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4:Now I'm here

「しばらく、そうね、取りあえずあなたが自由に動けて、自分の身を守れるようになるまでは面倒を見させてちょうだい」
 再び意識を取り戻したジョシュアに、ナマエはそう告げた。
「ありがたい話だが、なぜそこまでする」
「命を救っただけじゃ、本当の意味で助けたことにはならないんじゃない?水を求める人に、一本のボトルを分け与えたところで意味が無いのと同じように……一緒に水源を探す気でいないと」
 いまいち腑に落ちない様子のジョシュアに、ナマエは「変な喩えだった?」と笑った。
 彼女の言うことには一理ある。もし、襲われている人間がいたのなら、それを助けるだけでなく、銃の扱い方までを教えるべき……ジョシュアの喩えで言うとこうだった。そしてそれは正しく、リージョンを設立する以前のジョシュアが漠然と、だが確かに抱いていた理念でもあった。ついこの間――つまり崖から落とされるまで――それを完全に見失っていた自分にジョシュアは気が付いた。
 この女は、私を再び正しい道へと導くために神が遣わせた存在なのではないだろうか、何となく、ジョシュアはそんなことを考えた。

「ところで、私の銃は?」
 ナマエの“身を守る”という言葉から、ふと、自分の銃が手元にないことに気が付いたジョシュアがそう尋ねると、ナマエはやや思案するような表情で、「私が持ってる」と答えた。
「ちょっと修理と、手入れをさせてもらったわ。あなたと同じく燃えてたから……きれいな銃ね、あれ」
 そう言いつつも、彼女は銃を返そうとはしない。そんな様子を見てジョシュアは、お人好しで、お節介焼きなこの女にも一応の警戒心はあるのかとなぜか安堵の気持ちを覚えた。どうせ返してもらったところで、この手では扱えそうに無い。しばらく彼女への信頼の証として預けておくのも悪くはないかとジョシュアは思った。しかしすぐにどうにも自分はこの女のお人好しに感化されているようだと考えた。いくら命を救われたといえども見ず知らずの女に唯一の武器を預けるなど。
 だが、彼女が自分を殺すつもりならばそもそも助ける必要などなかったはずだ。他に何か意図が?恩を売って利用する気か?……それとも本当に、“誰かが死ぬのが嫌だったから”?
「……大切な銃だ。しばらく預かっていてもらいたい」
「分かった。……ありがとう」
 ジョシュアの心の中の葛藤を見透かしていたかのように、そしてその結論までも知っているかのように、彼女は礼を言った。

「悪いが、もう少し休ませてもらいたい」
「もちろん。むしろ休むべきよ。痛み止めは?」
 思い出したかのようにうずく火傷は酷く熱く、酷く痛んだが、ジョシュアは首を横に振った。
「薬物は使わないようにしている」
「そっか」
 服の胸ポケットからMad-xを取り出そうとしていたナマエはそのままそれを仕舞った。その時こぼされた「強いのね」という少し羨ましそうな彼女の呟きがジョシュアにははっきりと聞こえた。ジョシュアはその言葉について考えたかったが、波のように押し寄せる痛みは徐々に強くなっていき、彼の意識を遠くへ追いやりつつあった。薄れゆく意識と視界の中、ジョシュアはナマエが自分へ優しい微笑みを向けるのを見た。ここにあなたの敵はいないから、安心して休んでとその笑みは語っていた。ジョシュアは故郷を発ってから今までの自分がこんなにも優しい笑みを向けられたことがあっただろうかと考えた。それきり、彼の意識はまた、混濁した闇の中へ引き釣り込まれていった。


 数日間、ジョシュアは熱と痛みの中、覚醒と眠りの間を彷徨っていた。短い目覚めの間、彼は生きるために必要最低限のことをするか、そうでなければ、いつも何かしら手元を動かしているナマエを観察した。目を覚ます度に二人のいる場所は変わり、ジョシュアの体を覆う包帯は新しいものになっていた。
 やがて熱も引き、痛みも、外気へ肌を晒さなければ耐えることのできる程度まで落ち着いた。その頃にはナマエへ対するジョシュアの警戒心もやや薄らいでいた。

