Dream | ナノ

Dream

ColdStar

Dear my cold star.

ノヴァの、終末捕喰の脅威から人知れずこの星が解放されて――数日が過ぎた。
アーク計画の詳細は極東支部内だけの機密事項とすると言うサカキ博士、そしてツバキ教官の決定に従い、それでも様々残された事後処理に追い立てられる日々。
そこに加えて、この地球で未だ跋扈を続けるアラガミたちがアーク計画に賛同し一度はこの星を離れた神機使い達の帰還を待ってくれるわけもなく――残っていた神機使い達はそんなアラガミの討伐任務をこなしていかなければならない。
そして、今日も。

……同時にあちこちで大型のアラガミの目撃情報があり、皆で手分けして討伐に向かうことになっていた。私と、そしてペアを組むことになっていたソーマが向かった先は廃寺の近く。
討伐そのものは終わったものの、ソーマが少しだけひとりになりたいと言い出したので私はそれを見送り……ひとり、廃寺の本堂にいた。
壁に凭れ、破れた天井から空を見上げる……
あの日以来、まるで地球と同じように緑化が進んだ月。それがシオの、ノヴァの力によるものであることは明らかだ。
だがアーク計画やシオ、そしてノヴァの存在が極東支部外秘である以上それをどう本部に報告したものやら、なんて困ったように笑っていたサカキ博士の言葉をふと思い出したりしながら……舞い散る雪と、その先で輝く月を見上げている。

かつて私が愛した、アラガミが現れる前から変わっていなかった月とはまた違う美しさを持った月。
シオがそこにいるのだということも含めて――変わってしまった月はまた、私の心を惹きつけてやまない。哀しくなるくらい美しい月から目が離せないまま、私は……神機使いになってからの激動の毎日のことを考えていた。
そしてこんな激動の毎日はこれからも続いていくのだろう。痛みも苦しみも何もかもを塗り替えるように。

そんなことを考えていた私の耳に届いたのは……聞き慣れた足音。
そもそもがここにやってきたのは私と彼のふたりだけ。その足音が誰のものなのか、その答えはすぐに分かろうというもの。

「またここにいたのか、藍音」
「ひとりになりたかったんじゃないのか?」

私の言葉に対してのソーマの返事はない。ただ、黙って……私の隣までやって来て、私と同じように空を見上げている。
暫くの間、どちらから言葉を発することもなく……雪が降り積もる音が聞こえそうなほどの静寂を破ったのは、ソーマが先だった。

「甘ったれた考えかもしれないが」
「ん?」
「シオにはもう一度会えそうな気がしてる……だからそれまで、このクソッタレな仕事を続けながら待つことにするさ」

ソーマの言葉に私が返せたのは……そうだな、なんて短い一言だけ。
月の光が、私とソーマを……そして、ソーマのいつの間にか真っ白に色を変えた神機とを照らしている。
目の前にその姿はなくとも、間違いなくそこにシオがいることを示しているかのような神機は月の光を受け、鈍く輝いていた。
そんなことを私が考えているなんてきっと知らないのだろう――ソーマは空を見上げたまま、ぽつりと呟く。

「お前も一緒に待っててくれるんだろ、藍音」
「……確定事項のように言われるとなんだか腹が立つな」
「頼んでみたら傷ついたとか言うくせにその言い草かよ」

シオを助け出しに行く時に「力を貸してくれ」と頼まれ、そこで私が返した言葉をそのまま返してきたソーマに、私も思わず小さく笑みを零していた。

「確かに、言われなくても……あんたさえ許してくれるなら最初からそのつもりではいたが」
「許してくれるならも何も、嫌だっつったって強引に俺に付きまとうんだろうが」
「……否定できないな」

ひとつ息を吐いて、隣に立ったままのソーマの横顔を見つめる。
あの時と同じようにフードを外し、プラチナブロンドに月の光を受けて立っているソーマの整った横顔……
私の視線にはきっと気付かないまま、ソーマの目はただ遠くの月を捉えている。
だが――不意に、その視線が私の方へと向かってきた。とても真剣で、とても真っ直ぐな眼差しから目を逸らすことなんて、私に出来るわけもなく。

