Dream | ナノ

Dream

ColdStar

砕け散る音

……シオを連れ戻したはいいものの……サカキ博士に言わせればあまり様子は芳しくはない、ようだった。
それでも暫くは持たせられるだろうし何かあればそのときにはまた頼むと告げられ、私たちはほっと胸を撫で下ろしながらもそれぞれの日常へと戻っていく、ことになると思っていた。

だが……
その翌日、アナグラからサクヤさんが姿を消した。
アリサやコウタはその事を心配している様子ではあったが、私は知っていた。サクヤさんが、どこへ何をしに向かったのかを。
皆の事は頼んだ、アリサに謝っておいて欲しい――そんな短いメールの文面だけで、サクヤさんが今どこで何をしているのかおぼろげながらも推測がつこうと言うもの。
やはりサクヤさんは独りでエイジスに向かったのだ。それを裏付けるように、リッカからもサクヤさんにエイジスの入場記録の改竄を頼まれたと言う話を聞く事にもなったし。
シオのことがなければ、止める事も同行することも出来ただろう。だが――そうしなくてよかったのだと、私は何度も何度も自分に言い聞かせていた。
もしも私がサクヤさんと同行したとして、その間にシオに何かあったらどうする?
勿論、私がいなくてもソーマが何とかしてくれるだろう。だが、今の不安定なシオのことをソーマ独りに押し付けるなんてことは私には出来ない。
言い訳のようにそう繰り返しながら、私はただ……コウタやアリサがサクヤさんの名前を口に出すたびに知らぬ存ぜぬを押し通す事しか出来なかったのだった。
シオの事で心労を抱えているソーマにも話す事ができず、私はただ……漠然と、言い知れぬ不安を胸にしながらも何事もなかったかのように振舞い続ける事しか出来なかった。

そして、サクヤさんがアナグラから姿を消した翌日。
第一部隊にと言うことで回ってきた任務を受注し、ブリーフィングを行うとメールで連絡をしたものの……待てど暮らせどアリサがやってこない。
アリサの通信機を鳴らしてみたものの、アリサがそれに応答する事も、折り返しの連絡をしてくる事もなかった。

「今度はアリサがいない……か。一体、どうしちゃったって言うんだろう」
「だが……群発地震の原因がアラガミだったのなら、その原因を取り除けるのは私たちだけだ。この地震で皆が不安に陥っているのなら余計に……アリサには悪いが、今は任務を優先するより他にない」
「……俺にはそんな風に割り切る事はできないよ」

自分で言っておいてなんだがあまりにも冷た過ぎるように聞こえたのだろう……コウタの言葉は無理からぬもの、だがそう言われた所で私に出せる答えは同じ。
ちらりと視線を送ると、コウタはやはりどこか不満げな表情を浮かべている――どう言えばいいのか言葉に出来ず躊躇っているうちに、私の背後から一言だけ、短い言葉が発せられる。

「藍音がサクヤやアリサの事を心配してないとでも思ってるのか、コウタ」

声の主――ソーマのその言葉に、元からどう言葉にしていいのかと躊躇っていた私は更に言葉を失う。何も言えなかったのは、ソーマがこんな、私をフォローするような発言をするとは思っていなかったから……
私が言葉を失っているうちに、コウタもはっと気付いたように目を見開いて……すぐに、その視線を伏せた。

「……そうだよな……ごめん、無神経な事言って」
「いや……私の言い方にも棘があった。いずれにせよ、早急に任務を終えて戻ってこよう。もしかしたらアリサとサクヤさんが戻ってきてるかもしれない」

言葉にしながら、自分でもそれがあまりにも楽観的過ぎる考えだと思わなかったわけではない。
だがその言葉はコウタに向けたようでいて、その実……自分自身に向けたもの。
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、私とコウタ、それにソーマの3人はエントランスを出て地下鉄跡へと向かう事になった。

***

ミッションを無事に終え、アナグラに戻ってきてもサクヤさんもアリサも相変わらず姿を見せないまま。
どうすればいいのだろうと思っているところへ――通信機が鳴り響く。
逸る心を抑えながら応答すると、私の耳には聞きなれた……落ち着いた声が響いてきた。

『……藍音よね?私よ、サクヤ。アリサも一緒』
「サクヤさん……よかった、無事で」

心のどこかで「最悪の事態」をも想定していただけに、間違いなくサクヤさんの声で、しっかりと名乗った上での呼びかけに私は安堵したように息を吐いた。

「エイジスに、行ったんですよね?」
『ええ、その事なんだけど……大事な話があるの。出来れば部隊の皆にも聞いて欲しい。……ターミナルを使って、会議通話が出来たはずよね』
「ええ……分かりました。すぐにソーマとコウタを呼び出します。またターミナルの方から連絡しますから……少し、待っていてくれますか」

