Dream | ナノ

Dream

ColdStar

迫る絶望

サソリが漢方では頭痛やひきつけに効くから、なんてよく分からない理由でボルグ・カムランをシオに食べさせたいとサカキ博士が言い出し、私とソーマは言われるがままにボルグ・カムランの討伐に向かっていた。
ボルグ・カムランはサソリじゃねえ、なんてソーマはぼやいていたが、サカキ博士の行動の原理が良く分からないのは今に始まった話じゃない。
……とは言え、その間も私とソーマには――危ないとか、あっちに回れとか……戦闘に必要な最低限の会話しかない。
この前私が言った事をソーマがどう受け止めているのか、今のソーマの態度からでは全く与り知ることが出来ない――特に気にも留めていないのか、それとも意味が分からずにいるのか。
時折何かを言いたそうにしているのは私の気のせいなのだろうか――それを確かめることさえもなんだか憚られて、結局殆ど会話もしないままアナグラに戻ってくるに至った、わけで。
戻ってきた所で会話のないままに、私とソーマは手に入れた素材を片手にサカキ博士の研究室へ向かったのだった。
目を覚ましたシオは……以前のように、不意に身体に光の紋様を浮かび上がらせはしたものの、博士から食事を差し出されるとにっこりと笑って私たちが持って帰ってきたばかりの素材を貪りはじめた。

「おい……一体いつまでこの状態が続くんだ」
「折角ヒトらしさが出てきたところだったのに、あれ以来すっかり不安定になってしまったね」

博士が言うには、シオの中で二つの心が……人としての心と、アラガミ――全てを喰らい尽くす、「特異点」としての心が対立している状態にいる可能性があるのだという。
終末捕喰の発動の鍵となる「特異点」……アーク計画の完成に必要なもの、それがシオ。

「もう分かっていると思うけど、私はまだ彼にそれを渡したくはない」
「『まだ』……ですか」

その言葉の裏にあるものが読み取れず、私はサカキ博士から目を反らした。
この場所が一番安全だから。そんな理由でシオがサカキ博士の保護下にある以上サカキ博士が良かれと思ってやっていることならばそれに従いはするものの…
サカキ博士の方に視線を戻す事はないまま、私は……ゆっくりと、口を開いた。

「その『まだ』がどういう意味なのか――事と次第によってはあなたも私の敵となり得ます、博士」
「藍音の言うとおりだ。俺はあんたの側についたなんて思っちゃいねえ。俺やアイツをおもちゃにするようならどっちも一緒だ」

互いに発した言葉に、私とソーマは思わず顔を見合わせる。
こんな時だというのに、いや……こんな時だからこそ、シオのことを想う気持ちは同じなのだと言う事を改めて確かめて、私とソーマは……言葉にはしないままに微かに頷きあった。
そのままふたり分の視線が自分の方へと戻ってきたのに気付いたのだろう。サカキ博士は笑顔を崩す事がないままゆっくりと口を開く。

「心配しないでいいよ。私は彼女に何もしちゃいない……こうして皆と一緒にいてもらえさえすればそれでいいんだよ」

私と、ソーマを。博士は順番に見据え、そしてその視線を今度はシオの方に移す。釣られたように私とソーマもまた、シオのほうを見遣る――
と。
そのとき急に、部屋の明かりが消える。

「なんだ!」
「……停電、か?」
「心配ない。もうすぐ中央管理の補助電源が……あ!!」

何かを思い出したように声を上げた博士。そして――私たちの耳に届いた、聞きなれた声。

『……やはりそこか、博士』
「あああああ!し、しまったぁぁぁぁぁ!!」
「ど、どうしたって言うんです博士」

私の問いかけに、サカキ博士は首を振る。そしてはっきりと言い切った……今の停電で、電源が一時的に中央管理となってしまった事でこの部屋のセキュリティが破られてしまった事――つまり、支部長にシオが、「特異点」がいるのがこの場所だと露呈してしまったと。

