鍵の在り処






 今、私たちがいる世界は実は改変された世界で、本当の世界ではない。
 そんなSF映画みたいなことを私に伝えたのは、私の彼氏である剣城優一さんだ。冗談の一言で切り捨てるのは簡単だが、優一さんを見るとどれだけの思いで私に話してくれたのかがよく分かって、とてもそんなこと言えない。


「それは……つまり、どういうことですか」
「本当の俺は小さい頃に足を怪我していて、ずっと病院に入院している」


 私と優一さんが出会ったのは今から二年前、稲妻町に転校してきたばかりで道に迷っていた私を優一さんが助けてくれたのがきっかけだ。
 そこから趣味の話題で盛り上がり、優一さんのサッカーの試合を見て完全に惚れた私が押せ押せでアタックして今に至る。


「それが全部、間違ってたって言うんですか?」
「間違ってたとは思ってない。なまえと出会えて本当に良かった。……ただ、俺はやっぱり京介にサッカーを返したい」
「そのために私は捨てられるんですね」


 優一さんの弟にサッカーを返すと、この世界がどうなるのかは私にはわからない。ただおそらく消えてなくなってしまうのだろう。映画や小説でもよくある話だ。
 要するにこれは私にとっての死刑宣告だ。私という存在は消えなくても、剣城優一のことを好きになった私は消えてしまうのだ。


「もう一度私を見つけ出すとか、ロマンチックなことは言ってくれないんですか?」
「だって、俺は……」
「私はどんな優一さんだって好きです」


 恋愛映画はあまり好きではなかった。女がくだらない理由で男を困らせたり、奇跡という言葉の軽さに嫌気がさすからだ。
 それでもこういう局面に立つと、実際に私はくだらない理由で優一さんを困らせているし、起こるはずもない奇跡を願いたくなる。

 別に優一さんは私のことを嫌いになったわけではない。もしそうならこんな嘘みたいな話、わざわざする必要がないからだ。
 ただ真面目なのだ。私に対しても、彼の弟に対しても。
 頭では分かっているのに、心がそれを拒否する。私と一緒にいてほしい、行かないで。知らず知らずのうちに涙が溢れる。


「……もう、行ってください。私、優一さんのことを困らせたいわけじゃないんです」
「なまえ、謝って許されることじゃないけど、ごめん」
「最後にひとつ聞いてもいいですか?」


 これ以上顔を見てられなくて、窓の外へ視線を逃がした。今だって優一さんに縋り付いて行かないでと泣き叫びたいのを必死に我慢している。


「私のこと、好きでしたか?」


 ここでいっそのこと嘘でもいいから嫌いだったと冷たく言い放ってくれれば、私はこれ以上悲しい思いを抱えることもない。
 だけど優一さんは不意に私の体を後ろからふわりと抱き抱え、耳に触れるだけの接吻を落として呟いた。


「なまえのこと、ずっと好きだよ」





 ここ最近、毎日のように見る夢がある。
 私と男の人が幸せに日々を送っているものだ。生まれて此の方彼氏など出来たことない私でもリアルに感じるそれは、まるで一度経験したことがあるかのように私の脳に馴染む。おかげで近頃夢と現実の境界があやふやになったみたいだ。

 毎日飽きもせず夢に出てくる男の人を脳裏に描いてばかりの私に、母はちょうどいいとお使いを頼んできた。
 別に暇なわけではないと言えば鋭く睨み返されたので大人しく家を出る。高校生にもなってお使いなんてと口を曲げても、私の不満を聞いてくれる人はいない。
 更についてないとばかりに、突然の突風が私の帽子を空へと巻き上げた。慌てて手を伸ばしても、鮮やかな空の青が目に入るだけで、帽子は次から次へと居場所を移していく。


「ちょっと、待って!」


 一向に帽子に追いつけないまま駆けっこを続けていくと、帽子は街の総合病院へと運ばれていった。
 舌打ちしたい気分と同時に、ここなら誰かが拾ってくれるとの安心感が湧いてくる。

 病院の無駄に緑の多い庭を隅から隅まで探していくと、突然誰かに声をかけられる。はい、と振り向くとそこには車椅子の青年がいた。
 目元の涼しい彼は、私の探していた帽子を差し出して言った。


「探し物はこれですか?」


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