▼ バレンタイン
「何を食べてもチョコレートの味しかしない?」
「……はい。水までチョコレートの味がします」
遡ること一時間前。
私はアポロンメディアの要請を受け、一昨日ワイルドタイガーが破壊した遊具を修繕する為公園にいた。
「子供が壊れた遊具で遊んでいたので直すまで離れていて欲しいと話したら……」
その子はいたずらっぽく笑うと青い光を発し、私を突き飛ばして走り去っていった。
「水を飲むまで気づかなかったんです……サンドイッチもチョコレート味で……なんだか胸焼けしそうです」
歯磨きをしてもチョコレート味。
口をゆすぐ水もチョコレート味。
なんだか胸のあたりがムカムカする。胸元をさすってみても一向に良くなる気配はない。
「大丈夫かい?」
大丈夫です、と言いたいところだがこれは結構精神的に来るものがある。
チョコレートは好きだがあれもこれもチョコレート味では困る。
本来の味を想像して食べた時のギャップが気持ち悪いのだ。
「ほかの食べ物は試したのかい?」
「いえ、気持ち悪くてサンドイッチも完食出来ませんでしたし」
なんとか食べかけは胃に流し込んだが、もう一つは手付かずのままだ。
「リツさん食べないの? ボクもらってもいい?」
「どうぞ、マスタード大丈夫ですか?」
平気、と言い切るドラゴンキッドにサンドイッチの包みを渡す。
いただきます、とかぶりついたドラゴンキッドの笑顔が曇る。
「あの、大丈夫?」
この短時間で腐るようなことはないだろうが、彼女の苦手なものでも入っていたのだろうか。
もぐもぐと咀嚼し、飲み下したドラゴンキッドの言葉に思わず目を見張る。
「これ何のサンド?チョコレートの味がするんだけど……」
*
「えーとつまり?よく分からないんだが……どういうことだい?」
スカイハイは首をかしげているが、
どういう事なのかは私が聞きたい。
私が買ったのはハムサンド。
世間はバレンタインだがハムサンドにチョコレートが混ぜられることは無い。
「パンの味もハムの味もしないよー?レタスのシャキシャキは分かるけど、でもチョコの味しかしない」
「おもしれーことになってんなリツ。ほんとに何食ってもチョコ味なのか?」
ドラゴンキッドにも感染してしまったのだろうか。感染するネクストだなんて聞いたことがない。
タイガーさんは面白がって飴やらコーヒーやらをくれるけれど口にする気は起きない。
「面白くないですよー。結構つらいんですよ、何食べてもチョコレートの味って」
ため息混じりに飴を押し返す。そろそろ塩気のあるものが食べたくなってきた。
「バレンタインに大変だなー。タイムリーっちゃタイムリーか?」
タイガーさんはからからと笑って私が押し返した飴を口に放り込んだ。
「ん?」
慌てて飴の包み紙を確認し憮然とつぶやいた。
「黒糖味が……チョコの味になっちまった……」
「ワイルド君までかい?リツの近くにいるとネクストの影響を受けるのだろうか」
「じゃあスカイハイさんは?」
ドラゴンキッドの疑問に応えるべくみんなが見守る中ドリンクボトルの蓋を開け口に流し込む。
「……スポーツドリンクの味だね」
良かった。スカイハイには感染していないようだ。
「どんくらいで戻るんだろうな。ずっとこのままは困るよなぁ」
「すみません……」
「あいや、リツが謝ることじゃねえって!! 」
どうしよう。ネクストの少年から私へ、私からドラゴンキッドとタイガーさんへ症状がうつってしまった。
その二人から更に誰かに感染してしまったら……
「ボク、いろいろ試してくるね!」
「え?」
待って、という前に彼女はぱっと身を翻し駆けて行ってしまった。
試す、とは何のことだろう?
「とりあえずスカイハイ、私にはあまり近づかないでください。
ほかのヒーローにも伝えた方がいいですね……みなさんにうつったら大変ですし」
「近づいてはダメなのかい?」
スカイハイはしょんぼりとまるで捨てられた犬のような目を向けてくる。
心なしか下がりきった耳と尻尾まで見える気がする。
「えっと……せっかくスカイハイは無事ですし、その、全部チョコレート味は結構つらいのでそんな目にはあわせたくないというか……」
だからそんな目で見ないでー!
