Dream | ナノ

Dream

ColdStar

隠した涙

例え皆が苦しみ悲しんでいても自分だけは動揺していない振りをすることを覚えた。自分が動揺しても、状況が好転することはないのだから――それならば自分だけでも冷静でいなければならない。
いつだったか藍音はそう俺に語っていた。それは、リーダーとして、皆を見守る立場にあるからこそ自分だけは冷静でいないといけないと言う強い決意、藍音なりのプライドと隊長と言う立場を守る為の自衛手段。
ただ、藍音とずっと一緒にいれば分かる事だってある。動揺していない振りをしていてもそれは結局「振り」でしかなくて、藍音の中に渦巻いている感情は無理やりに封じ込められているだけだと言うことを。
今もこうして、俺の隣で視線を伏せたままの藍音はきっと……口にしてはいけないと自分を律して、吐き出しそうになる弱音を封じ込めているのだろう。冷静な振りをして。

「……この場で我慢することはねえだろうが」
「我慢なんてしてない」

あっさりと返された言葉に可愛げなんて欠片もありゃしねえ。
ただ、その表情が取り繕ったようにしか見えないのは絶対に俺の気のせいであるはずがない――それなりに長い時間一緒にいりゃ、そのくらいのことは俺にだって分かる。

昨日。
ひとりの神機使いが死んだ。事前の情報になかったアラガミが突如現れ背後から喰われた、と言うことだった。
勿論そんなことは日常茶飯事で、いくら俺たちのすぐ近くにいる奴に長らくKIAが出ていないとは言えこの激戦区では決して珍しい話でもなんでもねえ。
知った仲なら悼むことも出来たかも知れねえが、残念なことに俺はそいつの顔も名前も知らねえ……だからただ、またかとしか感じることは出来なかった。
ただ、俺が顔も名前も知らなかっただけで藍音はそいつと三度一緒にミッションに出たことがあった、らしい。
配属されたのは藍音よりほんの少し前だったが年は藍音より若かったその神機使いは、初の新型だの異例の昇進だので妬みを買うことも多かった藍音の戦いぶりを間近で見ることで素直に慕うようになった、と。
藍音を見かけると挨拶をしたり軽く世間話をしたり、激務である第一部隊の任務を聞きたがったりと随分懐いていたんだと、そいつの訃報を藍音に届けたどこかの部隊の隊長が俺に教えてくれた。
俺にとっては見知らぬ誰か、だが藍音にとってはそうじゃねえ。
だからこそそいつの死の受け止め方が俺と藍音で違っているのは仕方のない話――

「あいつは」

搾り出すように発せられた声は、きっと隣にいる俺にしか届かないくらいに細い。
そんなに大きな声を出す奴じゃねえが、それにしてもいつもよりもずっとか細いその声は……声のトーンに相反して、どこか重い。

「いつかもっと実力をつけて第一部隊に転属して、第一部隊の隊員として私と一緒に戦うのを目標にしている……と、言っていた」

ぽつりぽつり、そいつとの間に起こったのだろう出来事を思い出すように呟いた藍音の言葉。その瞳はいつもの藍音のそれと違い、どことなく昏い。

「私の直属の部下として戦いたいんだって、そう言っていた――待ってるって、伝えたんだがな」

視線を伏せたまま唇を噛み締める藍音だって、本当は分かっているんだろう。
こんな時代で、こんな世界で。身近にいる人間がいつ死んでしまうかなんて誰にも分からないこと、直面しても受け入れなければならないのだと言うことを。
けど、自分がそうだったから分かる。理解していることと受け入れられることとは違う――そして藍音は今、それを受け入れられないからこんな顔をしてる。
戦っているときはとても頼もしく見える肩がいつもより細く、弱弱しく見えて。俺は無意識のうちに、その細い肩を引き寄せていた。

「泣きたきゃ泣け。どうせ俺以外誰も見てねえんだから」
「……泣きたいわけじゃない」

突き放すように言い放った横顔は言葉とは裏腹に今にも泣き出しそうだった――俺の前でまで冷静を装う必要なんてないことだってとっくに分かってるはずなのに、それを隠して強く振舞う藍音の弱さがこのときの俺にはとても哀しいものにしか思えなかった。
俺は黙って、肩に添えた手を離し――自分の感情を押し殺すことでしか自分を保てないこの馬鹿の頭を引き寄せてやる。
それが何の慰めにもならないとしても――せめて、何も認めないまま冷静な振りをすることで自分を保っているつもりでいるこの頑固者の心が折れてしまわないように支えることくらいはしてやれるだろう。
そうやって支えてやることが、いつだって俺の役目。それは多分、俺の一方的な思い込みじゃなく……今もこれからも、俺がずっと藍音の隣にい続ける理由であればいいと心の中で願いながら。

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