの言葉で伝え、そして……サクヤさんの部屋を出たところで当たり前のようにソーマの部屋へと向かう。
ノックしただけで名乗らずとも扉を開け、私を迎え入れてくれたソーマの表情もまた、しっかりと決意を固めている。
私が何かを言う前にソーマがはっきりと私に向けた言葉――

「シオを助け出す為に……力を貸してくれ」

……全く。
そんな事を言われなくたって私がここでそっぽを向くなんてことがありえないということをソーマは分かっていないのだろうか。

「この期に及んで改めて頼まないと何もしないと思われているのかと思うと流石の私も少しは傷つくんだが」
「……そう、だったな。お前はそういう奴だった」

私の言葉に、ソーマは僅かに表情を緩める。先ほどまでの、焦りだけに支配されていたのとは違う……僅か落ち着きを取り戻したようにも見えるその表情を確かめると、私ははっきりと頷いて……準備を進めるため、ソーマの部屋をすぐに辞去しようとした。
だが……背中を向けた所で、私の耳にはっきりと届いたソーマの声。

「藍音……ひとつ、聞いときたいことがある」
「どうした」

足を止めた私の背中に、真っ直ぐに投げかけられるソーマの言葉。
その声は先ほどまでとは違いどこか躊躇いがちで……どこか、苦しげにも聞こえたのは私の気のせいなのだろうか、それとも。

「こんな時にする話じゃねえのは分かった上で聞く。この前言っていたあれは……どういう意味だ」

ここまで散々時間があって、今まで何も言わなかったくせに今になって何を言い出すかと思ったら。
それとも今まで何も言わなかったのは本心から分かっていなかったからだとでも言うのだろうか。もしそうだとしたら、ソーマが何も言わない事で余計な事をごちゃごちゃと考えていた自分の存在が急に馬鹿らしく思えてきたりもして――

「あんたが言ったとおりだ、今するような話じゃない。今は私のことじゃなくシオのことを考えていろ」

それが逃げだと分かっている。
だが、今口にするべきことじゃない。愛だの恋だの、そんな甘えたことを口にするのは何も今でなくていい。
そのまま一歩足を進めた私の腕は不意に、ソーマによって掴まれる。

「お前はそれでいいかも知れねえ、けど俺は……」

食い下がろうとするソーマの腕を、力ずくで振りほどいた。
そのまま振り返る。すぐそこにいたソーマは、今までに見たことがないくらいに真剣な目で私を見つめている――
逃げてはいけない。ソーマの表情を見ていると、何故だかそう思えてならなかった。
だが、今ははっきりと口にするべき時じゃないとも感じる。
私の中に生まれた、二つの矛盾する思考。一瞬だけぶつかり合ったその思考の末に私は……黙って、ソーマのネクタイの結び目のあたりに手をかけた。

「藍音」

私の行動の理由がつかめなかったのだろうソーマが私を呼ぶ声。だがそれは――聞こえない振りをした。
ソーマの首を絞めてしまわないように加減しながら、ネクタイを掴んだ手に力を込める。引き寄せられ私に近づいてきたソーマの顔を真っ直ぐ見つめ、次の瞬間には何のためらいもなく私は目を閉じてソーマに向けて顔を寄せる。
――私からすれば途方もなく長い時間だったように感じられていた……だけどきっと本当はほんの一瞬だけ、奪った唇は私が思う以上に暖かかった。
だがそのぬくもりを確かめる間もなくすぐに目を開け、目の前にあったソーマのあっけに取られた顔に向けて……短く、一言だけ告げる。

「後は自分で考えろ、この朴念仁」

本当に、この期に及んでどこまで身勝手なのかと自分でも思う。
だけど、今ははっきりと口にすることは出来ない。
今はシオのことだけを考えなければいけないのは私だって同じだ。だから、今は。

「……藍音」
「これでまだ分からないって言うんなら全部終わってから答え合わせだ」

答え合わせなんて本当は必要ない。私だって、これで分からないほどソーマが馬鹿だと思っているわけじゃない。
だが――今は自分のことを考えている場合じゃない。
身勝手に想いを押し付けておきながら本当に勝手な言い草だとは思う。だが……今は互いに、ほかに考えなければならないことがあるから。
確かな言葉を告げるのは、全てが終わった後でいい。

「……全部終わってから、な。その言葉、忘れんなよ」
「そっちこそ。……必ず生きて戻るぞ、あんたも私も、勿論シオも」

その約束だけを残して、私は今度こそソーマの部屋を後にする。
いい加減自室に戻って自分の準備を進めなければならない――きっと、エイジスに向かった所ですんなりシオだけを連れて戻ってくるなんてことは出来るわけがないんだから。

 Return 



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -