Dream | ナノ

Dream

ColdStar

しあわせのかたち

「サクヤさんの部屋、こんなに煙草の匂いしましたっけ」
「あ、やっぱ気付いちゃうよね……まあ、リンドウがね」

明日の作戦は様々な要因が重なり合って私とサクヤさんの二人だけで出撃する事が決まっている。
その件での打ち合わせの為にやってきたサクヤさんの部屋で、はじめは作戦の話をしていたのだが気付けばそんな雑談が始まっていた。

「リンドウったらビールの缶は置きっぱなしだし黒い羽は散らかって掃除は大変だし……」

ぼやいてはみせるものの、サクヤさんの表情はこの上ない笑顔。きっと、リンドウさんと一緒にいられることが本当に幸せなんだろうと見ているだけで分かるほどに。

「その点、藍音は問題なさそうよね。ソーマは煙草も吸わないしビールも飲まないでしょ?」
「まあ、物理的には。ただ私の部屋のターミナルのデータ容量がソーマの好きな音楽でどんどん圧迫されてまして」

そう、この点については本当に悩みどころなのだ。
ソーマの趣味に合わせた音楽が私の趣味に合わないというわけではないのがまだ幸いではあるが、そもそもターミナルのプライベートスペースには古い侍映画やドラマ、古美術を扱ったテレビ番組に和服をテーマとしたファッションショーの映像などただでさえ私の好みで集めた映像が大量に納められている。
勿論、いつ何時でも好きな映像を見られるようにある程度整理はしてあるのだが……

「量が多い上にソーマが適当に音楽を保存するから分類が追いつかなくて」
「……でも、嬉しそうね」
「そうですか、やっぱり」

先ほどリンドウさんが部屋を散らかすと文句を言っていた時のサクヤさんの表情がふと思い出される――きっと、今の私はそれとよく似た顔をしていたのだろうという事も、なんとなく。
目を細めるサクヤさんだったが、不意に真面目な表情に戻って口を開く。いつものように、凛としていながらどこか優しい口調でサクヤさんの話は続いた。

「……ソーマが心を開いてくれてからの藍音は凄く嬉しそうに笑う事が増えたな、って思ってたの。後から考えればリンドウのあれこれでずっとバタバタしてたからか疲れた顔してる事も多かったけど、ほんの合間に見せる表情が変わってた」
「そう、ですかね」
「自覚はないと思うけどそう見えてたわ。それに、今も」

とても優しく言葉を繋ぐサクヤさんに、私は頷きを返す事しか出来なかった。
そんな私を見て、サクヤさんはまた小さく笑う。……そのまま、笑顔を崩す事はなく言葉だけを紡いでいた。

「……なんか、ちょっと初々しくて羨ましいな、とも思う。私とリンドウは……ほら、もうそういう時期は過ぎちゃったから」
「でも、私もリンドウさんとサクヤさんを見てると羨ましいと思うことがありますよ。長い時間を一緒に過ごしたこと、一度離れてまた巡り合った事で絆が強くなったこと、そういうの」
「そうなれたのは藍音がリンドウを連れ戻してくれたお陰でもあるけどね。その代わりソーマには私まで怒られちゃったけど……これからはリンドウをしっかり管理してろ、藍音に無理をさせるな……って」

なんだかそんな言葉を口にするソーマの表情が想像できてしまって、私はついつい噴き出してしまっていた。
それに釣られたのかサクヤさんも声を立てて笑う。

「ソーマが意外と心配性だった事に気付いたのは藍音との事があってからだったもの」
「私も最初は知りませんでした。ただソーマは凄く繊細だからこそああやって心を閉ざしていたわけですし」
「……それを理解できて、ああやってソーマの心を開けたって言う所がやっぱり藍音は私とは違うのよね」

ふっ、と小さく笑ったサクヤさんは不意にソファから立ち上がり、キッチンの方へと向かった。
すぐにコーヒーカップをふたつ取り出したから、きっとコーヒーを淹れてくれるつもりなんだろう……そんな事を考えながらサクヤさんの背中を見守っていると、サクヤさんが不意にぽつりと呟いた。

「……私も藍音も、リンドウもソーマも……これからは、少しくらいは幸せになってもいいのよね?」
「そのために私は隊長として頑張ってるつもりです」
「すぐにそう答えてくれるところ、頼もしいなと思うわ」

そこからは暫し無言。コーヒーが立てる湯気が、サクヤさんの向こうでゆらゆらと揺れる。やがて、サクヤさんが振り返ってその湯気がこちらへと近づいてくる。
サクヤさんの手にあったカップはひとつが私の前に置かれ、もうひとつを手にしたままサクヤさんは再びにっこりと笑ってみせた。

「そのためにもひとまずは明日の作戦よね。随分話が逸れちゃったけど」
「そうですね。無事に帰ってこなきゃいけません、ソーマのためにもリンドウさんのためにも」

交わしあった言葉に、互いに笑みを向け合う。
きっと、今サクヤさんは私を見て……それが私の自惚れでないとしたら私が思うのと同じことを考えてくれているだろう。
大切な人の為に生きる事ができる幸せと、それを共感しあえる仲間の存在の大きさのことを。
その信頼に応えるためにも、私は生きなければならない……まだ口に出来そうにない熱いコーヒーのカップを手に取るだけ手にとって、胸の奥で強くその感情を噛み締めていた。

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