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ColdStar

そこに在った「答え」

……そこから数日は、本当に嵐が過ぎるようにあっという間に過ぎていった。
コウタは暫く休暇を取ると言ってアナグラから離れ、そうこうしている間にサクヤさんとアリサがエイジスへの潜入の疑いでフェンリルから指名手配をかけられている。
そして、先日の一件から私はなんとなくソーマと顔を合わせるのが辛くて、痛くて、苦しくて……逃げるように独りでミッションを受注し続けていた。
戦っている間は無心になる事ができるから。胸の中に留まり続けている不安も痛みも苦しみも忘れることが出来るから……何もかもから逃げ出すように、私は無心になってアラガミを討ち倒し続けている。
一日で複数のミッションを独りでこなし、そのままアナグラに戻って身体を休める……それだけをただひたすらにこなしていた。
その間に、神機使い達が次々に支部長に呼び出されていると言う話がちらほらと耳に入ってくるようになる。
なんとなく、内容の想像は出来ていた。そして、私の想像が正しければ……きっと近いうちに、私もまた同じように呼び出される事になるのだろう、とも。
だが、私の答えは決まっている。たとえ支部長が何を言おうともそれは変わる事がない。それを支部長が承服するかはさておいて、呼び出されたところで……私ははっきりと、箱舟に乗るつもりはないと告げるつもりでいた。

そして。
いつものように独りで受注していたミッションを片付けて帰ってきた私に、ついに支部長からの呼び出しがあった――


「よく来たね」

薄く笑みを浮かべて私を見る支部長の顔を見ているとなんだか無性に腹が立ってきて、私は無言で支部長へと歩み寄った。そして、彼が普段使っている執務机を掌で力いっぱい叩く。
掌に伝わる痛みなんて、どうと言ったことはない――今、私の心の中に宿り続けている痛みに比べれば、こんなものは。

「私が何も知らないとでも思っているんですか」
「……サクヤ君から連絡は受けたのだろうと思っていたがやはりか」

支部長の表情は変わる事がない。寧ろ、私のその反応を予測していたようにすら見える。

「理解して欲しい、真の地球再生と人類保存を両立する方法はこれしかないのだと」

その言葉を皮切りに、支部長は淡々と……如何にアーク計画が正当なものであるか、それを私に向けて語り続けた。
サクヤさんが、アリサが、そして私が……この計画を人道的に受け入れられないと考える一方で、支部長はアーク計画こそが正義であると信じている。この調子では話が平行線になるのも無理はないだろう。

「君は――この『カルネアデスの板』に掴まるべき人間なのだ」
「逆にお伺いしますが、掴まるべき人間を選んだ基準は支部長の独断でしょう。掴まるべきでないと定められた人間の中に、支部長が選んだ以上の人材がいるとは思わないんですか?そうでなくたって、私には人が生き残るべき人を選ぶことなんて許せそうにありません。どうやって死ぬか……その瞬間までどうやって生きるか、それを決めていいのは神じゃない、生きている張本人しかいないんです。あなたのやっている事は独り善がりに過ぎない」
「……君はそう言うだろうと思ったよ」

僅か、呆れにも似た「何か」を滲ませた表情を浮かべ、支部長はじっと私を見据えている。視線を一切反らすことなく、私はその支部長の目を真っ直ぐに睨み返していた。

「私は自分がどう生き、どう死ぬかを自分で決めます。そして、奇麗事と言われようとなんと言われようと……その瞬間まで、この世界を居場所と決めた人たちを守り抜きます。私は……アーク計画には乗りません」
「だが私は、君が荒れ狂う海で朽ち果てて行くのを指を咥えて見ているつもりはない。君には是非、箱舟に乗ってもらいたい……そう、思っている」

支部長はそこで一度言葉を切る。何故かその表情が、先ほどまでと違い――自信に満ち溢れているような、そんな気がしてならないのは私の気のせいだろうか。

 ――あの野郎は随分と藍音を気に入ってるようだからな……どんな手を使ってでもお前を箱舟に乗せようとするだろう。

不意に、先日ソーマに言われた言葉が思い出される。どんな手を使ってでも……自信に満ちた支部長の表情はもしかして、私を箱舟に乗せる切り札でも用意しているとでも言うのだろうか。
黙ったまま支部長を睨みつけることしか出来ない私に向かって、ゆっくりと言葉が繋がれていく。

「……先ほどコウタ君は箱舟の乗船チケットを受け取ってくれたよ。守るべきものを持つ事で生まれる強さを、私は誇りに思う」

言葉をとめた支部長の眼差しは私の目を射抜くように真っ直ぐに向かってくる。そこから目を逸らす事はなんだか逃げる事に繋がるようで――支部長から目を逸らす事はできなかった。