「問題ないよ!チョコレートは好きだ!そして辛いものは分かちあえれば少しは和らぐものだ!」
「え?いやそういう問題ではなくて」
「リツ!」
がし、と両手を握られる。
「さあ私にもうつしてくれたまえ!!」
*
「なぜだ……なぜ私にはうつらないんだ……」
近くにいたドラゴンキッドとタイガーさんにはあっという間に感染した。
しかしスカイハイには手を握られようと隣合わせで座っていようと感染する気配は無かった。
何度もスポーツドリンクを口にして確認するもやっぱりチョコレート味を感じることは無いようで。
「何でだろうなぁ? 俺にはあっさりうつったのになぁ」
タイガーさんには多分一分とかからずうつっている。
「リツさん! ぼくなおったよ!!」
なおった、とドラゴンキッドが文字通り飛び込んできた。
「アイス買ってきたんだけど、ちゃんとバニラの味がするんだ!
リツさんも試してみたら?」
ドラゴンキッドの両手にはアイスバーが握られていた。
はい、と口の前に差し出されたアイスをそのまま一口いただく。
「あ……バニラ味」
チョコレートの濃厚な味ではなくふわりとバニラの香りが、優しい甘みが口の中に広がった。
「リツさんも治ったみたいだね!」
ドラゴンキッドからアイスを受け取り礼を言う。
「ありがとうドラゴンキッド」
「でもちょっと残念。チョコアイスになるかもって思ったのに」
彼女らしい。
「良かったなーリツ。じゃあ俺も治ったかな」
タイガーさんは私が押し返した缶コーヒーを開けて一口飲む。
「…………治ってねぇわ」
なんと。
けれどそのうち治るだろう。私もドラゴンキッドも治ったのだから。
また一口アイスをかじる。
「あれ?」
「どうしたんだいリツ 」
「チョコレート味になってる……」
「だっ! まじかよ!?」
おかしい。さっきはちゃんとバニラの味がしたのに。
目の前の白いアイスを見つめる。
白いのに、チョコレート味。
ホワイトチョコレート味なら違和感が少なくて済むのに。
「もしかして、リツさんが触ったものがチョコレート味になっちゃうんじゃないの?」
「!」
ドラゴンキッドの言葉に今までの事を思い返す。
私が買ったサンドイッチ
手で押し返した飴とコーヒー
触れていないスカイハイのスポーツドリンク
「なるほど!ではリツから感染する訳では無いんだね?」
「安心しました……」
ほっと胸をなで下ろす。ヒーローに被害拡大なんて洒落にならない。
「後はリツが元に戻ればいいんだけどな」
「そうですね……普通の味のご飯が食べたいです」
「では私が、さっきのドラゴンキッドのように食べさせてあげよう!」
「え?」
それってまさか
「リツが触れなければ大丈夫なんだろう?
リツは何が食べたいんだい?」
「えっと、あの、それって……」
タイガーさんは私の肩を叩き、意味ありげに笑って行ってしまった。
「あーん、してあげよう! 」
「良かったねリツさん! ボクご飯の約束あるからまたね!」
「恥ずかしがることはないよリツ、ネクストの影響下なのだからこれは仕方の無いことだからね! さ、行こうかリツ!」
あーん……
そんなことされたら恥ずかしすぎるではないか。
スカイハイの満面の笑みに思わず腰が引ける。
「あの、スカイハイ、やっぱり恥ずかしいので……」
「ああそうか、すまないリツ。
私としたことが配慮に欠けていた。
私の家に招待しよう!
それならば誰かに見られることもないからね!」
「いや、そういう問題ではなくて」
だめだ。
彼の中では決定事項のようだ。
「ああ、でもリツのチョコレート味のものも食べたいな。私にも食べさせてくれるかい?」
「!」
私が、スカイハイに、食べさせる?
スカイハイに、あーん。
想像してしまった。
顔が熱い。恥ずかしすぎる。
天然、おそるべし。
オマケは拍手で
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拍手変更に伴いオマケを短編に移動させました。
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