「……シオ」

私は薄暗がりの中、ゆっくりとシオに歩み寄った。
そのまま、ぼんやりと闇に浮かび上がっているようにさえ見えるシオの色白な身体に向かって静かに手を伸ばし、その手をゆっくりと掴んだ。

「んー……あいね?」
「……シオ、心配しなくていい。あんたのことは私とソーマが必ず守ってみせるから」

座り込んでいたシオに高さを合わせるようにしゃがみこむと……シオの細い身体をそっと抱き寄せた。
絶対にシオを傷つけさせたりはしない。例えそれが、「フェンリル極東支部第一部隊隊長」の立場に叛くものであるとしても。

「あいねもいいやつだなー」
「どうだかな。私はただ身勝手なだけだ。ソーマのように、純粋にシオのことを考えているかと言われたら……すぐには肯定できない」
「……藍音」

ソーマが私の名を呼んだ、その意味は今の私には分からない。
……私がシオを大切に思っていたのはソーマがシオを大切にしていたからで、その裏にあったのは自分のソーマへの想い……だから、私は本当に心からシオの事を考えているのかと聞かれたら胸を張って肯定することは出来ないかもしれない。
でも、それでも。抱き寄せたままのシオの頭をゆっくりと撫でながら、私は言葉を続けていく。

「だが……たとえ自分の立場を、自分の全てを捨てたとしてもシオを守りたいと思っている。だから、今は私を信じて欲しい」

シオの答えはない。
ふと見ると……抱き寄せていたシオの身体が、前に見た光の紋様に彩られている――!

「シオ……?」
「ヨンデル……ヨンデル、ヨ……」

先ほど私の名を呼んだときとは全く違う口調。どこか上の空と言った様子で、視線を遠くへと送っている。

「シオ!!」

ソーマが駆け寄ってきたのと、シオが抱きしめていた私の身体を振りほどいたのとがほぼ同時。
シオを捕まえようと伸ばしたソーマの腕は空しく空を切る。私も再びシオを引き寄せようとして腕を伸ばしたものの、振りほどかれて崩れた体勢からではシオには届かない。
やがてシオの身体はゆっくりと宙に浮かび上がり……全身に光を纏ったまま凄まじいスピードで壁を突き破り、その場から消えた――

「今、シオに…何が……」

私は立ち上がる事さえも出来ず、シオが突き破った壁を見ながら呆然と呟く事しか出来なかった。
聞こえてくる足音、顔を上げると……腕組みをしたまま、私と同じようにシオが空けた大穴に視線を送っているサカキ博士の姿。

「おぼろげにしか推測が出来ないが……」
「おぼろげでも何でもいい!何か分かってんだったら全部聞かせろ!」

ソーマの声は動揺を隠そうともしていない。……目の前でシオが飛び立っていってしまったのだ、その動揺も無理のない話――
私は黙ったまま、ソーマとサカキ博士のそんなやり取りを聞いている――視線だけは、シオが出て行った痕跡を残す壁の大穴に向けたままで。

「シオの……『特異点』のコアの反応は、以前に一度アナグラから出て行ってしまったときに支部長にはどんなものか分かってしまっている。それを踏まえた上で、あくまでも私の推測として聞いて欲しいんだが」

そこで一度言葉を切り、サカキ博士は壁にあいた穴に向かって歩み寄る。
その向こうに視線を送ると……ひとつ息を吐いてから、更に言葉を続けた。その声色は……先ほどまでのソーマほどではないとは言え、やはり動揺の色を滲ませている。

「シオの『特異点』としての意識に何らかの働きかけをして彼女を呼び寄せた……と考えるのが自然だろうね。先日の一件で不安定になってしまっていたこともあって、その働きかけによりシオはまんまとその呼びかけに引き寄せられてしまった。もう一度言うが、あくまでも私の推測に過ぎないがね」

