Dream | ナノ

Dream

ColdStar

動き出せ

目を覚ましたのは通信機の鳴る音でだった。
手探りでベッドサイドに放り出した通信機を手に取り、応答すると聞こえてくるのはいつものサカキ博士の明るい声。

『やあ、おはよう藍音君。昨日報告を受けた件で君に頼みたいことがあるんだが今から私の研究室に来てもらえるかな?ああ、勿論……ひとりで、ね』
「……分かってますよ」

昨日報告、と言う言葉でサカキ博士が私に「頼みたいこと」と言うのがリンドウさんに関係していることはすぐに分かった。きっと、他の誰が聞いてもリンドウさんのことだとは伝わらないように為されたその言葉――それに、念を押すように付け加えられた「ひとりで」と言う言葉を聞いて私の脳裡に過ぎるひとつの疑惑。
まさかとは思うがサカキ博士は私の隣では未だ私を抱きかかえるような姿勢のままでソーマが寝息を立てていることを知っていやしないだろうか、なんて。
時々、サカキ博士は私達以外誰も知らないはずのことを何故だか知っているような気がして空恐ろしくなることがある。
ともあれ、ソーマを起こさないようにその腕を解くと眼鏡をかけてベッドから抜け出し、手早く身支度を整えてからソーマの身体を揺すった。

「起きろ、ソーマ」
「……ん……?なんだ、もう朝か」

どこかまだ虚ろなままの瞳が私の姿を捉え、ソーマもベッドから身体を起こす。
今目を覚ましたばかりなのだから当然と言えばそうかもしれないがソーマは未だ昨夜の……一糸纏わぬ姿のままだった。

「今日は随分早いな」
「サカキ博士から呼び出しがあったからな」

言ってしまってから、何のために呼び出されたのかはソーマには言えないのだということを思い出して……また、ちくりと胸が痛んだ。

「あのおっさん、今度は一体何企んでやがる」

吐き捨てたソーマの言葉に、なんと答えていいのか分からなかった。
別にサカキ博士が何かを企んでいるわけではない。寧ろ、この件を――リンドウさんの生存の可能性を話として持ち出したのは私のほうだ。その上で、誰にも話すなと釘を刺されているのだから答えを告げることなど出来ようはずがなく――

「さあ、な。まったく、隊長と言うのも楽じゃない。いずれにせよ、サカキ博士との話が終わったらまた戻ってくる」

誤魔化すように口にしたその言葉と共に、私は自室を後にした。
そう言えば朝食を摂り損ねたが、今日は然程大きなミッションが入ってきているわけではない――博士の話が終わってからでも、十分に食事をする時間は取れるだろう。

***

「仄暗い羽、ですか」

研究室に赴いた私にサカキ博士から告げられたこと、それは――仄暗い羽を集めてきて欲しい、と言う依頼だった。
以前からサカキ博士に頼まれて様々なものを探しに行った事はある。だがそれは全てシオの食事だったり、シオのドレスを作る為の材料だったりで――シオがアナグラからいなくなってしまったここ最近ではそんなことも少なくなってはいたのだが、何にせよ私の考えを見抜いていたのか、サカキ博士からはその依頼の理由が簡潔に告げられる――

「ああ。それがリンドウ君の体組織の一部である可能性がある」
「あの羽が……リンドウさんの、ですか」
「もう実物を見たことがあるような口ぶりだね?」

思わず口にした言葉に、サカキ博士が僅かに口の端を上げる。やはりこの人は全て分かった上でものを言っているのではないかと考えると時々不気味に思えることがあった。
仄暗い羽。確かにその名には聞き覚えがあったし……この手にしたこともあるのだから。

「はっきりと言いますと……あります。ただ」

サカキ博士からその事実を聞かされて改めて思う。私が取った行動はあまりにも軽率だった、と。
だが、何に使うのか良く分からないものだった上にそう乞われていたのだから仕方がない……言い訳のように心の中でそう繰り返しながら、私は更に言葉を続ける。

