Dream | ナノ

Dream

ColdStar

決断

目を覚ましたのは、ベッドサイドに置きっぱなしにしていた通信機の鳴る音でだった。
あれほど苦悩していたにもかかわらず横になっている間にいつの間にか眠っていたらしい。そんな自分に僅かに呆れながらも――眠りに落ちる寸前のことを考えれば通信機を鳴らしているのはソーマかもしれない、そんな期待を込めて通信機を手にとって短く応答する。

「はい」
「藍音さんですか?私です、ヒバリです」

通信の相手が思っていたのと違った事で、私の中に僅かな落胆が芽生える。だが、ヒバリから通信が入ったと言う事は……仕事、なのだろう。気分を変えるように一度深呼吸をしてから、しっかりと通信機を握りなおした。

「どうした?何か緊急のミッションでも……」
「いえ……まだそういうわけではないんです。支部長から伝言で、支部長室に来るようにとのことです。急ぎの話があるとのことでして」
「分かった、すぐに向かう。ありがとう」

通信を終了すると、私は一度だけ鏡の前で服装に乱れなどがないことを確かめてから自室を出た。
アーク計画のことやシオのこと、様々に抱えたこの段階で支部長から一体どんな話をされるのだろうか、そんなことまで抱えきれるのだろうかと……浮かんだ不安を振り払うように私は普段より早足でエレベーターに向かい、そのまま乗り込んで支部長室へと足を向けた。

私が部屋に入るなり、支部長から言い渡されたのは最優先事項となる特務のことだった。なるほど、ヒバリが通信で言っていた「『まだ』緊急のミッションというわけではない」のは、ヒバリはその段階では詳細を伝えられていなかったからなのだろう。
そんな事を頭の片隅に浮かべたままだった私の耳に、支部長の口から発せられた言葉が鋭い衝撃を持って飛び込んでくる。

「太平洋近海、エイジス島周辺に非常に特殊なアラガミのコア反応があった。非常に高度な知性を有していると思われるアラガミの討伐任務だ」

太平洋近海。エイジス島周辺、高度な知性を有しているアラガミ――全ての可能性を考えた上で、支部長の発言の意味は……一つしか考えられない。
心臓がこのまま止まってしまうのではないのかと言うくらいに早く脈打つ。それを誤魔化すように握った手は汗ばんでいて、背中にも冷たい汗が伝うのが自分でも分かる。
ぐるぐると頭の中を回る支部長の言葉の意味と、不快なほどに早く脈打ち続ける鼓動。
内面の動揺を表情に出さないよう、拳だけを強く握り締める。その私に追い討ちをかけるように、支部長が一言付け加えた。

「おそらく一人での捜索は厳しいだろう……ソーマと共に任務に当たってくれ。ソーマには既に伝えてあるので、ソーマと合流し急ぎ出立してくれ」

ソーマと。
よりによって、その任務にソーマと共に向かわなければならない……なんて。
分かりましたと答えた私の言葉は、きちんと声になっていたのだろうか。自分ではそんな不安を覚えはしたが、目の前の支部長はそんな私に特に何か違和感を覚えた様子もない。
すぐに支部長室を辞去したが……エレベーターの前までやってきた所で、急に震えが止まらなくなった。

「……私は、どうしたら」

シオを探すだけなら願ったり叶ったりではある。だがそうじゃない……支部長からの命令は「コアを摘出し持ち帰る」こと、だった。
しかもそれを、私とソーマとで。支部長はここに至るまでの経緯を知らないから仕方がないとは言え、よりによって私とソーマに。
動揺を押し殺すが如く一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。丁度そこにやってきたエレベーターに乗り込むと、誰も見ていないのをいいことに一度自分の頬を叩く。
そのまま、何も考えずエントランスまで運ばれ――エレベーターを降りると、出撃ゲートの前には既にソーマが立っていた。いつものように、険しい表情で腕組みをしたまま。
ちらりとそちらに視線を送るとソーマも私がその場に現れた事に気付いたのだろう。微かに表情を変えはしたが……私に何かを言ってくることはなかった。
互いに無言のまま出撃ゲートをくぐり、指示されていた空母付近へと向かう。……その軍用車の中でも、私たちは黙ったまま――
ちらりと横目でソーマの表情を窺いはするものの、いつもより険しい表情であると言う以外何も読み取れなくて、そんなソーマにどんな言葉をかければいいのかなんてことが今の私に思いつくはずもなく――

