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Come Into The Water

 ジョシュアがいくらナマエと身体を重ねようとも、その間には常に包帯の数ミリの隔たりがあった。
 ナマエとの距離が縮まれば縮まるほど、その覆すことのできない数ミリの距離がジョシュアを苦しめた。度々彼は、神はこれを見越して私の肌を焼き、恋人との抱擁すらも満足に行えないようにしたのだろうかと考えることもあった。
 一度だけ、包帯を取り払った状態で彼女のその滑らかな肌に自分の焼けただれた肌を触れさせたこともあったが、愛しい筈の彼女の温もりが再び彼を焼き、耐えがたい苦しみのなかへ落とし込んだ。それ以来二人は、肌の触れあいでお互いを楽しむことは諦めていた。
 時々、ジョシュアは思う。彼女の肌を心ゆくまで味わいたいと。身体を絡ませ合い互いの存在をその身体で感じることができればどんなに素晴らしいことかと。しかしそれは望めそうに無い。神がより禁欲的になれと彼を促しているのかもしれなかったが、普通の教徒たちがやるように、そそくさと行為を終わらせることなどできない魅力が彼女にはあった。彼は常にくすぶる欲求をその胸に抱くしかなかった。


「水浴びに行かない?」
 それは珍しい誘いだった。ザイオンに落ち着いてからのナマエは、安全の確保された、見張りを必要としない水場に一人で赴くことが多く、かつて共に旅をしていた時のように二人で水場を訪れる機会はめっきり減っていた。
 ジョシュアは二つ返事でそれを受け入れた。水と戯れる時の彼女は美しく、楽しげで、ある種の神聖さすら湛えていた。それはいつまでも飽くことなく眺めることのできる絵画のようだった。

 ナマエがジョシュアを連れて行ったのは、山奥にある滝壺だった。そこは四方を崖に囲まれており、頭上から日の光が丸く注ぎ込まれていた。滝壺の水が落ちる所は激しく白い泡を立てているものの、そこを離れれば凪いだ水面が広がっている。水際には細やかな砂の粒で作られた砂浜があり、日の当たるそこに腰を下ろしてその暖かさを楽しむことができそうだった。つまりそこは安全で快適な場所だった。ナマエは囁くように言った。
「この前見つけたの。きっと誰もここを知らないわ」
 ジョシュアはここへ至るまでの道とは呼べそうにない荒々しい岩山を思い出しつつ頷いた。ナマエは微笑みを返した。そして滝壺へせり出した平らな岩場へ行くと、服を脱いだ。
 モハビの砂嵐や銃弾、そしてザイオンの野生動物の牙や爪から身を守るために、ナマエはいつもその身を首からつま先まで覆うような防具を愛用していた。だから、その下にある肌が日の下に晒されるのを見ることができるのは、ジョシュアただ一人だった。いつ見てもそれは息を呑むほど美しい光景だった。白い肌に、細い首、柔らかな双球と淡い色のその先、ほどよく筋肉のついたくびれ、繊細なカーブを描く背に、小ぶりな臀部、すらりと伸びた脚。それを彼女はいつも惜しげも無くジョシュアの前に晒した。そしてナマエはジョシュアに魅惑的な笑みを送ると、水へ飛び込んだ。
 ジョシュアは岩場から身を乗り出して、深い水中で人魚のように泳ぐナマエを見た。彼女の吐いた息が水中で泡になり、輝いた。しばらく彼女は水を楽しんだあと、浮上してきて、ジョシュアを呼んだ。それはセイレーンの呼び声だった。
「来て!」
 ジョシュアはベストを脱ぎ、シャツを脱いだ。それはナマエが脱ぎ捨てた服の上へ重なった。彼がベルトを外すのを、ナマエは水中で身体をくねらせながら待っていた。そして彼が包帯だけを身に纏う姿になると、腕を水中から伸ばし、その身体を冷たい水の中に引き込んだ。
 ジョシュアは水中でナマエの身体を捕まえ、腕の中に抱き寄せた。ナマエはそれに大人しく従い、彼の肩に両腕を回した。そして、二人は水の中で唇を重ねた。
 呼吸をするために二人は抱き合ったまま水面から顔を出した。ジョシュアはナマエの瞳が興奮で輝いているのを見た。一方ナマエもジョシュアの瞳の奥で欲望の炎が燃えているのを見た。彼女はジョシュアの包帯へ指を掛けた。そして、それをするすると解いていく。
「ナマエ?」
 外で解いた時のような痛みは感じないものの、その行動を不思議に思ったジョシュアは彼女へ声を掛けた。
「痛い?」
 その質問にジョシュアが首を横に振ると、ナマエは安心したように微笑み、言葉を続けた。
「水の中なら触れるんじゃないかと思って」
 ナマエはジョシュアの包帯を全て解き、水に流してしまった。それはたぶん、あの砂浜に打ち上げられるのだろう。彼女はそっと、ジョシュアの剥き出しの肌に触れた。
 彼女の手は当然温かいのだろうとジョシュアは身構えたが、しばらく冷たい川の水に晒されていたその手は冷え切っており、それに触れられた彼の焼けただれた皮膚は、久々に、痛みではなく、触れられているという正常な感覚を伝えてきた。それは彼を激しく感動させた。
 ジョシュアは何も纏わない姿でナマエを抱きしめた。ずっと望んでいたように、腕と腕、脚と脚を絡ませ合い、胸と胸を重ねる。薄い肌と肌を通して、彼女の鼓動が伝わってくることに、ジョシュアは言いようのない感動を覚えた。
 ナマエの手のひらが、彼の肌を優しく愛撫する。その快感とむず痒さの間のような感覚を、ジョシュアはされるがままになりながら味わった。
「ずっとこうしたかった」
 そう言ったのはナマエの方だった。ナマエは恥ずかしげに頬を赤く染めると、ジョシュアを見た。ジョシュアは自分がどうしようもなくナマエを愛しているのだということ、そしてナマエもまったく同じ気持ちでいることを改めて知り、幸福感に沈んでしまいそうになった。
「愛している、ナマエ」
「私も、ジョシュア」
 そしてどちらともなく二人は口付けしあい、お互いの水のような愛の中に、しばらく漂っていたのだった。


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