Dream | ナノ

Dream

ColdStar

可能性

先刻アネットとフェデリコがメディカルチェックのためにサカキ博士の研究室に向かった後、レンがエレベーターに乗り込んだのに私が気付かないわけがない。
想像したとおり、レンは神機保管庫の……リンドウさんの神機の前で、そこにあったリンドウさんの神機をじっと見上げていた。
私の足音に気付いたのだろうか、レンは顔を上げて私のほうを見る。

「あ、お疲れ様です」

私に言葉をかけてみせた彼は相変わらずの穏やかな笑顔。
先ほど一瞬だけ見えた寂しさの理由が気になって……こうして、レンを追いかけてきたはいいものの。

「何をしてるんだ、こんな所で」

それ以上に特に言葉が出るわけでもない。そのせいだろうか、レンは私の問いに答える事はなく再びリンドウさんの神機へと視線を送っていた。
どこか懐かしそうにも見えるその表情の意味は私には分からないままレンの横顔を見ていることしか出来ない。
だがその時不意に、先ほど拾い上げたまま手の中にあった初恋ジュースの缶に湧き上がる悪戯心――

「そうだ、レン。人から貰ったんだが飲むなと言われていてな。よかったらあんたが飲まないか」

嘘はついていない。ソーマに「あんなもん飲むな」、と言われたのは紛れもない事実なのだから。
私のそんな小さな悪戯心に気付いているのかいないのか、レンは何の疑いもなく缶を手に取るとプルトップを開け、口をつける。
一口飲み下したレンの反応を黙って待っていたが、レンが放った言葉は私の想像の遥か斜め上を言っていた。

「これ……すごく、おいしいです」
「そ……そう、か」

些細な悪戯ではあったが、空振りに終わったことを嘆くことはそのときの私には出来なかった。
あのソーマをダウンさせたほどまずい物をおいしいと喜んでいるレンの味覚に対して感じていたのは……畏怖と言うか疑問と言うか。
アリサの言葉を借りて「どん引きです」とでも言うのが正しいのだろうか。なんて、くだらないことがぐるぐると頭の中を回っていたのだから。
だが、私のそんな考えなど知ったことではないようにレンは缶を手にしたまま再び視線をリンドウさんの神機へと戻す。確かめるように、これリンドウさんの神機ですよね……なんて呟いてからレンは何かを思い出すように一度目を閉じた。

「そういえば言いそびれてたんですけど……僕、リンドウさんと一緒に戦ってたことがあるんですよ」
「リンドウさんと?」

勿論レンはアナグラにやってくるまでは他の支部にいたのだろうし、リンドウさんクラスの神機使いともなれば他の支部を支援するために招聘されていても不思議はないだろう。
だが、それは少なくとも私が入隊した後ではないはずだ。私が知らないだけで、レンはどこか遠い所でそんなに神機使いとしてのキャリアを積んでいたとでも言うのだろうか。
それにレンは新型の神機使いで、私は極東支部で初めての新型神機使い――
なんだろう。何かに「違和感」を覚える。だが、私がその「違和感」の正体にたどり着くより先に、レンはその手をリンドウさんの神機に伸ばしていた。
その時に身体を駆け巡ったように感じたのは、私がリンドウさんの神機を使った瞬間に覚えた苦痛。あのときにリッカから、そしてソーマから投げかけられた言葉――

「止めろ、レン!」

慌ててレンの手を掴んだ瞬間に私の中に流れ込んでくる記憶――私はこの感覚を知っている。
新型神機使い同士の感応現象。以前、アリサとの間にも起こったことがある記憶と感情の共有。
だが、どうして。

 ――どうして、私に「視えた」のは……リンドウさんの記憶なんだろう?