「特務の現場で少し時間をくれ……話がある」

ソーマが呟いたその言葉に自分がなんと答えたのか、そんな単純なことさえ私にはもう思い出せなかった。

重苦しい空気のまま、軍用車は空母へとたどり着く。そう言えばここへ来る時にはいつも夕暮れ時だ、なんてことを考えながらしっかりと神機を握りなおした所で――話がある、と言っていたことはそれなのだろう、ようやっとソーマが口を開いた。

「お前ならもう気付いてると思うが」

ソーマの言葉に視線を動かし、そちらを見る。その表情から、彼が抱いている感情を窺い知る事はできない。どこか、能面のようにすら見えるほどの無表情は感情を押し殺そうとしている事の表れなのだろうか。だとすれば……今の私も、そんな表情をしているのかもしれない。

「支部長が探している特殊なコアを持ったアラガミってのはシオに間違いない」
「だろうな。私にも……そうとしか考えられなかった」
「……だが俺はシオをあの野郎に差し出すつもりはない」

言葉と共に、ソーマは私に向かって剣を突きつける――勘違いするな、なんて言葉とともに先ほどまでの無表情にどこか焦りが見えたのは、彼がそんな事を言う理由を私が曲解しているとでも思っているからなのだろうか。あれだけ3人で一緒にいて曲解なんてするはずがないのに。

「そう言えば」
「どうした?」
「初めて会った時にもお前に剣を突きつけたな」

不意に笑みを浮かべたソーマの言葉に、私も小さく頷く。そう言えばそんなことがあった――あれから激動の毎日の中で、私の中でそんな記憶は既に薄れかけていた、けれど。

「あんときのルーキーが気がつきゃリーダー、その上……」

ソーマはそこで言葉を切る。その上何だと言うのか、聞くのがなんだか怖いような気がして……ソーマに言葉の続きを促す事は、私にはできなかった。
その代わりに、思ったままの言葉をはっきりと繋いでいく。

「私もそうかもしれないが……何度も言ったけどソーマも変わった。きっと今までのあんただったらそうやって……ただ平穏に過ごしたいって、そんな願いをきっと口にしてくれることも、私に笑顔を見せてくれることもなかっただろうから」

沈み往く夕陽の朱に染められたソーマのプラチナブロンドと、その影に隠された空色の瞳を真っ直ぐに見遣る。
不思議だった。あれほどに躊躇っていたはずだったのに、私のなすべきことはもう……ひとつしかないと、はっきりと頭の中に刻まれていたのだから。

「これからも、ソーマやシオが、部隊の皆が……誰かに利用されたりするわけじゃなく、命のやり取りをしながらでも平穏に過ごせればいい。そのためにも……シオを見つけ出して、必ず守ってみせる」
「いいのかよ、隊長。藍音がその選択をするってことはすなわち……最終的に支部長を敵に回す事になる」
「今あんたと話していてはっきりしたんだ。私は……第一部隊隊長としての立場よりも、あんたやシオのほうが大切だと思ってる」

私の言葉に、ソーマは再び口の端を上げた。

「頑固者のお前の事だ……意思を曲げるつもりなんてもうないんだろ」
「よく分かってるじゃないか」

冗談めかしたやりとりの後、ソーマは気を抜くな、と一言だけ告げて走り出した――私は神機を銃形態に切り替え、その後に続く。
そう。躊躇いはあったが、私はもう迷わない。
私の中に渦巻いていた違和感のひとつがすっきりと消えていくのを感じる――勿論、それともうひとつの違和感、アーク計画のこととを関連付けるほど私は子供ではない。
だがもしも、もうひとつ考えている事が正しかったとしたら……そのときに私はもう迷う事はないのだろう。
はっきりと決まった「覚悟」を胸に、私はただ……ソーマを援護するように、ひたすらに弾丸を撃ち出し続けていた。

 Return 



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -