■少し、だけ
特に急ぎの任務もなく、何か受注できるようなミッションはないかとエントランスに向かうと受付の所にソーマがいるのが見えた。
――ソーマが何をしようとしているのか、なんとなくとは言え推測できるようになったのはやはりずっとソーマやシオと一緒にいるからなのだろう……そんなことを考えながら私も受付へと向かう。
私がたどり着きかけた所でヒバリは画面を注視していた視線をソーマの方へと移す。
「分かりました、ではこのミッションを受注されると言う事で。どなたかと同行しますか?」
「いや、別に……」
「私が同行する。それでいいな、ソーマ」
ヒバリとソーマの会話に割って入るようにソーマの隣に立ち、そう言いきってやると……ヒバリは僅かに驚いたように私とソーマを交互に見比べはじめる。
だがそんな事で引く私ではない。いかにもそこにいるのが当たり前だと言うようにそのままソーマのほうを見上げていると、ソーマは呆れたように小さく鼻を鳴らした。
「藍音お前、余計な事を」
「シオの食事の為だろう?独りで行こうとするのはずるい」
ぽつりと呟いたソーマの耳元に顔を近づけ、ヒバリに聞こえないように囁きかけるとソーマは私のほうへ再びちらりと視線を送った。
否定の言葉が出なかったということは私の推測は間違っていなかったわけで、それならば私の主張していることだって何も間違っていないのだからそのくらいのことで表情を変える様な真似はしない。
それに、これでソーマが拒否するようなら隊長命令だ、なんて言ってやろうかと少しだけあまり性格のよくはない考えが頭を過ぎるが、結果として私が折れるつもりはないと分かったのだろう。呆れてはいるようだが、特に文句を言う様子もなくヒバリの方へと向き直った。
「……じゃあ、それでいい。俺と藍音で行ってくる」
「了解しました。それでは、お気をつけて」
答えと共に端末を操作し始めたヒバリに小さく頷きだけを向け、ソーマの方へと視線を向ける。
既に出撃ゲートの方へと視線を送っていたソーマだったが、そこでふと……大事な事を思い出した。
「ところで、私は討伐対象を知らないんだが」
「それも知らずに割り込んできたのか」
ソーマの呆れ顔にかすかに苦笑いが混じる。あの状況を見ていれば私が討伐対象を知っているわけがないのは分かりそうなものではあるが、そんなことをソーマに言ってもそれは詮無きこと。
苦笑いの表情のまま、ソーマは出撃ゲートの方へと歩きながら短く言葉を放つ。
「ウロヴォロスだ。まあ、お前ならなんてことはない相手だろう」
「ああ、ウロヴォロスが相手なら独りででも戦れる。ソーマと一緒ならより心強いが、な」
言い切って笑顔を向けてやると、ソーマは再び小さく鼻を鳴らして私から視線を反らした。
足を止める事はないまま、ソーマは静かな声で私を呼んだ。短く、藍音……と。
それに答えるようにソーマを見上げていると、私から視線を外したままで私にだけ聞こえるように小さくぽつりと呟く。
「シオにまで執着する理由は何だ」
確かにこの話は……流石にシオの存在を秘匿している以上、あまり誰にでも聞かれると言うのは都合の良い話ではない。
私もソーマに合わせるようになるべく声のトーンを落とし、言葉を淡々と繋ぐ。
「……ソーマがシオを特別な存在だと思っている……と、思ったからだな。ソーマにとって特別な存在であるなら、私にとっても特別たり得る。難しい話じゃない」
「別にそんなんじゃねえ。それに前提段階が分からん、なんで俺にとって特別ならお前にとっても特別になるんだ」
「前から言ってるだろう、自分でもどうしてこんなにソーマに執着しているのか分からないって」
私の答えは予測できていたのだろう、ソーマは呆れたように息を吐いて出撃ゲートの方へと向かう。
その隣に並んだまま歩き出したが、ふと……思いついたことがあって。
どうにもこの、思ったことをそのまま口にしてしまう癖は治りそうにはない。
「やっぱりソーマは変わった」
「あ?」
「……私や皆を引き離そうとしなくなった」
呟いた言葉に、ソーマは僅かに視線を伏せる。
何か言ってはいけないことでも言ってしまったのだろうかと言う不安が一瞬胸を過ぎるが、それはどうやら杞憂だったらしい。
視線は相変わらず伏せられたまま、ソーマはぽつりと一言だけ呟いていた。
「何を、今更」
「そうかもしれないな」
私の答えにソーマはそれ以上言葉を返してはこなかった。
ただ、それでも……確実に、かつてのソーマと今の彼は違うと彼の纏った空気に感じることが出来る。
初めて出会ったときの、全てを拒絶するようなソーマからこうして変わってきたこと、心を開いて欲しいと願っていた事が少しずつ叶ってきているような気がすること。今の私には……それだけで、十分だった。