「よろず屋から見かけたら売って欲しいと言われていたので手持ちの分は全て売却してしまいました」

なるほど、と短く呟いたサカキ博士の目に一瞬宿った光に、背筋をぞくりと戦慄が走る。彼の宿した瞳の光は明らかに――何か、私には与り知れない感情の発露としか思えないものだった。
だがその光も、ともすれば私の気のせいだったのではないかと思えるほどすぐに消えて――そこに在るのはいつものサカキ博士の、どこかつかみ所のない笑顔。

「まあ、あれがリンドウ君の手がかりになるなんてその時点では藍音君も知らなかったわけだからそのことで君を責めるつもりはないよ」

聞こえた言葉に取り繕っている様子は感じられない。本当に私を責めるつもりはないのだということは信じてもいいだろうと思うと自然と私は胸を撫で下ろしていた。
だが、だからと言って私が知らず知らず犯していた「過ち」が消えるわけではない。あれがリンドウさんの現状を調べるのに必要だと言うのならここでぼんやりしている場合ではないだろう。

「どこで入手したかは覚えていますのですぐにでも探しにいってきます」

言葉と共に一礼して踵を返し、扉に向かった私の背中に届くのはいつもの、どこか笑み混じりでそれでいて淡々としたサカキ博士の言葉。

「藍音君。君の性格を考えた上でひとつ忠告だけさせてくれないか。……無理をしてはいけないよ」

足を止め、首だけでサカキ博士の方に振り返ると彼はいつものつかみ所のない笑みを私に向けたまま更に言葉を繋ぐ。

「シオの一件で分かったが君は随分と無茶をしがちだからね。それが、君がこの極東支部で誰より尊敬しているリンドウ君のこととなると余計だ」
「……そうかもしれませんね」

サカキ博士の言葉に反論することはできなかった。
事実、今私の気は相当に逸っている。リンドウさんを見つける為の、その生存を確定させる為の手がかりをこの手にしておきながらみすみす手放していたのだから。その失態を取り戻さなければならないと言う焦りが私の中にあるのは否定できない。
それが、サカキ博士の言う「無茶」だと言うのならその言葉を否定することなんて出来ようはずがなく。

「藍音君が人間としては高いオラクル細胞適合率を誇っていて一般的に見た「新人」の常識を遥かに覆す実績を残しているのは分かっているよ。とは言え、君は一応病み上がりなんだ。君が無茶をして一度は小康状態に陥った腕が悪化してもいけない」

サカキ博士の言葉に、リンドウさんの神機を掴んだ掌に自然と視線が落ちる。
今は何事もなく、いつもの私の手に戻ってはいるが……リンドウさんの神機のオラクル細胞がこの腕に食い込んでいると言うことは、今後それがいつ暴走しないとも限らない……わけで。
言葉の出ない私が無理やりにでも言うべきことをひねり出す前に、サカキ博士は笑顔のままで更に言葉を続けていた。

「それに君に無理をさせすぎると私がソーマに叱られてしまう」
「……ご忠告、胸にとどめておきます」

そう答えはしたものの。
だからと言ってのうのうと目の前の手がかりを逃がすことが出来るような性格だとは自分でも思ってはいない。
その言葉は胸に押し込んだまま、私は首だけをサカキ博士の方に向けた姿勢のまま……不意に頭を過ぎったメールの内容を口にしていた。

「それと。名前が出たから言っておきますが……初恋ジュースのようなものを二度と作るなと、ソーマが」
「ふむ……じゃあ、私からも言わせて貰おう、『胸にとどめておきます』と」

……まったく、この人は本当に人が悪い。
私にその気がないことを知った上で私の言葉をそのまま使った意趣返しに、私は苦笑いを向けることしか出来ないまま研究室を後にしたのだった。

さて、部屋に戻って朝食を取ったら早速出かけなければならない。
何も知らない、知らせることの出来ないソーマになんと言って誤魔化すのがいいだろうか、なんてことを考えながら私は黙ってエレベーターの操作パネルに向かって手を伸ばしていた。

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