「箱舟に乗る権利を持っているのは神機使い達とフェンリルの科学者たち、そしてその二親等以内の親族と定めている。だが、君に二親等以内の親族が既に存在しない事は調べがついている。自分独りならば犠牲になっても構わない、君がそう考えるであろうことも踏まえてひとつ提案させて欲しい」

支部長は僅かに口の端を上げ、はっきりと言葉を繋ぐ――自信に満ちた口調、それは支部長がその「提案」をすれば私が必ず箱舟に乗るであろうと想像できていると言う事。

「君はさっき言っていたね、掴まるべきでないと定められた人間の中に生き残るべき人間がいるかもしれないと。そこで……どうだろう。君が望むのならば、たとえ本来箱舟の乗船チケットを手にするべきでない人間であったとしても、特別に箱舟にその席を用意しても構わない。たとえば、そうだな……君にとって、この世界で最愛の人であるとか」
「それが切り札、ですか」

支部長の言葉は私の想像していたものとは違って……逆に拍子抜けしてしまった。
支部長はどうやら、ここ一番で詰めが甘かったらしい。
ソーマがどれほど自分に反感を抱いているのかこの段階に来てまだ気付いていないなんて。
それとも支部長は、自分が何をしたか、そして箱舟の完成にシオが必要だとわかっていてなおソーマが箱舟に乗るとでも思っているのだろうか?
支部長に背を向け、私ははっきりと言い放った。

「……残念ながら、私の最愛の人は箱舟には絶対に乗りませんよ……失礼します」

そのまま支部長室を辞去しかけて、私は――気付いてしまった。
反射のように斬り返した言葉――あまりにも当たり前に口から滑り出てきたその言葉の意味。
そもそも、今支部長は「本来乗船チケットを手にするべきでない人間であったとしても」、と前置きをしていた。
つまり支部長は私の「最愛の人」がリストには載っていない人間だと考えていると思うのが自然であるはずなのに、どうして私は……

どうして私は今、支部長の言った「最愛の人」がソーマであると言う前提で物事を考えていた?

動揺を抑えて私は支部長室を辞去し、その扉に凭れたまま……天井をぼんやりと見上げていた。
そう、今気付いたことが全ての答えだったのだ。
ソーマに必要以上に執着していた理由。アリサに、自分自身と感応現象を起こした方がいいとまで言われてしまった理由。ソーマが変わった事を喜んでいながら自分がソーマを変えられなかった事を悔しいと思ってしまった理由。ソーマがシオを大切に思っているからとシオにまで執着していた理由。第一部隊の隊長と言う立場を捨ててでもソーマとシオを守りたいと思った理由。私が翻意するのではないかとソーマに言われた事がどうしても苦しくて仕方がなかった理由。
ソーマの近くにいたかったのも、ソーマの笑顔が見たかったのも、ソーマを苦しめたくなかったのも、何もかも答えはたったひとつだった。
今の今になるまで、私がその意味を見つけ出す事が出来なかっただけで。

「……そう、だったのか。私は……」

呟いたのと同時に、私の中にはっきりと焼きついていたのはソーマの姿。
仲間として、彼に心を開いて欲しかった。誰よりも失う事に怯えて、誰よりも傷つきやすいから全てを拒絶した彼に、世界の全てが彼を拒んでいるわけではないと教えたかった。はじめは確かにそう言うつもりだったと自分でも思う。

だけど今の私はソーマのことを、ひとりの人間として、男性として愛している……

その答えがはっきりと自分の中に見えたと同時に、私は自然と笑みを浮かべていた。
受け入れてしまえばなんてことのないその感情が指し示していた答えは結局変わらない。それどころか――より、強くなった。
ひとりの人間として、アーク計画の内容に賛同する事は絶対に出来ない。
シオに関わったひとりの関係者として、シオのコアの摘出……すなわち、シオの「死」を持って完成する計画を受け容れる事など絶対にできない。
そして――櫻庭藍音と言うひとりの女として、もしもソーマが許してくれるのなら最期の瞬間までソーマと一緒にいたい。ソーマに拒まれたとしてもソーマがいないなら「次の世代」に残る意味がない。
だから、私は箱舟には乗らない。それが、私の確かな想い。

そう、支部長が差し出したのは切り札のつもりがとんだジョーカーだった。
曖昧な形のまま渦巻いていた私の不確かな想いを、はっきりとした答えに変えてしまったのだから――

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