一度通信を切り、改めて通信機を鳴らす。幸い、ソーマもコウタもすぐに私の呼び出しに応じ、すぐに私の部屋へとやってくる。
その段階でターミナルからサクヤさんへと連絡を取る……繋がった通話の先で、サクヤさんから話された内容は、とてもではないけれどすぐに承服できるようなものではなかった。
エイジス計画なんてものは本当は存在しなかったこと。
エイジス計画を盾に計画されていた「アーク計画」とは、終末捕喰を引き起こし、限られた人間だけを終末捕喰を乗り越えた新しい世界へと運ぶ……その他の全てを犠牲として一部の人間だけを救済する、呪われた箱舟を作る計画だったと言う事。
私達神機使いと、その二親等以内の親族が箱舟には収容される権利を持っているのだということ。
リンドウさんはその企みに気付き、暴こうとしていたが故に……私がなんとなく考えていた通り、支部長の手によって消されたのだということ。
サクヤさんとアリサはエイジスに忍び込んだ事でアーク計画の救済リストからは外された事。
それでも私やソーマ、コウタは『救われる側』にいるのだと言う事。
サクヤさんがそう私たちに告げたその時に、ソーマがぽつりと呟いた。

「俺の身体は半分アラガミだ。そんなヤツが次の世代へ残れると思うか」
「……ソーマ」

彼がそう言うであろうことはなんとなく予測は出来ていた。
それに対して――私は何も言えなかった。
今まであれほど何度も化け物でも死神でもないと告げてきたと言うのに、なんとなく……彼はそう言うだろうと予測できていた、から。
黙ったままの私達の様子を察したのか、サクヤさんは更に話を続ける。
サクヤさんとアリサはアーク計画を認める事は出来ないと思っていること。
ただ、それでも私たちがどのような選択をしたとしてもそれは私たちの自由だと思っているのだということ。
……全てを私たちに語り終えたサクヤさんは、たった一言……私たちに告げた。

『どうするかはあなたたちが自分で考えなさい』

その言葉と共に、通信は切られ……後に残るのは、重苦しい静寂のみ。
その静寂を破るように、私は無理やりに言葉をひねり出していた。

「アーク計画……『Noah's Ark』、か」

地上に増えすぎた人類によって悪事が蔓延った世の中を粛清する為、神が全ての生き物の始まりとなるつがいと共に唯一の正しい人であったノアとその家族だけを箱舟に乗せてそれ以外の生き物を全て滅ぼしつくしたと言う、大昔の言い伝え。
神に選ばれた者とその家族だけを救う。まさにノアの箱舟――そして、支部長は「神」になろうとしたと言うこと。

「あの話を聞いたとき……子供心に思ったんだ、洪水で死んだ中には善良な人間だっていたかもしれないのに、と。サクヤさんがアーク計画を認められないと言っているのはきっと……あの時の私と同じ気持ちだからなんだろう」

罪人が蔓延った世界をリセットするために神に選ばれた人だけを残して全てを滅ぼしつくした。だが本当に、箱舟に乗れなかった人に善良な人間はいなかったのだろうか。
そして箱舟に乗れなかった人たちを犠牲にして生き延びることが本当に「救い」なのだろうか。その疑問がある以上……私の心は、はじめから決まっている。

「だからって何も今のお前が死に急ぐ事はねえ。あの野郎は随分と藍音を気に入ってるようだからな……どんな手を使ってでもお前を箱舟に乗せようとするだろう。その上でお前がどういう選択をしたって、誰もお前を咎めたりしないだろう」

言外に、私の気が変わる事もあるかもしれないと……そう言い残して、ソーマは私の部屋から出て行く。
何故だか、そのソーマの言葉が酷く胸に痛かった――シオを探しに行った時に、第一部隊隊長としての立場よりもソーマやシオの方が大切だと言った言葉をソーマが信じてくれていなかったのだろうかと、そうとしか考えられなくて……唇を噛んで、ソーマが出て行った後の扉をただ見つめている事しか私には出来ない。

「藍音……藍音の気持ちは分かる。でも……ごめん」

立ち尽くす私の背後で、コウタの弱弱しい声が聞こえてくる。
……それに続く言葉だって、予想できていなかったわけじゃない。ソーマが箱舟に乗らないと言うのと同じように、コウタはきっと……

「俺……俺は、アーク計画に乗るよ……」

聞こえてきた言葉は、私が予想していたのと全く同じ。

「ああ……あんたはそう言うだろうと思ってた」
「ごめん……それがどう言う事かは分かってる、でもそれしか母さんとノゾミを確実に守る方法はないんだ、だから……」

それだけを言い残して、コウタもまた私の部屋を後にする。
取り残された私はただ、視線を虚空に彷徨わせることしか出来なかった。

彼の生い立ちを考えれば仕方がない事とは言え、箱舟に乗ると言う……私とは反対の選択をしたコウタ。
極東支部から追われる身となったサクヤさんとアリサ。
そして……私が最後の最後で翻意するかもしれないと、突き詰めて言えば私を信じてくれていなかったソーマ。

全てが私から離れていくような錯覚。
何かが壊れていくような、不気味な喪失感――私はどうしていいか分からず、その場に立ち尽くしている事しか出来なかった。

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