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5:Never turn back

ジョシュアは自分の手を見ていた。体の他の部分と同じように手も焼けただれてはいるが、リハビリの甲斐もあって、最近は以前と同じようになめらかに動かせるようになってきていた。短い時間ならば、立って歩くこともできた。包帯の上から、ナマエの直した衣服を身につけて軽く体を動かすジョシュアを、ナマエは思案顔で見つめていた。
「……そろそろ、銃を返さないとね」
 そのナマエの呟きに、ジョシュアは動きを止めた。
「いいのか?この手でも引き金は引けるが」
「あなたのことを信用してるわ。それにやる気なら、とっくの昔にやってるでしょ」
 彼女は今更だと笑いながら、銃を仕舞ってあるらしいダッフルバッグを手に取った。
「ところで、これからあなたはどうするつもりなの?」
「……私は」
 ジョシュアの話を、唐突な爆発音が遮った。
 そう遠くはない。その爆発は地面を揺らし、土煙を上げた。
「私の地雷に何か掛かったみたい」
 ナマエはダッフルバッグから手を離すと、愛銃を構えた。
「見てくる」
「まて、私も」
 そう言って付いてこようとするジョシュアを、ナマエは首を振って制した。
「あなたはまだ怪我人なんだから、じっとしてて」
 岩山の間を駆けて行く彼女の姿はあっと言う間に見えなくなり、数分後に鋭い銃声音が空気を引き裂いた。ジョシュアはナマエの置いていったダッフルバッグを漁り、自身の得物を取り出した。それは手入れが行き届いており、スライドは滑らかで、一発目が空砲になるよう弾が抜かれている以外は残弾数も完璧だった。ジョシュアはそれを慣れた手付きでホルスターに差し込むとナマエの元へ向かった。腰の重みは心地よく、ジョシュアは離れていた半身を取り戻したような気持ちになった。

 一対六の戦いだった。もしもこれが夜間、あるいは高低差のある場所での戦いならば彼女は遅れを取らなかっただろう。しかしそのどちらにも当てはまらないここでは、彼女は苦戦を強いられていた。接近戦を挑んでくるリージョン兵に銃床で一撃を喰らわせ、棒立ちの他の兵へ銃弾を浴びせる。それはなかなかの戦いぶりではあったが、死角へ回り込んだ兵士への処理が間に合っていないのは明らかだった。
 ジョシュアはその兵士の頭を撃ち抜いた。新たな敵の登場に、一瞬、兵士たちの統制が乱れる。その隙にナマエはもう一人を撃ち倒し、「バーンドマン」と呟いて困ったようにジョシュアを見た。リージョン兵たちもジョシュアを見た。太陽を背にして立つ男の姿を。彼の掲げる銃は光を反射して輝き、まるでそれ自体が光を放っているかのようだった。
 そこにいる誰もがそれに畏怖の念を抱いた。リージョン兵は訳の分からぬパニックに襲われた。
「お、お前は」
 その、いち早く恐怖から立ち直ったリージョン兵は、言葉を最後まで発することはできなかった。ジョシュアの放った銃弾がその喉を貫通し破壊したからだ。兵士は声の代わりに赤い血の飛沫を吐き出しながら絶命した。
 再びナマエの銃から銃声が轟き、四体の死体が五体になった。ジョシュアは素早く装填を済ませ、残るもう一人を探したが、地面へ伸びていたはずの男はいつの間にか姿を消しており、ジョシュアは決して悪態をつきはしなかったがそれに近い感情を覚えた。しばらく二人は辺りを探したが、どこへ逃げたのか、その兵士は見つからなかった。

 捜索を止めた二人は死体の転がる荒れ地へと戻って来た。ナマエは、偶然襲われたのだろうと楽観視しているようだったが、ジョシュアは彼らがシーザーによって遣わされたのだろうと確信していた。彼はリージョン兵たちの死体を“処理”してシーザーへの警告としたかったが、一人取り逃がしてしまった今、ここへ留まるのは危険だった。

 ナマエは喉を撃たれ地面に倒れ伏したリージョン兵とジョシュアとを交互に見つめた。
「知り合い?」
 彼女はあの戦いの最中、この死んでいる男が発した言葉を聞き逃してはいなかったらしい。ジョシュアは一応頷いて見せた。
「元、だ。今の私はこいつらの敵だ」
 ナマエはそれで納得した様子だった。ジョシュアに話す気がないのなら、自分も深く追求するつもりはないということをそれは明らかにしていた。
 その距離感が、今のジョシュアにはありがたかった。彼女に過去に自分を知られたくはなかった。それは忘れ去られるべき汚れた過去で、彼はそれを恥じていた。いつかは受け入れなければならないと分かっていても、それを直視することを彼は避けているのだった。


