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6:What's it for

 ジョシュアはリージョン兵の首を切っていた。未だ火傷の後遺症が残る体は思うように動かず、痛みも伴ったが、ジョシュアはそれを苦には思わなかった。彼はその首をそのリージョン兵の持っていた槍に刺して晒すつもりだった。しかしそれをナマエは止めた。
「それは逆にあなたの存在を証明していることにならない?」
 確かに、リージョン兵はジョシュアが点々と残していく残虐に痛めつけられた死体を目印に、彼らを追ってきているようだった。ジョシュアは自身の考えを述べた。
「彼らがこれに恐怖を感じず、肉の匂いを嗅いだ犬のようににおびき寄せられてくるのなら、非があるのは彼らの方だろう」
 嫌そうに眉をひそめたナマエに対して、ジョシュアは言葉を付け足した。
「それに、こいつらが持ってくる物資を有効活用できる」
 二人は医療品を求めて荒野を旅しており、事実、リージョン兵の運んでくる物資は大いに役立っていた。渋々といった様子でナマエは俯いて、ため息をついた。
「認めるわ」
 
 このようなやり取りを交わした以外では、彼女がジョシュアの行為に口を挟むことはほとんどなかった。ただ唯一の例外は、ジョシュアがまだ生きている兵士をナイフで拷問に掛けようとした時のことだった。
 「意味が無い」と彼女は言った。
「あなたを追っているのはシーザーで、彼はあなたを殺そうとしている。それ以外になにか知るべきことがあるの?」
「ない」
「なら、止めて」
 ナイフを持つ彼の手首をナマエは握った。それには、初めて彼が意識を取り戻したあの夜のような気遣いはなく、強く握られた包帯の下の焼けただれた皮膚は痛みを訴えた。
「こいつらのしてきたことを考えれば、当然の報いだ」
 低く唸るような声で、憎しみも露わにそう言うジョシュアに、ナマエはずいと顔を近づけ、「違う」と言った。
「私は、あなたが楽しんで人殺しをしていると思いたくない」
 ジョシュアはなぜか彼女の手をふりほどくことができず、ただ黙ってその顔を見つめた。彼女の唇は固い意志によって結ばれており、その瞳からジョシュアは奇妙な感情を読み取った。
 同情心、哀れみ。だが、それは死にゆく兵士へではなく、ジョシュアへ向けられたものだった。それを知った時、ジョシュアは突然心がなにか熱いものに触れたような衝撃に襲われ、困惑した。それは今まで彼の味わったことのない感情だった。彼の手からナイフが落ちた。ナマエは屈み込んでそれを拾った。
「もうやめて」
 ジョシュアは衝撃からなんとか立ち直り、もう一度彼女の瞳を覗き込もうとしたが、それは彼女の方から逸らされてしまった。
「君の言う通りにしよう」
 努めて冷静にそう告げたジョシュアに返されたのは、横目での一瞥と僅かな頷きで、無意識に先ほどのような感情を期待していたジョシュアはそれに一抹の落胆を覚えた。


 ナマエはジョシュアの正体を知った後でも、それほど辛辣な態度は取らなかった。計らずしも旅の道連れとなった彼女がそのような距離感を維持し続けることに、ジョシュアはいつしか安堵の気持ちを抱くようになっていた。彼はその安堵感を無視しようとしていたが、時折彼女が見せる無防備な微笑みを目にする度に、その気持ちが強まることを自覚せずにはいられなかった。
 彼女がそういった微笑を見せるのは、たいていが夕食の場でだった。昼は戦うか歩くかの生活をしている中で、腰を下ろして眺める焚き火の暖かな光は、彼女の警戒心を和らげるようだった。

 その日はジョシュアが狩ってきたゲッコーが夕食だった。ナマエはそれを手際よく解体すると、賽の目状に切ったウチワサボテンと共に炒めた。その様子から察するに、彼女は長い間旅を続けてきたようだった。
「ここらへんにはゲッコーがいていいわね」
 それはなにげなくこぼされた言葉だったが、奇妙なものでもあった。普通、ゲッコーは人や家畜を襲う害獣として人々から疎まれているからだ。ジョシュアの沈黙にそんな気持ちを読み取ったらしい彼女は言葉を継ぎ足した。
「私の住んでいたところには、こういう風に食べられる生き物はいなかったから」
 遠い目をして言うナマエに、ジョシュアは好奇心を覚えた。
「君はどこの出身なんだ?」
「東海岸の方。多分あなたの知らないところ」
 その言い方に、はぐらかすような雰囲気を感じとったジョシュアは質問を変えた。彼女がジョシュアの過去について踏み入らないようにしていることに感謝してる彼は、自分も彼女の過去を詮索するようなことはやめようと考えていた。
「そこでの生活は良くなかったのか?」
 ナマエはちらりと微笑を見せた。
「悪くはなかったわよ。私の産まれたところだもの。でも、美味しいものはなかったかな」
「美食を求めてここまで来たのか?」
 それはジョシュアなりの冗談だった。復讐の炎が落ち着いている時のジョシュアは理性的で、時にはこうしてユーモアのセンスを披露することすらあった。
 ナマエは笑い声をあげて、首を横に振った。
「まさか。私はただ一所にいられなかっただけ。本当はモハビに行くつもりだったの。でもあなたを見つけて、ちょっと寄り道をしてるところね」
 そうしてナマエは少し真面目な顔つきになり、ジョシュアを見据えた。
「医療品を補給できたら、次はどこに行くつもり?」
 それはジョシュア自身も考えていたことだった。自分はこれからどうしたいのか。彼はすでに答えを見つけていた。
「故郷へ帰る。もっとも、彼らが私を受け入れてくれるとは思っていないが」
 その後悔の滲んだ言葉に同情するかのようにナマエは眉尻を下げてそれ以上尋ねようとはせず、ジョシュアは少し安堵した。彼は復讐を果たすために故郷へ帰ろうとしていたからだ。リージョンの司令官であったころに接触した部族を教育し、リージョンに対抗する集団を作り出すつもりだった。もしもこれを知れば、ナマエはあまりいい顔をしなかっただろう。再び彼女に銃を向けられることを避けられるのなら、それに越したことはない。

 夕食も終わり、夜の見張りの最初の数時間はジョシュアの担当だった。寝袋に潜り込んだナマエは、何度か寝返りを打ってはいたものの、暫くすると静かに寝息を立て始めた。だが一時間も経たないうちに、それは終わり、不明瞭なうめき声やうわごとのような謝罪の言葉がその唇から漏れ始める。ナマエがうなされるのはいつものことで、ジョシュアはそれをさほど気にしないようになっていた。だが、暗闇に響く彼女の、誰に向けられているのかすら定かで無い謝罪の言葉を聞いていると、彼女が故郷を離れたのには何か他の理由があるように思われるのだった。


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