Dream | ナノ

Dream

ColdStar

やわらかなぬくもり

本当にどうしてなのかは自分でもよく分からない、が……何をするわけでもなくても藍音を抱きしめている時間が好きだと、ふと思うことがある。
今だって――食事を終えてキッチンで食器の片づけをしている藍音を後ろから抱きしめて、邪魔だと藍音に怒られたりしたところで。

「……片づけが終わったらいくらでも構ってやるからもう少し待ってろ」

ぼやくようにそう言った藍音ではあるが、言い切った後から明らかに手際が良くなったのを見ていると藍音の側もまんざらではないのが伝わってきてそれが可笑しくなる。
淡々としていて、時に冷たいとすら感じるのにこう言うところは子供じみているようにも見えて、そんな所が可愛いなんて思っちまう俺は……もしかしなくても相当重症なんだろう。
そもそも、藍音には可愛げなんて呼べるものを他人に見せる事は殆どない。知ってるとしたらそれは俺だけ、なんて考えれば悪くはないかもしれないが。
そんな事を考えていると、水道の音が止まって藍音がゆっくりと振り返る。その、数歩後ろ辺りで藍音の背中を見ていた俺は……振り返ったと同時に歩み寄って腕を伸ばし、しっかりと藍音の身体を抱きしめていた。
触れ合った場所全てから、俺に伝わる藍音のぬくもり。そのぬくもりだけを確かめるように俺は一度目を閉じる。体温なんてそう変わりはしないはずなのに藍音の身体はどうしてこんなに温かいと感じられるのか……よく分からないままに。

「……あったかい、な」

俺の腕の中で藍音がぽつりと呟く。それも丁度、今俺が考えていたのと同じような事を。

「俺からしたら藍音の方がよっぽど……」
「いや……そう言う事じゃないんだ。こうやって触れ合って、『体温を感じられる』ことが幸せだって、そう思った」

言葉と共に、藍音の手が……俺が被ったままにしていたフードを払いのける。掌がなぞるように俺の頬に触れ、眼鏡越しにでもはっきりと分かるほどに真剣な藍音の眼差しが俺を捕らえていた。

「こうして、私もソーマも『生きている』から互いのぬくもりが分かる。こんな時代に、こんな世界で、誰より大切な相手が自分の傍で『生きている』んだってことが確かめられるだけで……恵まれているんだな、って」
「藍音……」
「このぬくもりを絶対に離したくないし、離れたくない。それに、もしあんたが同じ気持ちでいてくれているなら、あんたからその幸せを奪いたくもない」

俺の頬に手を添えたまま、真剣な表情で言い切る藍音が……たまらなく、愛しい。
その感情に任せるまま、藍音を抱きしめる腕の力を強めた。本当に藍音が愛しくて仕方なくて、これ以上は無理だと分かっていてももっともっと俺の傍に藍音を引き寄せたくて。
このまま折れてしまうんじゃないかってくらい強く抱きしめた藍音に向けて……俺が言える言葉なんてそんなに多いわけじゃない。

「ひとつだけ訂正しろ。『もし同じ気持ちでいてくれるなら』じゃねえ。間違いなく同じ気持ちだ」
「……ああ、そうだったな」
「俺だって、藍音を離すつもりもなければ……ここにある幸せを手放すつもりもねえ」

この命をそう簡単に手放すつもりもなければ、藍音の存在を簡単に俺の近くから消すつもりもない――こんな時代で、こんな世界だからこそ俺と藍音はこれからも生き続けなきゃならない。

「それに、もしシオとまた会える日が来たとして……その時、私とあんたのどちらががいなくてもシオは悲しむだろうから、な」
「ああ。あいつの為にも、俺自身と藍音の為にも俺たちは……」

生き続けなければならない。戦い続けなければならない。
俺たちを縛る足枷のような命の義務。だが、そこから逃れるつもりもなければそれを嘆くつもりも俺にはなかった。

「尤も、お前に背中を預けてる以上そう簡単に死ぬこともねえだろうがな」
「同感だ」

どんな事が起こっても藍音だけは信じられる。きっと、これからもずっと。
ここまで信じていいと俺に思わせてくれた藍音のぬくもりを確かめるように俺は更に藍音を抱きしめる腕に力を込めた。

「ソーマ……流石に痛い」
「悪いな。だが……離してやるつもりはねえ」

俺の言葉に僅かに苦笑いを浮かべた藍音は微かに爪先立ち、軽くだけ唇を触れ合わせる。

「言っただろう、心配しなくても私にだって離れてやるつもりはないって」

その言葉と共に、自然と交わしあった笑み。今ここにある、かけがえのない存在と命を確かめ合える瞬間……それを教えてくれるのは、腕の中にあるぬくもり。
依存していると言われたら否定できないが、それでも俺は……藍音から離れる事なんて考えられそうにもなかった。

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