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2:Welcome "BACK" to Zion!

「なぜ今まで黙っていた?」
 怒気を孕んだ声が、張り詰めた空気を揺らす。微かな金属音は、セーフティの解除された音だろうか。一触即発のその状態を、デッドホースとソローズの面々は住処にしている洞窟の岩陰から固唾を呑んで見つめていた。それに混じって、独りどうしたものかと頭を悩ませているのは、かの有名な運び屋である。
 彼は平和を取り戻したはずのザイオンをのんびりと散歩していたところを、血相を変えたチョークにここまで連れてこられたのだった。

 初めは、目の前に広がる修羅場に命がいくつあっても足りないと判断し、見なかったことにしてモハビへ帰ろうとした運び屋だったが、この状況に恐れおののくことしかできない部族民を見て、仕方なく介入することに決めた。
 ジョシュアは愛用しているコルトガバメントを握り、その銃口はダニエルへ向けられている。まだ、そのトリガーへ指は掛けられていないが、ダニエルが何か余計な行動を起こせばどうなるのかは目に見えて明らかだった。対するダニエルは恐怖に身を強ばらせてはいるものの、その顔はある種の決意を湛えている。あたりには、ダニエルが何を言おうと最終的にはこの場で命を落とすことになるだろうと思わせるような雰囲気が漂っていた。
 その膠着した場を唐突な運び屋の声が打ち破った。
「なあ、ちょっと二人とも落ち着けよ。周りを見ろ、ジョシュア。皆怖がっている」
 ジョシュアの刺すような視線を受け、運び屋は思わず身を竦めた。まずい、ものすごく怒っている。あのソルトを前にした時と同じぐらい、いや、もしかしたらそれ以上と言ってもいいほどの怒りをジョシュアから感じとって、運び屋は変な義務感だとか正義感だとかで首を突っ込んだことを後悔した。
 ジョシュアの手が僅かに動き、銃口が自分へ向けられるのではないかと運び屋は身構えた。だが、彼の予想に反して、ジョシュアは銃をホルスターへしまっただけだった。ジョシュアは目を閉じて気を落ち着けるかのように二、三度、深く息を吸った。
「すまない、取り乱してしまった」
 その一言で、あたりを満たしていた怒りが霧散すると、後にはどこか悲痛な沈黙だけが残された。
「一体どうしたんだ?」
 今度は考え込み始めたジョシュアと、未だ恐怖から抜け出せないでいるダニエルの両方に運び屋はそう問いかけた。
「ダニエルが私を欺いていたのだ。……かつてのニューカナーンでの戦いで私の恋人は死んだのだと、今まで私を騙していた」
「そんなつもりでは……」
「では、どういうつもりだ」
 僅かにまた怒りの炎をちらつかせたジョシュアに、ダニエルは開きかけていた口を閉じようとしたが、運び屋が「まあ取りあえず聞いてみようぜ」とジョシュアをなだめ、ジョシュアもそれに従うような仕草を見せたのを皮切りに、話し始めた。
「あの時、彼女はカナーンを立ち去って……それを私が君に彼女は死んだのだと伝えたのは事実だ。……すまなかった。だが、もしもあの時に真実を告げていたら、君は彼女を追っただろう。私はそれを避けたかった。あの時、君という強力な戦力を手放すわけにはいかなかったのだ」
「それは、確かにそうしただろう。では、それならば……彼女は生きているのか、どこかで……。だが、なぜ……」
 ジョシュアは感情に言葉が追いつかないかのように、途切れ途切れの言葉を発すると、苦悩の色を露わにしながら、片手で顔を覆った。そんなジョシュアを見るのは運び屋にとって初めてのことだった。おそらく、ダニエルも初めてだったに違いない。ジョシュアは言葉を続けた。
「私は彼女を探しに行かなければ。今更かもしれないが」
「それを許すわけにはいかない」
 足を踏み出そうとしたジョシュアの前へ立ちふさがったのはダニエルだ。少し怯えた様子ではありながらも、断固とした決意を秘めているのが見て取れた。
「まだ邪魔立てするつもりか」
 ジョシュアの手がホルスターへ伸ばされた。運び屋は思わず叫びたくなった。「やめろー!俺が助けてやった命を無駄にする気か!」と。だがそれよりも早くダニエルが口を開いた。
「頼む、待ってくれジョシュア。ソルトの消えた今、ニューカナーンの再建には君の力が必要なのだ。民を導く力が。デッドホースは族長である君の言葉しか聞かない。今、君がいなくなってしまったら、同時に失うものが多すぎる。ここに残り、再建に尽くすこと。これはカナーンの民としての義務ではないのか?」
「私はもう、十分に力を尽くした」
「君は我々兄弟を、家族を見捨てるつもりか?一人の女、それも異教徒のために?」
 ダニエルの言葉に、ジョシュアは顔を上げた。その顔には包帯の上からでもうかがえるほどの苦悩が表れており、彼の中で二つの感情が――おそらくそのうちの一つは先ほど運び屋が抱いたものと同じような種類のものだろう――それらがせめぎ合っているのが見てとれた。
 ジョシュアは、深いため息をついた。
「……そうだな」
 たった一言だが、その言葉は重く、悲痛に満ちていた。
「少し、独りにしてくれ」
 そう言い残して、ジョシュアはその場を立ち去ってしまった。後に残された二人はその、リージョンの元司令官ではなく、デッドホースの族長でもない、ただ一人の男の背中が遠ざかって行くのをただ見送ることしかできなかった。