「藍音、俺は」

何かを言いかけ、ソーマは一度目を閉じる。そのまま……静かに、首を横に振った。

「いや、違うな。答え合わせがまだ済んでねえ」
「あれで分からなければ、って言っただろう?もう……分かってくれてると思っていた」
「さあな……間違ってるかも知れねえだろうが」

からかうようにソーマが口にした言葉は、はっきりと示していた。彼は本当は分かっていると。
だが、約束は約束。それに――遠まわしに押し付けてきた、私の中の確固たる想い――私の中で眠り続けてきた、ひとつの「私のかたち」。それをきちんと言葉にしておかなければいけない時がやってきたのだと、自分に言い聞かせる――

「ソーマ、私は――」

真っ直ぐにソーマの目を見つめ、一度だけ視線を伏せる。
どう言葉にしたらいいのか、僅かな躊躇いが私の中に浮かぶ。だが――恰好を付ける必要なんてどこにもない。今私が為すべきことはいつもと同じ、思っていることをそのまま言葉にすればいいだけのこと。

「あの日、支部長に『最愛の人』の話を持ち出されるまで自分でも分からなかったなんて、気付くのが遅すぎたのかもしれない。でも……支部長から最愛の人を箱舟に乗せてもいいと言われた時私の中にはっきりと見えたのが……あんた、だったんだ」

覚悟を決めるように、一度深呼吸する。
逃げたりしない。今私が言うべきことはたった一つなんだと自分に言い聞かせて……もう一度、真っ直ぐにソーマの瞳を見上げた。

「私はあんたを……愛してるんだ、ソーマ」

しっかりとぶつかり合う視線。
うるさいほどに高鳴る心臓。
あれほど聞くのが怖かったはずだったのに、何故だろう。ソーマがたとえどんな答えを出したとしても今ならそれを受け入れられそうな気がしていた。
それにもしも、自惚れではないのだとしたら……ソーマが私に、一緒にシオを待っていて欲しいと言ったその言葉の意味は、きっと。

「気付くのが遅かったなんて、俺だって変わりゃしねえ。あの時お前にああ言われるまで、俺だって……お前のことは信じられると思ってたけど、その理由が分かっちゃいなかった」

呟きが私の耳に届いたのと、ソーマの腕が伸ばされて――しっかりと抱きしめられたのが、ほぼ同時。
私の鼓動と、触れ合った場所から伝わるソーマの鼓動が同じリズムを刻む。
何故だろう……自分ひとり分ならうるさいとしか感じられなかったはずのその鼓動が何故かとても心地よく感じられる。
重なり合うふたつの鼓動に耳を傾けている私に聞こえたのは、とても小さく――それでいて、はっきりとしたソーマの言葉。

「……悔しいけど、俺も藍音に惚れちまってるみたいだ」

顔を上げた私の目に映るのは、真っ直ぐにこちらを見ているソーマの真剣な眼差し。
眼差しはとても真剣なのに、そのくせ褐色の肌の上からでも分かるほどに、今のソーマは――

「……顔赤いぞ、ソーマ」
「……何をお前は冷静なツラしてやがるんだよ」

苦笑いを浮かべたソーマに、私は精一杯の笑顔を作ってみせる。
もしかしたらその笑みは引きつっていたかもしれない。だがそんなことに頓着している場合ではないのもまた事実。

「私がどんなに動揺してたって冷静な振りをするのが得意だってことは知ってるだろう」

呟いた言葉と共に、ソーマの肩に顔を埋めた。
本当は心臓が口から飛び出しそうなほどに激しく脈打っている。それを気付かれたくないと思っていても、こうしていたらその鼓動がソーマにだって丸分かりなのは頭では分かっている。
だけど、それでも私はソーマから離れる事が出来ないまま――ただ、黙ってソーマの背中に腕を回していた。

つかみ所がなくて、何を考えているのかさえも分からなくて……初めて出会ったときのソーマはまるで、手の届かない冷たい星のようだった。
でも……互いに自分の想いにさえ気付かないまま引き寄せられ、そして、今はこうして確かなぬくもりを持ってしっかりと抱きしめあっている。

ひらひらと舞い散る雪が月の光を受けて銀色に光る。
まるで、ずっとずっと遠くで輝いている星のような光は、私たちのすぐ近くで……長い遠回りの果てにやっとこの場所にたどり着いた私たちを祝福するように静かに、私とソーマを照らし続けていた――

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