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My Darlin'

※夢主≠運び屋
※運び屋(男)が出てきます
※時系列的には『Morning coffee』の前あたりです




 運び屋がザイオンを訪れること自体は、ジョシュアも歓迎していた。モハビから運び屋が率いてくるキャラバンとは物資のやり取りができたし、運び屋自身からはモハビ近辺の情報を得ることができたためだ。
 それに何より、ジョシュアの恋人であるナマエが運び屋の訪問を歓迎していたから、彼もそれに倣うことにしていたのだった。
 だがジョシュアには一つ、どうしても気に入らないことがあった。

 一時期運び屋の旅に同行していたこともあり、モハビに友人の多いナマエは今日も、ナローズに滞在する運び屋の元へ出かけて共通の友人たちの近況や思い出話に花を咲かせてきたようだった。
 彼女は運び屋と共にいるキャラバンから貰ったらしい様々な品物を、二人が住居にしている洞窟のあちこちにしまい込みながら、楽しげにその時のことを話す。
 ナマエの手によって幾分か“近代化”された洞窟の中の一室に二人はいた。木材と毛皮を組み合わせて作られた長椅子――ナマエはそれをソファと言い張っている――に腰掛けたジョシュアは、開いた聖書を片手にナマエの話へ耳を傾けた。
「キャラバンの人から小麦粉を貰ったわ。パンでも焼いたらどうかって。でもここにはオーブンがないから……窯でも作ってみようかな」
 言葉の後に、カチャカチャという陶器の触れ合う物音と、感嘆のため息が続く。
「あと食器もいくつかくれて――しかも、縁が欠けてないの!貴重な物でしょうに、プレゼントだって」
 部族民たちは未だ外部の言葉、つまり英語があまり流暢ではなく、ジョシュアはキャラバンの人間たちを名前とその姿、そして過去の経歴で震え上がらせ萎縮させてしまうため、キャラバンとの交渉には主にナマエが当たっていた。だからその礼に色々とくれるのだとナマエは思っているようだったが、ジョシュアはそれに加えて、キャラバンの男たちの下心を感じずにはいられなかった。
 しかしこれはジョシュアを悩ませる問題の些細な一部でしかない。
 ナマエの話が“そこ”へ差し掛かり、ジョシュアは聖書の文章へと視線を落とした。
「ラウルなら、窯の作り方を知ってるかも。彼って何でも知ってるの。戦前の機械の使い方とか。トースターってパンを温めるためのものなんだそうよ。私はパワーアーマーを焼くためのなにかだと思ってたのに」
 ジョシュアは目前のページの一文を暗唱し、気持ちを落ち着ける。今までのナマエの話から考えるに、ラウルというのはかなり高齢のグールらしい。ナマエはその知識と器用さを高く買っているようだが、その口ぶりは祖父を慕うもののそれだ。特別な感情ではない、とジョシュアは自身へ言い聞かせる。
「ベロニカも、どこかに“トースター”っていうすごいパワーフィストがあるんだとずっと思ってたんだって」
 ジョシュアは肩の力を抜く。ベロニカはナマエの女友達だ。確かB.O.S.の一員だったか、パワーアーマーを纏う彼らがその“トースター”なる武器を恐れるのは無理のない話だと言えた。なのにそれが無害な調理器具だったとは。
 明るく笑うナマエに合わせて、ジョシュアも静かに微笑んだ。が、その微笑もナマエの次の言葉で消えてしまう。
「それで、存在しない武器の話になったんだけど、アルケイドは“ウェーザーワイフル”っていうレーザー銃があると信じてたのに、実際はただレーザーライフルが訛って伝わっただけだったって知って落胆したって話してくれたの」
 そしてナマエはまた笑い声を上げたが、ジョシュアは笑わなかった。彼はそのアルケイドなる青年の存在に一抹の不安を抱いていた。出身がどこかは知らないが、アルケイドはエネルギーウェポンの扱いに長けているらしい。レーザー銃の扱い方は彼から学んだのだとナマエが教えてくれてから、ジョシュアの不安は募る一方だった。
「アルケイドってほんとに色々詳しくて、憧れる。この前ラテン語を――」
 続くナマエの話を、ジョシュアは本に意識を向けることで努めて聞かないようにしたが、彼の心に宿った嫉妬の炎はちらちらと揺らぎ、その集中をかき乱した。
 これが、ジョシュアの気に入らないことだった。ナマエがジョシュアの目の行き届かぬ地で、知らぬ人間たちと親しく過ごしていることを再確認させられるこの時間。
 ジョシュアはナマエのことを信用していた。ナマエは嘘をつかない。彼女が“友人”というのなら、それは友人なのだろう。それ以上の関係ではないのだろう。では、今の自分達の関係は何なのだろう、とジョシュアは思う。お互いに愛し合っていることを知っているから、友人ではない。だが一線は越えていない。二人が恋人同士であるという、確かな根拠は何もない。
 ならばその友人と恋人を隔てる明確な一線を越えてしまえ、彼女と身体を重ねてしまえと、いつからかジョシュアの心に巣食うようになった悪魔は囁くがしかし、厳格なニューカナーンの民であるジョシュアは普通のウェイストランド人の恋人同士のように、安易に身体の関係を持つことができなかった。
 だがナマエはウェイストランドの生まれで、ウェイストランドの常識で生きている。そんな彼女がジョシュアにも“普通”の恋人としての触れ合いを求めていることは、ジョシュアにも分かっていた。そして、その“普通”に応えられないということを彼女に告げ、失望されることを心のどこかで常に恐れているのだった。

 ナマエの“モハビの友人”の話は続く。ジョシュアがたった一言「やめろ」と言えば彼女は話すのをやめるだろう。だがジョシュアは彼女の話を遮りたくはなかった。朗らかな笑い声を間に挟み、時には身振り手振りを交えながら語る彼女のその姿を、ジョシュアは愛していたからだ。それに、愚かな嫉妬心を脇に置いてしまえば、ナマエの話は楽しいものでもあった。ナマエがモハビの様子や、女友達とのやり取りを話すときは、ジョシュアも穏やかな気持ちで聞くことができた。
 だが今ナマエはブーンという男の話をしていて、それはジョシュアの心の炎を煽るばかりだった。
 ジョシュアはブーンについても、ナマエの話からある程度把握していた。男やもめのスナイパーで、リージョンを憎んでいるという。そのことを知った時は、ナマエと自分の関係がその男に露顕しないかと気を揉んだが、今の所、ナマエは上手く隠し通せているようで、それは良いことであるはずなのに、モハビでは私も所詮ただのザイオンのいち友人として話されているのだろうか、とジョシュアはつい自虐気味な気持ちになるのだった。
 ジョシュアは依然として聖書を開いたままだったが、文章は少しも頭へ入って来なかった。だからといってナマエの話へ耳を傾ける気にもならず、彼の思考は暗い脇道へと逸れて行った。


「ねえ」
 と急に耳元でナマエの声がして、ジョシュアは聖書を取り落としそうになった。ソファの背後からジョシュアの首へ緩く腕を回したナマエは、一度もめくられていない聖書のページを一瞥した後、ジョシュアへ頬ずりをする。彼女の甘い香りがジョシュアの鼻孔をくすぐり、彼女の温かな重みが両肩へ乗る。
「聖書はそんなに面白い?それとも私の話がつまらない?」
 拗ねた調子でそう言うナマエは、先程からジョシュアが生返事すら返さないことに気が付いていたらしい。ジョシュアは観念して聖書を閉じ、横を向いて、覗き込んでくるナマエと視線を合わせた。
「君の話を聞くことは好きだが、話題が気に入らない」
「話題?」
「君の、モハビの友人たちの話だ」
「……この前の、キャスの話は楽しく聞いてくれたのに?」
「彼女は君の女友達だろう」
 渋々ジョシュアがそう答えると、ナマエは合点がいった様子で目を細めた。
「私が他の男の人の話をするのが嫌なのね」
「…………そうだ。私は嫉妬している。君の、“友人”に」
 ナマエの微かな笑い声が、ジョシュアの耳元を掠める。
「大丈夫だよ。モハビのみんなはただの友達だから」
 ――では、私はザイオンでの“友達”か?
 未だ胸にくすぶる嫉妬の炎が、悪魔のように、ジョシュアへそう囁きかける。
 例えそうであっても彼女はここへ帰ってきてくれるではないか、とジョシュアは気持ちを落ち着けようと試みるも、それは中々上手くいかなかった。
 ジョシュアのそんな雰囲気を察したナマエは、彼の頬と首筋に軽くキスをしてから、更に続けるべき言葉を探す。
「ジョシュア、私は――」
 唐突なノックらしき音が、彼女の言葉を遮った。見れば、ドアのない部屋の出入口に運び屋が立っている。ドア代わりに壁をノックしたらしい彼は、片手に何かの包みを持ち、面白がるようなニヤニヤ笑いを顔に浮かべていた。
「悪いな、個人的な時間を邪魔したか?」
 “個人的な”の部分に妙な含みを持たせる運び屋に、ジョシュアが鋭い視線を送ると、運び屋は肩を竦めて見せた。
「何の用だ」
 視線と同じぐらいの鋭さを帯びた声でジョシュアがそう問うと、運び屋は片手の荷物を掲げて見せた。
「ナマエに届け物だ。さっき渡しそびれてな」
「私に?」
 ナマエが不思議がる声を上げ、運び屋の元へ歩み寄る。回されていた腕が解かれ、肩から彼女の重みが消えるのをジョシュアは名残惜しく思った。
「キャスから?何だろう」
 包み紙に書かれている、『絶対ナマエに渡すこと!』という二重に下線の引かれた文字の書き手をすぐに判別したナマエは、首を傾げながらもそれを受け取った。
「あんたと、あんたの――」
 運び屋はにやりと唇の端を上げ、ジョシュアへ一瞬視線を送る。
「――“ダーリン”に役立つものが入ってるらしいぜ」
 “ダーリン”?とソファで二人の会話を聞いていたジョシュアはその聞き慣れぬ単語に意識を向ける。ナマエはさっと頬を赤く染め、運び屋を睨みつけた。
「彼のいるところでその単語を出さないで」
「なんでだよ?モハビじゃあ、いつも『私のダーリンが』って言ってるくせによ」
「用事が済んだなら、もう帰って!」
「はいはい。“ダーリン”と仲良くな」
「運び屋!」
「じゃあな」
 そう言ってひらひらと手を振り、さっと姿を消す運び屋は、これ以上ナマエをからかうとろくな目に合わないことを知っている。