参ったな、なんて短く呟いて、サカキ博士は壁に空いた穴から離れると……部屋の入り口の方へと足を向ける。

「博士……どこへ」
「……ひとつ、確かめたい事がある。暫くの間、アナグラを頼むよ」
「アナグラを頼む、って……一体どういう」

最後まで私が言い切るよりも先にアナグラの中に鳴り響いたエマージェンシーコール。
普段であればアナグラの周辺でアラガミの襲撃があったときに鳴り響くはずのエマージェンシーコールの後、聞きなれた全館放送……

『ラボラトリフロアの一部に施設の破損を確認。アラガミによるものと推測されます。現在施設内にアラガミの反応は確認できませんが再度の襲撃の可能性があるため、手隙のゴッドイーターは警戒を厳に願います。繰り返します――』
「外側から開けられた穴と内側からぶち破られた穴の区別もつかねえのかよ、全く」

ソーマは短く吐き捨てると、へたり込んだままだった私に向かって手を伸ばした。

「この場に俺達がいたらあれこれいらない事まで聞かれるだろ、そうなると厄介だ」
「あ、ああ」

ソーマの手を取って立ち上がると私たちは急いでエレベーターに向かい、すぐに乗り込む。
ベテラン区画でエレベーターを飛び降りると、周囲に他の神機使いがいないことを確かめてからすぐにソーマに目配せをした。

「私の部屋だ。あんまり呑気にしている時間はないが今後の方針を考えなければ」

ソーマが頷いたのを確かめると、私はすぐに自室へと駆け込み――ソーマが同じように部屋に入ってきたのを確かめてから、すぐに扉を閉めてロックをかけた。
一度扉に耳を当て、その向こうで声がしないのを……扉の向こうに人がいないのを確かめてから、私はターミナルの方へと足を向ける。

「……で、今後の方針っつったって……何かあてはあるのかよ、藍音」
「あてと言うほど確実なものじゃないが……サカキ博士はきっと、答えが分かっているんじゃないか、とは思っている」

ソーマの口調はどこか苛立ったように感じられる。それはそうだろう……本心をいえば私だって心中穏やかでいられるはずがない。
だが、サカキ博士の「推測」の全てが正しいわけではないにせよもしも当たっている部分があるとすれば……シオの行き先として考えられる場所は、ただひとつ。
私はターミナルの電源を入れ、敢えてソーマのほうを見ないままで今思いついたことを言葉に代えていく。

「……ソーマ。もしあんたが支部長だったとして、アーク計画が『特異点』さえ見つかれば完成する段階にこぎつけられ、且つ『特異点』を見つけ出したとしたら……どこに連れて行く?」
「あいつの考える事が俺に分かるわけねえ……と、言いたいところだが……」

ソーマの言葉と、ターミナルの起動を確かめてから私はソーマの方を振り返る。
しっかりとぶつかり合った視線、ほぼ同時に動いた唇。ふたりの発した言葉は全く同じ――「エイジス島」。
互いの言葉に頷き合うと、私は何事もなかったかのようにターミナルのほうへと視線を戻してキーボードを叩く。

「問題は、この前サクヤさんが言っていたことを鑑みると今私たちがエイジス島に侵入するのはほぼ不可能に近いと言う事なんだ――エイジス島に入ることが出来ない以上、そこにシオがいると仮定したところで身動きの取りようがない。何か……方法を探すぞ」

背後にいるソーマのことを気にしている余裕なんて、そのときの私にはなかった。
ただ、無心になってターミナルのキーボードをたたき続けるだけ。思いつく限り、色んな言葉を用いてデータベースを調べる……一刻も早くエイジスに向かわないと、シオが危ない。
危機感とか焦りとか、そんなものに支配されている。
……後で考えれば、いくらなんでも想い人と自分の部屋でふたりきりなんて状況を自分から作り出す事はなかっただろう、なんて思ったりもしたのではあるが。
だが……ずっと遠くから聞こえている気がしていた崩壊の足音が目の前に迫ってきている気がして、そのときの私にはそんな事まで考えている余裕など――介在するわけがないのだった。

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