腕輪と神機ごと右腕を喰われ……あわや、と言うところでリンドウさんを助け出した姿が誰のものか分からないわけがない。

リンドウさんは……シオによって命を救われていた。

苦しんでいたのだろうがシオによって救われたことでリンドウさんに笑顔が浮かぶ。その笑顔に返されたシオの笑顔は眩しくて、そして懐かしい……
だが。今は感傷に浸っている場合ではない。
レンから――ともすれば、レンがあとわずか手を伸ばせば触れられるような距離にあったリンドウさんの神機からかもしれないが――流れ込んできた記憶。
それが意味するものは、私達がそんなことはあるわけがないと思いながらも心のどこかで望んでいた……

「……すまない」

その言葉だけを残して、私はその場を走り去った。取り残していったレンが何を考えているのかには考えが及ぶことがないままに。

その足で私は支部長室へと向かう。
そこにいたサカキ博士、そしてツバキ教官は息を切らせて駆け込んできた私の姿に驚きの表情を浮かべてはいたが……それに怯むことなく、私ははっきりと言い切った。

「リンドウさんが生きている可能性があります」
「何だと?」

ツバキ教官の表情が変わったのも無理からぬ話だろう。
教官として、「私」の心を押し殺しているツバキ教官とは言え……リンドウさんは血を分けた弟。人前で悲しんでいる姿を見せたりはしなかったものの、リンドウさんを失ったことに傷つき苦しんでいたのはツバキ教官もまた同じだと言うことくらい私にも分かる。

「藍音君が何の根拠もなくそんな荒唐無稽な話を持ち込んでくるとは考えにくい。何か、理由があるんだろう?」

笑顔を崩すことなく私に問いかけてきたサカキ博士に大きく頷いてみせ、私は――先刻見た光景、私の中に流れ込んできた記憶について2人に伝えていた。
焦りが言葉を妨げて、随分と無駄な話までしてしまった気がする。だが、大事な所は全て押さえたつもりではいる。
リンドウさんはディアウス・ピターに命を奪られた訳ではないと言うこと。
腕輪と神機がディアウス・ピターから見つかったのは、リンドウさんが喰われたのが右腕だけだったからだと言うこと。
倒れたリンドウさんをシオが助け、廃寺に……私達が初めてシオと出会った場所の近くに匿っていたこと。
私達が初めてシオに会ったとき彼女が呟いた「オナカスイタ」と言う言葉を教えたのはリンドウさんだったこと。
アラガミ化したリンドウさんの右腕にシオが何らかの処置を施したことでリンドウさんの苦しみが緩和されていたこと。
他に何を言えばいいのだろう。何を伝えればいいのだろう……考えながらただ、思い出したことの全てを言葉にしていった私に向かってサカキ博士は笑顔で頷いてみせた。
このことはここにいる3人だけの秘密だと言うこと。リンドウさんの生存の可能性を調べるにあたって手がかりがあれば持ってきて欲しいと言うこと。そんな風に念を押され、私はそれに頷きを返してから支部長室を辞去しようとした。
だが、その時――サカキ博士から投げかけられた言葉。

「誰にも言ってはいけない、と言うのはソーマも含めての話、だからね」
「……どうしてです?ソーマはシックザール支部長の特務のことも私以外誰にも打ち明けることはありませんでした。ほいほいと他の神機使いに話すほどソーマが口が軽いとは、私には……」
「ソーマに全幅の信頼を寄せている君ならそう言うだろうと思ったし、私もソーマが他の神機使いに話すことを心配してるわけじゃないよ。ただ、ね」

椅子に座ったまま、サカキ博士は机に肘をつく。掌を組んでその上に顔を載せるような姿勢を取りながら……サカキ博士は、わざとそうしているのであろう重い口調で言葉を繋いだ。