 しかし、その時は無情にも早く訪れた。

 三度目の襲撃だった。流石のナマエも、これはどこかおかしいと不信感を抱き始めているようで、眉間にしわをよせて、リージョン兵の死体を眺めていた。彼女は知らぬようだが、それはリージョンアサシンで、シーザーがジョシュアの生存を知り、そして彼を再び葬ろうとしていることを表していた。このことを思うと、ジョシュアは自身の心の中で復讐の炎が燃え上がるのを感じた。彼を燃やし、尊厳を奪い取り、グランドキャニオンの谷底へ突き落としただけでは飽き足らず、暗殺者を放ってまで追い詰めようとするシーザーに憎しみを覚えた。
 その感情はジョシュアの行為ににじみ出ていた。彼はリージョン兵の死体を岩に括り付け、木から吊し、晒し上げた。時には切り刻むこともあったが、それをナマエは黙って見ていた。それは彼の「こうすればリージョンもここら一帯を避けるようになるだろう」という言葉を信じたからなのかどうかは定かではなかったが、ジョシュアは彼女が口を挟まないことを嬉しく思った。彼は自分の仕事を楽しんでいた。
 ジョシュアが最後の死体に手を掛けた時、それが動いた。その兵士は瀕死ではあったものの、生きていた。血だまりの中でもがくその男をジョシュアは足で転がし、仰向けにした。男の手が弱々しく虚空を掻くのを眺めていると、ジョシュアの加虐心がうずいた。ジョシュアが男の傷口をゆっくりと踏みにじると、男は“生き生きと”叫び、悶えた。ジョシュアはその行為に熱中していた。だから、ナマエが近くに来たことも、朦朧としていた男の視線が、はっきりとジョシュアを捉えたことにも気が付かなかった。男が血で赤く染まった口を開いた。
「お前はジョシュア・グラハムなのか」
 途切れ途切れではあるが、男は確かにそう言った。ジョシュアは屈み込み、男の傷口に乗せた足に体重を掛けながら、ゆっくりと答えてやった。
「そうだ。これが私の新しい姿だ。シーザーの手によって歪められた姿だ」
 男は血を吐き、びくびくと震えて絶命した。それを見届けたジョシュアが体を起こすと、ナマエが真っ青な顔で彼に銃口を向けていた。
「あなたは」
 ジョシュアはまだ片手に銃を握っていた。それをナマエに向けるのは簡単だったが、彼はそうしなかった。それは彼女の慈悲を期待したからではなく、自分が彼女よりも勝っているという自信の現れだった。
「本当に、そうなの?」
 彼女の声は震えていた。それはジョシュアへの恐怖か、己の“人助け”が招いた結果の罪深さへよるものか。ジョシュアは頷いて肯定した。
「じゃあ私は“あの”ジョシュア・グラハムを助けてしまったというわけ」
 彼女が道すがらどのような噂を耳にしたのかはジョシュアの知るところではなかったが、“あの”にどういう意味が込められているのかは、考えなくとも分かった。ジョシュアは口を開いた。
「君の知っている通り、私はリージョンの司令官だった。だがそれは過去の話だ。以前にも言ったが、今の私は彼らの敵、彼らを滅ぼす者だ」
 この言葉は本心だった。ナマエは悩んでいるようだった。
「それは、見たら分かる」
 ナマエの視線がちらりと下へ向けられた。未だジョシュアが踏みつけにしている死体に。ジョシュアはそれから足を下ろした。
「私が知りたいのは……あなたの心に善性が残っているかどうかよ」
「善性の定義にもよる。真に善なる者は神のみだ。私はただ自分の過ちを正しているに過ぎない」
「それじゃあ、あなたはリージョンにいたことを過ちだと?」
 ジョシュアが再び頷いて見せると、ナマエは銃を下ろした。お互いがお互いに向けていた殺意が緩まった。
「それに賭けてみるわ。あなたが変われるかどうか」
 ナマエは苦しめられて死んだ男の苦痛に歪んだ顔を眺めながらそう言った。彼女が声に出してジョシュアの行為を非難しないのが、ジョシュアには不思議なことのように思われた。
「しばらく行動を共にさせてもらう。私は、あなたを助けたことが過ちだったとは思いたくない」
「君の目で確かめるといい」
 いつかこの女は私を殺すだろうかとジョシュアは考えた。その時が来たら、私が彼女を殺すのだろうとも。それに対して特に何の感情もわき上がってくることはなかった。


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