Dream | ナノ

Dream

ColdStar

this is "Real"

いつものアナグラ、いつものエントランス。
神機使いたちがときにミッションに向かう為の緊迫感を纏い、時に平和な日常を謳歌しているその空間の今日の空気は……どこか、言い知れぬ重さを帯びていた。
その重さを放っているのは間違いなく、ソファに座ったまま力なくうなだれている慧多なのだろう。

「……慧多君、大丈夫なんでしょうか」
「ケイが入隊してからあんな落ち込んでるの見たことないですよね……どうしちゃったんでしょう」

その様子をエレベーターの近くの辺りから遠巻きに見つめながら、カノンとアネットは口々に近くにいたシュンに問いかける。カノンの手にはクッキーが握られている辺り、彼女なりに慧多をなんとか力づけようとしているのかもしれない。
そんなカノンにさあな、と短く答えたシュンも何処となく憔悴しているように見えなくはなかったが、敢えてそれを口にする人間はいなかった……ひとりを除いては。

「で?結局何があったんだよ?」

先ほどまでミッションに出ていて、今しがた戻ってきたばかりの第一部隊の面々は遠巻きに慧多の様子を眺めているだけだったがただならぬ空気をものともしない調子でコウタが近くにいたカレルに問いかける。
その言葉に応えるようにちらりとだけ慧多に視線を送ったカレルが淡々と語った所によると――
その日、外部居住区付近で隔壁の破損箇所が見つかったと言うことで様子を見に行った第三部隊だったが、そこに破損した隔壁を破ってアラガミが現れた。
間の悪いことにその近隣に住んでいた青年がアラガミに見つかり、神機使いたちと違い抗う術を持たない彼は無残にも第三部隊メンバーの前でアラガミに頭から喰われ絶命してしまった、と言うことらしい。

「そう言えば……慧多君は」
「目の前でアラガミに喰われた奴を見るのはこれが初めてだろうな」

まるで話の続きをするかのように、カレルは問いかけるでもなく呟いたアリサの言葉に応えていた。
慧多は内部居住区で生まれ、上流階級の人間としてそれなりにいい暮らしをしていた。生まれ育ったのが内部居住区であったが故に、アラガミの脅威など知る由もないままに成長してきている。
神機使いになった友人がアラガミとの戦いの中で戦死した、と語ることはあったが、それでもその当時神機使いでなかった彼がそれを目の前で見ていたわけはないだろう。
アラガミの真の脅威を知ることがないまま神機使いになった彼は、周囲にいるベテラン神機使いたちのサポートと彼自身の新型としての能力故にアラガミの恐ろしさをどこか他人事ででもあるかのように感じていたのかもしれない――
時折呻くように何かを吐き捨てる慧多の表情は苦しげに歪んでいる。そんな彼に声をかけられるものなどいない――いや、いなかった。ある瞬間までは。

コツコツと床を叩くヒールの音、そして然程大きな声でもないのにその場に響いたように聞こえた溜め息に慧多が顔を上げる。
そこにいたのは彼が尊敬してやまない先輩であり、そして恋焦がれているジーナの姿だった。

「……ジーナ、さん」
「いつまでそうやって落ち込んでるつもり?」
「けど……けど、俺、……守れなかった」

発した言葉が僅かに孕んでいた苛立ちは、憎しみは何に向けられているものなのだろう。彼の目の前であざ笑うようにヒトを捕喰してみせたアラガミなのか、それとも――彼自身なのか。

「誰かがアラガミに喰われて死ぬのなんてまっぴらだと思ってたのに、目の前で喰われてる人がいるのに何も出来なかった」
「ケイ」
「目の前にいる人も守れなくて何が防衛班だよ、何が装甲兵だよ!俺がやらなきゃいけなかったのはあの人を守ることだったのに、それさえ出来なくて何が神機使いだよ!俺は……っ!」

慧多の声を遮るように、乾いた音がその場に響き渡る。
たった今ジーナに平手打ちされた頬を押さえて、慧多は呆然とジーナの冷静な瞳を見つめていることしか出来なくなっていた。