 動物を追い払うような仕草で運び屋を追い払ったナマエは、ジョシュアの方を振り返る。ナマエが運び屋を追い出している間にジョシュアはソファを立ち、腕を組んで彼女のすぐ後ろに佇んでいた。
「あ、ジョシュア……」
 包みを胸元で抱えたナマエは小声でそうこぼすと、気まずげに視線を床へ落とす。
「“ダーリン”というのは、私のことか」
 当然の問いをジョシュアが投げかけると、ナマエは視線を合わせないまま、小さく頷いた。
「モハビでは、その……あなたの名前を出せないから」
 ジョシュア・グラハムという名前が周囲に与える影響は、未だに根強いらしい。
 ジョシュアが何も返さないでいると、ナマエは気落ちした様子で、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、こういう風に呼ばれるの、あなたは――」
「悪くないな」
「えっ?」
 ジョシュアは、ナマエがモハビの“友人”たちに、“ダーリン”である自分のことを話している様を思い描き、包帯の下で微かに口角を持ち上げた。
「こちらでは、そう呼んではくれないのか?」
「ここでは、あなたのこと名前で呼べるでしょ……」
 恥ずかしげにそう言って、ナマエはジョシュアの胸元に身を預ける。ジョシュアはそっとナマエの肩を抱いた。
「……ジョシュア」
 顔を上げ、囁くように、そしてどこか甘えるように彼の名を呼ぶナマエを前に、ジョシュアの心の中には、さっきとはまた違う種類の炎が散った。
 ――ナマエの気持ちは分かる。彼女が何を望んでいるのかも分かっている。
 だがジョシュアはその炎が身体へと燃え移る前に、理性の力でもって打ち消した。
「その包みの中は何だ?」
 寄り添う温かな身体へ伸びようとする自身の腕を制し、ジョシュアはナマエを促してソファへと戻る。あからさまな誘いにキスの一つも返して貰えなかったナマエの、意気消沈した様子にジョシュアの心は痛んだが、それに応じればもう歯止めが効かなくなることぐらい容易に想像がついた。

 二人はソファに並んで座った。包みを膝に乗せたナマエは「なんだろう」と呟きながら包装紙をめくり、そしてすぐに元へ戻してしまった。ジョシュアには、淡いピンク色の布が見えただけだった。
「中身は何だ」
 また頬を赤くして、ぎゅっと包みを押さえるナマエに、先程の運び屋とのやり取り――ナマエとジョシュアに役立つものが入っているという言葉を思い返しながら、ジョシュアは中身を改めて問う。ナマエは首を横に振った。
「い、今は必要ないもの、だと思う」
「見せてはくれないのか?運び屋は私にも関係のあるものだと言っていたように思うが」
「そう……だけど……ジョシュアは求めてない、かも……」
 彼女の歯切れの悪い言葉は、まるで自信を失ったかのように、小さくなって消えていった。気のせいか、彼女の表情にも影が差す。そこにどこか彼女の心が遠ざかる気配を感じたジョシュアは、ナマエの腕へ手を重ねた。
「ナマエ。私に必要かどうかは、私が決めることだ」
「うん……」
 ナマエは依然として包みを握っていたが、諭すようにジョシュアがその手を解くと、観念した様子で包みをジョシュアへと差し出した。
「……私のこと、軽蔑しないで」
 まるで念を押すかのようにそう言う、彼女の目は微かに潤んでいた。これまでの、ジョシュアの葛藤の末の決断を、彼女は拒絶として受け取っていたのだった。


