Dream | ナノ

Dream

ColdStar

Confession

支部長室を後にし、私はエレベーターに乗り込んだ――向かう先はベテラン区画。
本当はただ、自室でこの後どうするかについてじっくり考えるだけのつもりだった。だが……エレベーターを降りた所、自動販売機の前にソーマが立っているのを見つけて……なんだか、急に心臓を掴まれたような息苦しさを感じる。
そう言えば、ここの所意図してソーマを避けていた事もあってこうやってその姿を見るのは久しぶりかもしれない。
その、久しぶりに姿を見るのが……自分が気付いていなかった想いを確信した直後なんて、もしもアラガミでない神がいるとしたら相当に意地が悪いと思うよりほかなかった。
何も言わないままソーマの背後をすり抜けようとして……私の気配に気付いたのだろう、ソーマは黙って振り返り、私を見て僅かに目を見開いた。

「……ここんとこずっと出払ってると思ったら今日はアナグラにいたのか」
「いたら悪いのか?」
「そうじゃねえ……ただ、ここの所姿を見なかったから珍しいと思っただけだ」

……「姿を見なかった」のが誰のせいだか分かっているんだろうか。
自分が言った事がどれだけ私を傷つけたか、ソーマと一緒にいることすら辛いと感じるほどに私が苦しんでいた事をソーマは分かっていないのだろうか……なんて、僅かに恨み言を言いたくもなる。
だが、口から出てきたのは恨み言ではなく。

「支部長にアーク計画に乗る気はないかと誘いをかけられた」
「やっぱりか」

ソーマが僅かに不快げに眉をゆがめた、ように見えたのは……支部長に対しての嫌悪感からなのか、それとも。そこまでは、私には与り知れなかった。
次の言葉をどう繋ぐか、私が考えている間に――ソーマのほうから、立て続けに言葉が投げかけられる。

「それで?お前はどうするんだ」

この期に及んで、まだ「どうする」なんて言葉がソーマから出てくるとは思わなかった。
私がどうするかをまだ疑っている。私は100パーセントはソーマから信頼されていないのではないか――その考えが再び頭を過ぎり、棘となって私の心にちくちくと刺さる。
血を流す心が叫ぶ――どうして信じてくれないのかと。他の誰に何を言われるよりも、ただひとりソーマが私を信じてくれていない事の方が私にとっては……辛くて、苦しい。
私の答えは決まっているのに。何が起こっても私が翻意することなんてあり得ないのに、どうしてソーマは分かってくれないのか。
その苦しみを吐き出すかのように、私はただ言葉を連ねていく事しか出来ない……

「どうするもこうするも、私は箱舟に乗るつもりもなければアーク計画を認めるつもりもない。支部長は余程私を箱舟に乗せたかったのかひとつ提案をしてきたがそれも蹴ってやった」
「あっさり蹴れる程度の提案、か。もっと卑怯な手でも使ってくるかと思ったが」
「支部長に美学があるとすれば最大限に譲歩はしただろうな。例えば、私の最愛の人が箱舟に乗る権利のない人間だったとしても、私が望むのなら箱舟に乗せてやってもいいと言われた」

ソーマの表情は相変わらず、どことなく不機嫌そうに歪んだまま。
阿呆らしい、と短く聞こえた言葉が何に対してのものだったのか、私には分からないまま……ここで言葉を切るのは簡単だった。
だが……はっきりと、言ってやらなければならない。どうして私が、支部長のその提案をいとも容易く蹴ったのかを。

「私には家族がいない、だからコウタのように家族のために船に乗る事はあり得ない……そこまでの思いつきは間違ってはいなかった。だがその代わりに『最愛の人』なんてものを持ち出すんだったらそれがどこの誰なのかまできっちり調べてから条件として提示すればよかったものを」
「どこの誰、って……藍音お前……」

不意にソーマの表情が変わる。先ほどまでの不機嫌そうなものとは違う、だがどことなく不愉快そうなその表情。
一体何がそんなに気に喰わないというのか、私には分からない。私はただ、事実を淡々と述べているに過ぎないのだから。
だから――そんなソーマを無視して言葉を繋いでいく事だけが、今の私にできること。

「誰なのか知らずにそんな提案をした所で、箱舟に乗るわけがない以上その誘いは無意味だった事に気付いていなかったのだから支部長も詰めが甘い」
「誰なのか知らずに――か」

私の言葉を繰り返すように一言呟いて、ソーマはそのまま黙り込んでしまう――やがてふん、と何かを鼻で笑ってみせたソーマのその笑みが何に向けられたものなのか、それは私には分からない。
ただ、伏せられたその眼差しは……ひどく哀しそうに、私には見えていた。
何故だろう、ソーマの表情を見ていると言葉を繋げることに強く躊躇いを覚えてしまって……同じように黙り込んだ私に向けて、ソーマは短く言い放った。

「けど、藍音の『最愛の人』とやらが箱舟に乗らないと決まったわけじゃねえだろ」

ソーマの言葉を聞いて、私は……ソーマに、背を向けた。
……彼の言葉への答えとなるのは、私がついさっき自分で気付いたばかりのこと。
これを今ソーマに伝えるのが正しい事なのかなんて、私には分からない――だが、ひとつはっきりといえる事があるとするならば。
やっぱり、正しいのかそうでないのかすら分からないまま思った事をすぐに口に出す癖は治りそうにない、ようだ。

「次の世代に残るべきじゃない、だから箱舟には乗らないって……あんたが自分で言ってたんじゃないか」
「待て藍音、それどう言う……」

ソーマの言葉に応えることなく、そのまま小走りで自室へと向かう……ソーマの顔を見る事なんか、できるわけがなかった。
自覚してしまった以上、その想いを胸の中だけに留めておくことなんて出来るわけがない。思った事をすぐ口に出すのは私の悪い癖だ――なんて、それを免罪符にして押し付けた想い。

私が部屋に駆け込む寸前に、ソーマが再び私の名前を呼んだのは気のせいなんかじゃない。
だが……それに対して、どんな顔をして答えればいいのか、私には分からなかった。
自室の扉に凭れかかり……そのまま、床にへたり込む。吐き出して押し付けた想い、それを受け取ったソーマが何を考えているのかなんてそこまで心配する余裕はそのときの私にはなかった。

それに、ソーマが何を感じたとしても私のやるべき事は今までと変わらない――はずだ。きっと。
自分にそう言い聞かせながら胸に手を当てる。
そう。たとえこの想いが拒まれようとも、私の中にある確固たる感情は決して変わる事はないのだから――私は今までどおりでいればいい。
何度も何度も、自分に言い訳をするようにそう言い聞かせる……そのときの私に出来たのは、ただそれだけ……だった。

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