■glamourous
「そっちはいいよなー」
話の発端は、たまたまエントランスに集まっていた第一部隊の男性陣に向かってシュンが放ったそんな一言だった。
「いいよなーって何が?」
きょとんとした表情でコウタがそう問い返すと、シュンはちらちらとソーマの、そしてリンドウの様子を窺ってからコウタだけにちょいちょいと指で呼び寄せるようなポーズを取ってみせる。
呼ばれるがままにシュンの方へと向かったコウタは何事かシュンから耳打ちされ、表情を変える。言うなれば、納得した……とでも言いたそうに。
「あー、正直それ俺も思ってた」
「なんだよそれ。ほんとな、こっちはアレだからな?」
「ああ……またその話か」
缶ジュースを一口飲みながらカレルも口の端だけで小さく笑う。どうやら、シュンが考えている事はカレルはもう繰り返し聞かされているらしい。
カレルは一瞬だけちらりと、カウンターの方でヒバリと何らかの話をしているらしいアリサとサクヤ、それに藍音へと視線を向けた。
「まあ、諦めろって言われたらそれまでの話なんだろうがな」
「おい、一体何の話だ」
ソーマが表情を変えたのはカレルの視線が一瞬とは言え藍音を捉えたからなのだろう。
リンドウは何のことかは分からないまでもその話をきょとんとした表情を浮かべながら聞いている。その二人をシュンが交互に見比べ……面倒そうに眉を歪めた。
「お前らに言ったら怒るから言わねえよ」
「あー、うん。確かにソーマは聞かない方がいいかも。リンドウさんはその辺達観してるかもしれないけど」
コウタがついでのように付け加えた一言にソーマの表情が一層険しくなる。彼らの口ぶりから話題に藍音のことが含まれているというのを言外に感じ取ったのだろう。
無言のまま険しい表情をぎろりとシュンの方に向ける。シュンは沈黙を守ったままソーマから視線を外す事しかしないが……その時、くっくっと声を立ててカレルが小さく笑った。
「んじゃ、ヒントだけやるよ。そっちの女性陣はサクヤにアリサ、それに藍音だろ。うちにはジーナしかいない。これで理解しろ」
「……あーなるほど、そう言う事か。まぁ確かに嫁さんをそういう目で見られると正直いい気分はしないがそれはああいう服着てる段階でしょうがないことなんだろうなあ」
リンドウが満面の笑みを浮かべたまま左手でぽりぽりと頭をかくと、シュンは僅かにほっとしたように表情を緩める。
それでもシュンがソーマの方を見ようとしないのは……ソーマがリンドウほど達観していないという事をきっと彼もなんとなくわかっているから。
「だから何の話だ」
「だからソーマは聞かない方がいいって、絶対怒るから」
「お前らが絶対怒るなんて断言する話を聞かないで放っておけるか」
ぎろり、と向けられた視線にひぃっと小さく声を上げてコウタは身を縮ませる。アラガミと対峙しているときよりも遥かに険しいその表情は、既にソーマとも相応に長い時間を一緒に過ごしているコウタにでさえ恐怖を与えるには十分だった……らしい。
申し訳なさそうにコウタはシュンとカレルに交互に視線を送り……ぽつりぽつり、言葉を繋ぐ。
「だから……うちの女性陣は、その……胸が」
「あっこのバカ」
コウタが漏らした言葉にシュンが舌打ちする。それでも今ひとつ理解していなさそうなソーマを見て、カレルが再び小さく笑い声を漏らした。
「ソーマはそれが当たり前になってるから気にならないだけだろ?要するにアレだ、お前らんとこの女性陣は皆出るとこ出てて女らしい体型してるから、うちの嘆きの平原が余計貧相に」
「嘆きの平原って誰の事かしら」
カレルの言葉を途中で打ち切るようにその背後から聞こえた声。先ほどのコウタよろしくびくりと身を縮ませたカレルがゆっくりと振り返るとそこには想像通り……ジーナの姿。
「え、と」
「……きっとカレルは綺麗な華を咲かせるんでしょうね……楽しみだわ」
空恐ろしい一言を残してジーナはそのまま去っていく――それと共に凍りついたような空気に、それぞれが気まずそうに視線を反らす。……ソーマを除いては。
「……そんな羨ましがられるようなことなのか」
「ソーマは藍音やらサクヤさんやらアリサで見慣れてるから分からんのだろうけど、正直なところを言えばかなり恵まれた環境だと思う」
「というより寧ろお前、見慣れてるどころか藍音の胸以外興味ないだろ」
コウタとリンドウからいっせいに突っ込まれはしたものの、ソーマは今ひとつ良く分かっていないようだった。
他人に興味がなさそうな素振りを見せているソーマらしい一言に一行の間に苦笑いが起こる。
「あら、随分楽しそうね?何の話?」
ヒバリとの会話が終わったのだろう、そこへ現れるサクヤ。その後ろにはアリサと藍音もいる。
「いやあその……まあ、男だけの秘密ってやつだ。なあお前ら」
「そ、そうそう。さー俺明日休暇だしちょっと家帰って来るわー!」
「……俺、ジーナになんか奢ってくる」
誤魔化すように、逃げるようにその場を立ち去ったコウタとカレル。シュンもその後に続いてそそくさとその場を去っていった。
「カレルが奢るなんて言い出すって、珍しい事もありますねえ」
しみじみとしたアリサの呟き、そしてぽかんとした表情でその後姿を見送る女性陣に、リンドウは黙ったまま苦笑いを浮かべているだけ。
そしてソーマは相変わらずどこか釈然としない表情を浮かべたままだった。
……その日の夜、「お前が人から羨ましがられるくらい胸が大きいってことに気付いてなかった」と真顔で藍音に告げたソーマは藍音から様々な意味で呆れられることになるのだが……それはまた、別の話。