 薄いピンクのベビードールを前に、ジョシュアは沈黙した。ナマエも居心地が悪そうにしながら黙っていたが、小さな声でぽつりと「ごめんなさい」と呟いた。
「なぜ謝る?」
「こういうの、嫌いでしょう……」
 ジョシュアはベビードールの肩紐を摘んで持ち上げた。向こう側が透けて見える薄さだ。それを着ているナマエを脳裏に思い描いてしまう前に、ジョシュアは素早くそれを畳み直した。
「好き嫌いはともかく、君の友人はなぜこれを送って寄越した?」
「……私が、男の人を誘惑する方法を聞いたから、だと思う……こんなに露骨なの、送ってくるとは思わなかったけど……」
「誘惑?……それは、私を誘惑する、ということか」
「あなた以外に誰がいるの」
 落ち込んでいた様子のナマエだったが、ジョシュアのそんな問いかけには少し気色ばんで見せた。ジョシュアはナマエの手を取り、身を寄せる。
「私はもう十分に、君に魅了されている。君にはそれが分からないのか?」
 ナマエがジョシュアの手を握り直し、二人は見つめ合う。ジョシュアは自分がナマエにキスする場面を想像し、その後に続くであろう行為を思った。こんなにも可愛らしい恋人が自分を誘惑したかったなどと言うのを聞いて、愛さずにいられる者がいるだろうか。
 だが、とジョシュアは自ら身を引き、高まりつつあった気持ちを無理矢理に抑え込む。それはかなり難しいことではあったが、彼はなんとかやり遂げた。
 そんなジョシュアに、ナマエは悲しげな吐息をこぼす。
「……じゃあどうして?」
「何がだ」
「どうしてキスすらしてくれないの?」
 苦悩を突くその問いに、ジョシュアはしばし黙り込んだが、これ以上避けるわけにもいかないかと口を開いた。
「私が君に触れないのは、君に魅力がないからではない。むしろ、いつも衝動を抑えるのに苦労する。……今もそうだ。だがニューカナーンの民にとって……婚前交渉はあまり良い行いではない」
「婚前、交渉?」
「未婚の男女がセックスすることだ」
 ナマエは驚きを顕にし、自身のそれまでの行いを――ジョシュアが応じられなかった誘いの数々を――振り返ったらしく、恥ずかしげに俯いた。
「そ、そうなの?……ごめんなさい、私知らなくて」
「君にとって、婚前交渉は普通のことなのか?」
「ウェイストランドでは、多分……」
 消えていった言葉尻には、確実に肯定の意が含まれていた。ジョシュアの落胆を察したナマエは、慌てて言葉を継ぐ。
「私、あなたのこと、もっと知りたくて……。お互いにいろんなことをよく知り合ってから結婚するべきだと、私はそう思ってたの。人となりだけじゃなくて、好みとか、友好関係だとか、生活スタイルに……身体のことも、その内の一つだと思ってて……」
 ナマエが出した“結婚”という単語に、ジョシュアはどきりとした。ナマエへの愛情を自覚する度に、彼が心の内で取り出しては、ため息と共にしまい込んでいた言葉だ。――そのつもりはないが、自由な彼女の首に枷を嵌めようとしていると誤解されたくはない。だが、彼女の方からこの話題を持ち出すとは。
「だから私は、私自身のことも、友達のことも全部話すようにしてたの。あなたに私のこと、知ってほしくて」
 切羽詰まった様子で思いの丈を明かすナマエは、彼女なりに先へ進む道のりを整えていたのだ。それを知り、ジョシュアは胸の奥から彼女への愛おしさがこみ上げてくるのを感じた。
「そうか。君の気持ちは、よく分かった」
 明確な未来を示されて幾分か余裕を得たジョシュアはようやく、後ろめたさを覚えずにナマエを抱き寄せることができた。
「愛している。ナマエ」
「私も愛してる」
 ナマエもジョシュアの身体へ腕を回す。自然な流れで唇が重なり、彼女の唇から熱い炎が燃え移るのをジョシュアは感じた。それは瞬く間に彼の心を焦がし、身体を燃え上がらせた。
 再び悪魔が舞い戻り、言う。お互いに先へ進む意志があるのならば、今すぐ関係を進展させてもよいのではないか、と。ナマエのことをもっとよく知りたくはないか――あるいは、彼女に自分のことを教え込みたくはないか、と。
 そのアスモデウスを、ジョシュアは追い払わなかった。


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