「甘えないで……これが現実なのよ」
「ジーナさん」
「今までケイは恵まれていた。身近な人の死に接する事はあっても、それを目の当たりにすることはなかった。ただそれだけのこと……今私達がこうしている間にも、私たちの知らないところで沢山の人がアラガミに喰われ続けているの」

淡々としたジーナの言葉は、彼女の目の前にいる慧多だけでなくエントランスにいた全ての神機使いに言い聞かされているように感じられていた。
たまたまその場に居合わせたのであろうゲンやツバキが目を伏せたのは――年若い神機使いたちがまだまだ知ることのなかった長い経験の中から感じるところが何かあったからなのかもしれない。

「今回はたまたまそれが私たちの目の前で起こってしまった。でも悲しいことだけど、ケイが神機使いでいる限りこんなことは何度でも起こる……たった一度守れなかっただけでそんな調子でどうするの」

打たれた頬を押さえたまま、慧多は黙っている。
いつもならうるさいくらいに賑やかな彼とは別人のように……黙り込んで唇を噛んだ慧多はそのまま、何も言わずどこかよろよろとした足取りでエレベーターへと乗り込んでいた。

「待てよ、ケイ」

呼び止めたフェデリコの声だけがその場に空しく響く。
そこから暫く、エントランスを支配していたのは重苦しい沈黙――それを破ったのは、ソーマだった。

「……厳しいかもしれねえが、これでこのまま立ち直れないようじゃあいつは神機使いとしてはやっていけねえだろうな」

かつては同行した神機使いの死亡率が高く死神と呼ばれたソーマのその言葉に誰もが頷き――頷きながらも、タツミは慧多が乗り込んで言ったエレベーターの扉を見ながら無為に元気な声を出していた。

「そうかもしれないな。まあ根拠はないけど、俺は大丈夫だって思ってる。ほら、あいつどことなく俺と似てるしさ」
「けど、タツミの兄ィはヒバリちゃんにひっぱたかれたことないだろ?好きな人にビンタ喰らって説教されるって結構キツいんじゃないかなあ」
「……何よコウタ、私が悪者みたいな言い方はしないでくれないかしら」

はぁ、と溜め息をついたジーナの言葉に、一部の神機使いたちは小さく噴き出していた。そんな中、笑わずにやり取りを聞いていただけの藍音がぽつりと呟く。

「ジーナの言うことが正しいと分かってるからあいつもそれ以上は反論できなかったんだろう。慧多はバカだがその程度のことすら分からないほどじゃない」
「ま、神機使いになりたての頃なんてのはあんなもんだ。俺もそうだったし、そういう藍音だってエリックの一件の後は似たようなもんだっただろ。いやあ、若いってのはいいねえ」
「リンドウ、茶化しちゃダメ」

白い煙とともに吐き出されたリンドウの言葉をサクヤが諌め、その場にはまた笑いが巻き起こる。
その笑いがひとしきり収まってから、ブレンダンが短く呟いていた。

「これをどう乗り越えるか――それによって、今後のケイの神機使いとしての在り方が決まってくるだろうな」

きっと彼自身様々なことを乗り越えてきたのだろうブレンダンの言葉に、その場にいる誰もが自然と頷いていた。

* * *

「……ん」

慧多が目を覚まして真っ先に目に映ったのは、見慣れた自室の天井。
あの後自室に戻った慧多はベッドに横たわったまま様々なことを考えていた。目の前で死んでいった青年の断末魔の声が耳にこびりついて、胸が痛くて頭も痛くて、自然と零れる涙を止めることさえも出来なくて。何も考えられなくなりそうになりながら様々なことを頭に浮かべ続けているうちに……身体は正直なもので、睡魔に負けて眠ってしまったようだった。
慌てたように身体を起こした慧多の目に次に飛び込んできたのは、自動販売機で売られているミルクティの缶だった。