「……なあ、どうしてジョシュアの恋人はニューカナーンを去ったんだ?しかもそんな、緊迫している時に」
「君には関係のない話だ。首を突っ込むな」
 運び屋は無言でダニエルをまじまじと見つめた。ダニエルは視線を逸らす。何か隠している。後ろ暗いことがあるなと運び屋は勘付いた。
「……じゃあ問題は一応片付いたってことにして、俺は帰るとするか」
「ああ、ぜひともそうしてくれ」
 そう返すダニエルの声に、少し安堵したような響きを聞き取って、運び屋は今回の件に首を突っ込むことに決めた。それは少しの好奇心と、先ほどから引きずっている妙な正義感、それと苦悩するジョシュアへの同情の気持ちからだった。運び屋はダニエルに別れを告げ、その場を離れてからすぐ、足音を忍ばせながらジョシュアの所へ向かった。


 一本の松明すらも灯されていない洞窟内は、岩の隙間から入り込む日の光でやっと物が見える程度の明るさだった。そんな中でジョシュアは椅子に腰掛け、机の上に置かれた地図をぼんやりと眺めていた。やらなくてはならないことはあまりにも多い、とジョシュアは思った。ダニエルの言う通りだ。見つかるかも分からない、そして再会を望んでいるかも分からない人間を探すためだけにザイオンを出るということは無謀すぎるだろう。何年かかっても彼女を見つけ出すのだと言えたならばどんなに良かっただろうか。
 彼を引き留めるものは多いが、背を押すものはいない。

 ふいに部屋の入り口で黒い影が動いて、ジョシュアは思い当たる者の名を呼んだ。返事はすぐにあった。
「何の用だ」
「ちょっと気になってな……。もう落ち着いたか?」
 運び屋は手に持っていた松明に苦労して火を付けると、部屋の中がよく照らされるよう、高いところへそれを置いた。淡い橙の揺れる光が二人を包んだ。そして運び屋はどこからか椅子を引っ張ってくると、当然のように、机を挟んだジョシュアの向かいへ腰を下ろした。
「ああ。さっきは見苦しいところを見せてしまったな。止めに入ってくれたことを感謝する」
「いいんだ。それよりも、あんたの恋人の話を聞きたくて来たんだ」
 運び屋の唐突なその発言に、ジョシュアは怪訝そうな様子を見せた。
「何か納得のいく理由があるのだろうな。お前の好奇心を満たすために尋ねているのならば、私は話すつもりはない」
「あんたの恋人を探してやるよ」
「本気か?」
 虚空を見つめていたジョシュアの瞳が、鋭い光を伴って運び屋へ向けられた。先ほどとはまた異なる種類の刺すような視線は静かに運び屋を値踏みし、そこから少しの希望を見いだしたようだった。
「もちろん、報酬はもらうが。でも、前金はあんたの話ってことにしてやってもいいぜ。で、無事に連れて帰って来たら、その時に残りのキャップを払ってもらう。俺の言い値でな!どうだ?」
 ジョシュアは運び屋の提案をじっと聞いていた。そしてややあって口を開いたが、その声色には一抹の悲しみが滲んでいた。
「私は、私と出会う前の彼女のことをろくに知らない。数年間共に暮らしていたのにも関わらず、だ。私が彼女について話せることは少ししかないだろう。形見の品すらも、持っていないのだから」
 その後の沈黙には、何か、運び屋も心が痛くなるようなものを感じた。包帯の下で、ジョシュアが泣いているのではないかと思うほどだった。
「それでもかまわないか」
 運び屋は頷いた。
「お前の提案を受け入れよう、運び屋。彼女のことを思い出すのは痛みを伴うことだが、このまま彼女を忘れ喪うことの方が今はただ恐ろしい」
 ジョシュアは机の上に肘を付いて手を組むと、そこに額を当てた。しばらくまた、沈黙があった。運び屋は大人しくその沈黙に従い、ジョシュアが話し出すのを待った。
「炎に焼かれ、全てを失った私に、再び人間性を与えてくれたのは、彼女だった……」
 ジョシュアの第二の人生は、彼女の登場と共に始まった。彼が語ったのは、自身の過去から逃れ、未来を渇望する男と女の話だった。


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