▼ バレンタイン
「じゃっじゃーん! 見てよ食べてよどうよこの私の力作!!」
「リツどっから入った」
「ウフフ、ドアからに決まってるじゃない」
銀行強盗事件を片付けて公園に止められたトランスポーターに戻れば、そこにはリツがいた。
「ほら、今日バレンタインでしょ?
オリエンタルタウンではバレンタインに意中の男性にチョコレートをプレゼントするんだって!」
だから受け取って、と差し出してくる赤と茶色のラッピングされた物。
「あ、もちろんCEO経由でヒーロー事業部さんからここに入る許可取りましたー!
しかもなんとリツさんは再来月からクロノスフーズの輸送トラックのラッピングガール就任ー!
これまだオフレコだから秘密ね」
なんと。あちこちグルなのか。
トランスポーターのドライバーは親指を立てている。あれは絶対賄賂つかまされてる顔だ。
「ね、ね、手作りなんだよー。
アントニオは手作り無理な人?
その場合はコチラ、
じゃーん、ラッピングだけ手作りバージョン!
中身はグディバでーす。
どちらになさいますか!どちらもですか!?むしろ私ごといかがですか!!」
「お前な……」
リツの押しが強いのは今に始まったことじゃない。
リツは先輩の娘だ。
やたらとなつかれてはいたが、ロックバイソンとモデルであるリツのCMでの共演で中身が俺と知って以来
勝手に「理想の人」だの「結婚するならロックバイソン」だのと世間をざわつかせた挙句、
人当たりの良さと人懐こさを駆使し外堀を物凄い勢いで埋められている。
はじめは「どういう事だ!」と目を血走らせていたCEOも最近は態度が軟化してきている。
むしろ低迷している俺の人気と注目度の回復に一役も二役もかってくれるリツの存在をありがたく思い始めているらしい。
「受け取ってくれないの?」
にこにこと楽しそうにしていた表情がすぅっと消える。
「そんなに私の事がイヤなんだ」
うつむいてしまえば背の小さなリツの表情はわからない。
「そうだよね、面倒臭いもんね私……ごめんね」
リツの弱々しい声に、運転席からブーイングが聞こえた。ーー買収されやがって。
「あー、私帰るね。ドライバーさん、ありがとうございました!」
「リツチャンならいつでも歓迎するよ!
むさくるしい牛男しか乗せねえから華がある方が俺も嬉しいし!
ていうか送ってくよ? もう夜だし危ないし」
リツがペコリとお辞儀をした瞬間その向こうのお調子者から中指を立てられた。その中指へし折ってやろうか。
「いらなかったら捨てて」
シートに二つ包みを置いてトランスポーターから出ていこうとするリツの腕をつかむ。
「まあその、あれだ。出動で疲れたし、その、」
「疲れた時には甘いものが一番!」
声の主はまた親指を立てている。
「だからまあ、もらっとく。ありがとなリツ」
「……最初から貰ってよね!」
頬に朱が差す。
「脱いでくるわ」
モデルで芸能人だから、とか年の差が、とか先輩の娘だから、
とか様々な理由で一線を引いてみてもやはり彼女のあの顔を見てしまえば強くも出られなくて。
ーー俺も大概だ。
オマケ
「ドライバーさんナイスアシスト!」
「リツチャンの為だからね!
リツチャンこそ演技派だね〜」
「女優目指してますから! 」
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