「え……これ、何」

ぽつりと呟いてからふと心当たりがあって自室の扉に駆け寄ると……鍵が、かかっていない。
疲れているときなどよく鍵をかけ忘れることはあったが、流石に昨日の精神状態でそこまで気にしてはいられなかったので鍵がかかっていないのも当然といえばそうかもしれない。
つまり、このミルクティは誰かが鍵がかかっていないこの部屋にやってきて……慧多のために置いていってくれたものだということなのだろう。

「……でも、誰が?」

第三部隊のメンバーの前では確かにこれをよく飲んでいた記憶がある。甘い方が飲みやすいから、なんて言って口をつけるたびにカレルやシュンからは味覚が子供みたいだとバカにされていた。
――その事を知っている第三部隊の誰かが?
そこで慧多ははっと我に返る。誰の言葉も素直に受け入れられなくて、誰より大好きなはずのジーナの言葉さえもただ自分の心を抉っただけにしか感じられなくて拒絶していたけれど――もしや、と。
思い立ったとおりにターミナルを起動し、思いついたままにメール画面を立ち上げる。そこに在るのは未読メールの山、山、山。
大体の文面は似たようなものだった。こんなことくらいで落ち込むなとかしっかりしろとか、大体が昨日ジーナに言われたのと同じようなこと。
だがその中に、表情すら見えない文字の間に……彼らの優しさをひしひしと感じて、慧多は食い入るように一通ずつメールを読み進めていた。

「皆……ありがと」

最後の一通、タツミから送られた文章――二度とそんなことを起こさないつもりで頑張れと、強く激励してくれるメールを読み終えたところで慧多は小さく呟き……自分に喝を入れるようにぴしゃりと両頬を掌で叩く。
その後の慧多の表情にはもう、迷いは存在しなかった。

* * *

「ったく、一番の新入りの癖に重役出勤とかいい身分だよなあ」

エントランスに出て行って早々に浴びせられるシュンの遠慮のない言葉に、慧多は思わず苦笑いを浮かべる。
――この言葉の裏に、何故か彼らの優しさが感じ取れたような気がして。

「その様子だと、もう立ち直ったのかしら?」
「あったりまえだろ?くよくよしてたってしょーがねーし!1回の失敗でくじけるほどヤワじゃねーっつの」

にぃ、と浮かべた笑みが本当は少し無理をしていることなんて、きっと彼らだって見通しているのだろう。
だが、それでもいい気がしていた。もしもまた同じようなことがあったとしてもなんとなく――彼らと一緒なら乗り越えられるような気がしていたから。

「泣き疲れて寝ちまうようなガキが何言ってんだか」
「俺ガキじゃねーし」

カレルの言葉に対しての反論が言葉に反して殊更子供っぽかったせいだろうか、やりとりを聞いていたジーナとフェデリコが小さく噴き出す。

「まあ、ケイが元気になってくれてよかったよ」
「ああ……ごめんなフェデリコ、心配かけちまって」
「お前な、俺たちにも謝れよ!!」

いたずらっ子のように笑いながら慧多の頭を軽く小突いたシュンに、冗談っぽく笑いを返しながらすいませーんなんて嘯いて今度はカレルが慧多の頭を小突く。
そのやり取りを見ながら、ジーナはまた小さく笑みを浮かべていた。

――本当は、自分は無力なのかもしれない。
目の前にいる人さえ守れない自分に、神機使いを名乗る資格はないのかもしれない。
だが自分がいじけていたって何も改善しないし、それなら――前を向いて、今度は守ればいい。どこかでアラガミに命を脅かされている誰かを。
自分ひとりでは難しくても自分には仲間がいる。こうして、口ではあーだこーだと言いながらも自分を見守ってくれる人たちがいる――自分がくじけそうになったのと同じ失敗を何度も繰り返してきた、頼もしい先輩たちが。

自然とその事実を受け入れ、シュンやカレルから投げかけられるからかいの言葉に反論しながら浮かべた慧多の笑みにはもう、「無理」の欠片も存在していなかった。

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