「理由はさっきツバキ君が言ったとおりだ。藍音君、君はソーマが無駄に希望を抱いて再び絶望する姿を見たいのかな?」
「……それは」

今は皆に心を開いているとは言え、ソーマがかつて心を閉ざしていたのは――失うことに怯えていたから。
それに、私なんかよりもずっと長い時間一緒に戦ってきたリンドウさんに対してソーマが抱いている感情は私には計り知れない。それこそ、私がコウタに対して抱いているそれよりも遥かに重いのかも知れない。
そんなリンドウさんの生存――ソーマにとっての「希望」を、もしも取り戻すことが出来なかったらその時私は無為にソーマを傷つけてしまうことになる……

「勿論、リンドウ君の生存が確認出来ればその時はきちんとしかるべき方法で皆に伝えるよ。だけど、それまではソーマも含めて誰にも言わないで欲しい。いいね」
「わかり、ました……」

丸め込まれた、と言えばそうかもしれない。
だが、そのときの私は……サカキ博士に反論できるだけの材料を持ち合わせていなかった。
反論できるほどの強い意志がないのなら、無駄に逆らって悪い結果を呼ぶかもしれないのなら、博士と教官の言うことに従うより他にない……本当はどこか納得の行かないまま、自分にそう言い聞かせて改めて支部長室を辞去すると私はそのまま自室に向かった。
……そして、普段はメールなんて寄越さないくせにこんなタイミングで送ってくるソーマは一体何を考えているのだろう、なんて。彼は何も知らないし、そんなことを思うのも私の勝手とは言えほんの少し恨めしいと思ってしまったりして。
 ――サカキのおっさんに二度とあんなものを作らせるな。
そんなくだらない内容とは言え、何故か……送信元を、「ソーマ・シックザール」の名前を見ているだけで……胸が、痛い。
思えばソーマに隠し事なんてしたことがなかった。悲しむ姿を見たくない、そんな理由とは言え……誰より愛しい人に隠し事をしなければならない、その苦しみが不意に私の胸を押しつぶす。
この苦しみから逃れるにはソーマに全てを話すしかない。だがそれでソーマに余計な苦しみを背負わせたくはない……
悩んだ結果、私はターミナルのディスプレイと向き合ったまま無言でキーボードを叩いていた。
 ――分かった、何かの折に伝えておく。それはそれとして……今日は、一緒にいたい。
甘えだと言うことは分かっている。
ただ、それでも私がこの罪悪感から逃れる方法は……それ以上の、ソーマの愛情でかき消すことだけ。
返信もないまま聞こえてきたノックの音に、私は黙って自室の扉を開いた。そこにあった、誰よりも愛しい人の姿に……私はただ駆け寄って、しっかりと抱きつくことしかできなくて。

「……どうしたんだ、藍音」

ソーマの言葉に、言葉を返すことはなかった。
無言のまま唇を重ね、しっかりとソーマの首の後ろに左腕を回す。右手はそのまま、まさぐるようにソーマのベルトにかける――
ソーマは僅かに驚いた様子ではあったものの、私が「求めているもの」が分かったのだろう。一度唇を離すと、しっかりと私の方へと視線を向けてきた。

「今日は随分積極的じゃねえか」
「そういう気分の日もある」
「悪いとは言ってねえ。ただ……このままじゃ廊下から丸見えだろ」

苦笑い交じりに呟いたソーマが私の身体ごと部屋の中に滑り込み、扉が音を立てて閉まる。それを確かめてから、今度はソーマから奪われた唇……そして、何かを考えるよりも先にソーマの舌が唇を割り開き私の中へと押し入ってくる。それに応える様にしっかりと舌を絡め合わせながら、私は夢中でソーマにしがみついていた。
……心の奥底に隠し続けなければならないものがある。だがそれならせめて、ソーマに見せられるものは全て曝け出してしまいたかった。
「第一部隊隊長」として言えないことがあっても、「恋人」としての私の全てをソーマには知っていてほしかった。だから。

余計なことは何も考えたくない。だから。
今はただ、ひとりの女として自分から誘っておきながら流されるようにソーマから与えられる快楽を貪ることだけに集中していたかった――

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