Main|Fallout | ナノ

MAIN


3:Still alive

 まだ、生きている。混濁した意識の中、僅かな光を見つけてジョシュアはそう思った。生きている。一度それを自覚すると、意識は光を頼りに一気に浮上した。
 ジョシュアが見つけた光は太陽の光だった。目を開けると青い空と円を描くようにして飛ぶカラスの群れ、そして遙か頭上に崖の縁が見えたが、それは自分が突き落とされた場所ではないように思われた。おそらく、慈悲深いコロラド川が彼の体を受け止め、ここまで運んできたのだろう。彼は半身を川の冷たい流れに晒していた。
 鮮明になった意識は彼に希望を持たせたが、それと同時に体の末端まで走る激しい痛みを彼に伝えた。大気が悪意を持って皮膚を引き裂いていくかのようだった。ジョシュアはうめき声を上げながらも、痛みに耐えた。生きなければという強い意志が彼にはあった。
 不意に何かが砂利を踏む音がし、ジョシュアを囲んでその肉をついばもうとしていたカラスたちは驚いてギャアギャアと鳴きながら空へ飛び立っていった。ジョシュアはその音のする方を見ようとしたが、体は鉛のように動かず、その僅かな動作によって引き起こされた激しい痛みが彼を打ちのめした。
 そして、ジョシュアは意識を手放した。


 ジョシュアは炎の燃える音を聞いた。それはあのグランドキャニオンから落とされた時の残響のようにも、あるいは内側から響いてくるようにも聞こえた。彼はまどろみながらその音を聞き、しだいにはっきりとしてきた意識が、これは現実の音なのだと告げた。ジョシュアが目を開くと、真っ先に橙の炎の色が見え、そこにあの時の燃え行く苦痛を思い出した彼は反射的に体を強ばらせたが、何のことはない、それはただの焚き火の炎だった。
 いつの間にか彼の体には包帯が巻かれ、それをさらに清潔そうなシーツが覆っていた。誰かが彼を川から引き上げ、手当を施したようだった。ジョシュアは答えを求め、仰向けに寝かされたまま周囲の様子を伺った。

 辺りは暗く、焚き火のそばには一人の女がいた。女はジョシュアと目が合うと、にっこりと微笑んだ。それはあまりにも屈託がなく、見た者の心を溶かすような、なにか人の心を惹きつける笑みだった。少なくとも、その時のジョシュアにはそう思われた。ジョシュアは一瞬思わずそれに見とれたが、有り余る警戒心がすぐに目を逸らさせた。
「目が覚めたみたいで、よかった」
 女が立ち上がり近づいてくるのにあわせて、ジョシュアは上半身を起こそうと試みたが、全身を走る痛みに耐えきれずうめき声を上げた。女は慌てて掛けより、彼の火傷に極力触れないようにしながら、再び横たわるように促した。
「無理しないで。体中酷い火傷なんだから」
 少し咎めるような口調でそう言う女を、ジョシュアは警戒心を露わにしたまま、真意を見極めるかのようにまじまじと見つめた。リージョンでの生活は彼の目を曇らせ、他人への猜疑心を植え付けていた。
 そんな彼に、女はちょっと苦笑して、「別にあなたをどうこうしようとは思ってないわよ」と言った。
「なぜ……」
 幸いなことに、気道は火傷による損傷を免れたようで、その疑問の声は驚くほどすんなりと発せられた。
「なぜ助けた」
「なぜって」
 女の顔が少し曇った。
「目の前で誰かが死ぬのは嫌だったから」
 すまなそうな調子で女は続けた。
「何もしない方が良かった?」
 あのまま死にたかったのかと、女の目は尋ねていた。
 このような場合において、生よりも死を渇望する人間の方が多いことを二人とも知っていた。
 いいや、とジョシュアは微かに首を振り、女への警戒心を少し和らげた。
「助けてくれたことを感謝する。ただ、理由が気になっただけだ」
「死にそうな人を助けるのに、大層な理由がいるものなの?」
 純粋な疑問に、皮肉が少し混じったその言葉はジョシュアを心の内で苦笑させた。この女はウェイストランド生まれではないのだろうかとジョシュアは思った。よく見れば案の定女の左腕にはValut出身であることを表すPip-Boyがはめられている。ジョシュアの視線に気が付いた女はそれを何気ない仕草で、しかし故意に、体の影に隠した。

「ところであなた、名前は?」
 ジョシュアの興味を逸らしたいのか、女はそう尋ねた。ジョシュアは、すぐに答えることができなかった。たいていの人間が、“ジョシュア・グラハム”という名前についてどう思っているかなど考えなくても分かる。リージョンの司令官、その肩書きの持つ意味は良くも悪くも強い。
 難しい顔をしてなかなか口を開こうとしないジョシュアをからかうように女は言った。
「教えてくれないのなら、バーンドマンとでも呼ぼうかしら」
「そうしてくれ」
「えっ」
 意外な返事に、女は驚いたようだった。場を和ませようと発したジョークを本気にされて戸惑っていた。
「これは、ただの冗談で……」
「いや、そう呼んでくれて構わない」
 女は眉尻を下げて、しばらく腑に落ちないといった表情をしていたが、ジョシュアが一向に意見を変えようとしないので、とうとう折れて、彼をバーンドマンと呼ぶことを受け入れた。
 ジョシュアは、お前は、と言いかけたが少し考え直して、「君の名前は」と女に尋ねた。
 女はその質問に微笑んで、自分の片手をジョシュアの片手へ軽く重ねた。
「私はナマエ。これからよろしくね、バーンドマン」
 包帯の巻かれた手は彼女の体温や手触りを感じることはなかったが、その触れ方から彼女の気遣いを感じることはできた。
 ナマエは善い人間のようだ、とジョシュアは思った。この荒野でそんな希有な人間に助けられたのは奇跡と言うのだろうか。


[ 3/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -