シュガーレス/ノンシュガー症候群/シュガーガールと同夢主



天井を見上げればバカラのシャンデリアが光を反射させていて、まるで主人のようにゲストたちを出迎えた。
ハイクラスホテルでのパーティーはやはり気後れしてしまう。着慣れないロングドレスは背中が空いてスースーするしハイヒールで歩くのも覚束ない。鏡やガラスに映る度に濃いメイクをした見知らぬ顔が見つめ返してくるのも居心地が悪い。
極めつけは私の隣に並んで私の腰に手を回すブチャラティの存在だ。
上等なスーツに見を包み普段はそのままにしている切り揃えられた黒髪をまとめた姿は彫刻のように美しかった。
新体制になってからこの手のパーティーに参加することが多くなり、私のパートナーといえばブチャラティと暗黙のルールになっている。
ブチャラティの都合がつかなくてアバッキオに頼もうとすると嫌そうに断られるし、なんだかんだブチャラティはなんとか都合をつけてくるので彼以外とパートナーになったことはなかった。

「今夜も綺麗だ」

「Grazie.あなたも素敵よ」

「ここにいる男たちの中で一番か?」

「一番はボス。当然でしょ」

私たちより年下の男の子がボスになった事を多少は驚いたけれど、ジョルノのカリスマ性と黄金の精神を目の当たりにしてみれば当然の結果だとも思う。
現に今も会場の中心で一際目立っているのはアルマーニのスーツのお陰だけじゃない。ジョルノは神様が世界に存在する美しいものだけを集めて丁寧に作った石像のようだ。
それなのにブチャラティは私の答えに不満そうに片眉を上げて不服を訴える。

「……何?」

「そこは俺が一番って言うところだぜ」

「バカね」

私からの一番なんてもらわなくたってブチャラティはいつだって誰かの一番のくせに。それが私の知らないマリアかソフィアかクラウディアかの違いであってブチャラティにとって差はないのだ。
一蹴してやればわざとらしく肩を竦めてやれやれと溜め息をつくブチャラティを横目に、私はウェイターからシャンパンをひとつ取って喉を潤した。きめ細やかな泡が喉で弾ける。

「あまり飲みすぎるなよ」

「分かってる」

護衛役が酔っ払ったんじゃ話にならない。ジョルノを守る役目にはミスタもついているが、私たちはあくまでも参加者として振る舞わなくてはいけない。

「今のところ参加者のリストにあった人間ばかりね」

「ああ。女の方もリスト外のヤツはいねぇな」

「……まさかと思うけど、女性の参加者しか覚えてないとかないわよね?」

「男の方はお前が覚えてるだろう?」

「呆れた」

「俺たち二人が組めば完璧さ。そう思わないか?」

「思わない」

どんなに着飾っても中身はいつものブチャラティだ。
美女と見れば見境ない。先程から女性参加者から熱い視線を投げかけられては微笑み返す辺り手癖が悪い。

「頭取の娘だな。──挨拶してくる」

「Sì.」

さっきまで私を褒めていたくせにあっさりと他の女性に微笑みかけるブチャラティを見るのは溜め息をつくのも忘れるくらい慣れたものだ。
別に私はブチャラティの恋人でもなんでもないし、彼は彼の好きにしたらいい。精々、よくやるなと思うくらいだ。
手持ち無沙汰にシャンパングラスを傾けたところでトン、と後ろから軽い衝撃を受けて、少しだけドレスにシャンパンがかかってしまった。

「あっ……」

「申し訳ございません、シニョーラ」

高いヒールに足元を取られてぐらついた肩を支えてくれた男性が申し訳無さそうに形の良い眉を下げていた。

「こちらこそ、シニョーレ」

「素敵なドレスが滲みになったら大変だ。秘書に代わりのドレスを用意させます」

「そこまでしていただかなくても結構ですわ。これくらいクリーニングで十分」

ぶつかってきたのもわざとだろう。
着替えを用意するから部屋に来ないかという誘いの常套句を笑顔で躱す。女好きなブチャラティでもパートナーとして隣に立っていれば虫除けくらいにはなっていたのだ。

「それではクリーニング代は僕が。こちらにご連絡ください」

「ご丁寧にありがとうございます」

差し出された名刺を受け取ってとっとと男から離れようとすると横から手が伸びてきて男の名刺を横取りした。

「これはこれはご親切に」

「……ブチャラティ」

「君って女は……目を離すとすぐこれだ。悪いな、シニョーレ。彼女は俺の気を引きたくてわざとこういうことをするんだ」

「なっ……!」

どの口が言うんだと睨みつけてやればブチャラティは演技がかった口調で私の手の甲にキスをする。

「許してくれ、アモ。今夜の君はここにいる誰よりも綺麗だ」

それじゃあ僕はこの辺で、と男はそそくさと立ち去っていく。その背中が参加者たちの中に紛れたのを確認すると、私はバッと手を振り払った。でもすぐにまたブチャラティに手を取られてそのままバルコニーまで引っ張られていく。

「ちょっとブチャラティ!」

「全く……君ってやつは……」

「こっちのセリフなんですけど!?」

バルコニーまで出れば参加者を装う必要もない。ブチャラティも内ポケットから煙草を出して火を点けた。独特な甘い煙の匂いが漂ってくる。

「ナマエも吸うか?」

「吸わないの知ってるでしょ」

わざとらしく煙草を勧めてくるのも苛々して、こういう時本当に煙草が吸えたらと思う。

「大事な話をしている時に煙草を吸うのは止めて」

「大事な話?遂に愛の告白でもしてくれるのか?」

「さっきの!気を引きたくて?誰のせいであんな男に絡まれたと思ってるの!?」

「君が綺麗だからだろ」

「違う!ブチャラティが頭取の娘に鼻の下を伸ばしていたからでしょ!」

「なんだ、ヤキモチか?可愛いところあるじゃねぇか」

「バカなの?」

「君に嫉妬されるならバカでもいいな」

「ほんっとうに救えないバカね」




シガーもシュガーも愛せない

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