 そしてまた数日が経ち、ナマエの献身的な治療の甲斐もあって、ジョシュアは痛みで意識を手放すことがなくなり、誰の助けも借りずに体を起こせるようになってきていた。彼は少しずつリハビリを始めた。手にはまだ引き攣りが残り、細やかな作業を行うことは難しかった。
 ナマエは食料や医療品を探しに行く間以外はたいていジョシュアのそばにいた。そして、真剣な様子で何かを縫っていた。起き上がれないでいた時にも見ていた光景だとジョシュアは思った。そしてふと、その彼女が繕っている布に見覚えがあることに気が付いた。
「君は何を縫っているんだ」
「ああこれ?あなたの服」
 そう答えてナマエが持ち上げて見せたものは、様々なところが縫われ、新しい布の足されているところも多かったが、確かにジョシュアの服だった。
「あんまりこういうのは得意じゃないんだけど、あなたが歩けるようになる前に、どうにか着れる状態にしておかないとと思って」
 ジョシュアが回復することを確信している言葉だった。いや、彼女は、とジョシュアは思った。例え私が明日死にそうな状態であっても同じことをしただろう。生きる希望を失わせないために。ナマエにはそう思わせる何かがあった。
「色々とすまない」
「うーん。もっとちゃんとできれば素直にお礼を聞けるんだけどね」
 ナマエは持ち上げていた服をまた手元に寄せて苦笑した。
「いや、直してくれただけでもありがたい」
「まあ、できるところまではやってみるわ」
 そう言ってまた作業に取りかかるナマエをジョシュアは、なぜそこまで他人に対して献身的になれるのだろうかと不思議に思いながら見つめた。

 そんな生活のなかで、ジョシュアはナマエが時折悪夢にうなされていることを知った。かすかなうめき声は、決してジョシュアの眠りを妨げはしなかったが、そこに混ざる涙声の謝罪の言葉は、一度耳にしてしまうと、そのまま聞かなかったことにして眠ってしまうのが憚られる程度の力があった。
 しかし、ジョシュアがナマエを起こしたことはなかった。
 今の自分が彼女を起こしたとして、一時しのぎにはなるだろうが、根本的な解決は望めないだろうということをジョシュアは分かっていた。彼女の悪夢を引き起こすトラウマを取り除けるほどの仲ではない。そもそも彼女が自身のトラウマを他人に話すとも思えなかった。
 ナマエはジョシュアに優しかったが、怪我人とそれを看る者といった態度を決して崩そうとはしなかった。二人の関係はアンバランスであり、偏っていて、相互的なものではなかった。
 ナマエのうめき声が押し殺したようなすすり泣きに変わるのを聞きながら、ジョシュアはナマエに命を救ってくれた恩は必ず返すと告げた時のことを思い出した。「私がやりたくてやってるんだから、気にしないで」と彼女は言い、困ったようにそれを断った。ジョシュアはそこに彼女の、自分との関係を、短く、さっぱりとしたものにしたいのだろうという気持ちを読み取った。後腐れのないようにか、他人と必要以上の関係を持つことを恐れているのか。しかしもしも後者ならば、ジョシュアを助けるという行為と矛盾している。他人を捨てておけないが、必要以上に親しくはなりたくないということだろうか。
 とにかく、彼女がそうしたいのならばそうしよう。とジョシュアはそう勝手に結論づけ、それに……と付け足した。彼女と親しくしたところで何か得るわけでもない。

ジョシュアは暗闇に耳をすませた。今はもう、ナマエの泣く声は聞こえない。聞こえるのは安らかな寝息だけだ。ジョシュアはそれをしばらく聞いた後、自身も眠りに落ちた。


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