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Into Each Life Some Rain Must Fall

 ジョシュアは簡易的なテントの下で雨をしのいでいた。そのテントは日よけのような屋根しかない代物であまりにも簡易的すぎたが、思ったよりも雨脚が強まるなか、ジョシュアはそこに留まり続けるより他になかった。
 いつものように聖書を開き、読書に勤しもうとするジョシュアだったが、目は文章の上を滑るばかりで、一向に内容が頭へ入ってこない。ジョシュアは数ページめくり、自身の集中力が目覚めはしないかと試してみたが、結局それは無駄に終わった。彼は聖書を閉じ、何が自分の心を騒がせているのかを改めて見つめた。
 ナマエのことだ。それは考えなくとも分かることだった。彼女は今、モハビにいる。あの乾いた地、信仰の失せた地に。こことは正反対の場所に。
 そろそろ彼女が帰って来てもいい頃だった。
 遠くで青白い稲妻が光り、数秒遅れて低い轟きが大気を揺らす。もしも彼女がすぐ近くまで来ているのなら、これに怯えていなければいいが、とジョシュアは思った。ナマエはここ、ザイオンに来るまで雨を見たことがなかった。
「話としては知ってたけど、本当に存在してたなんて」
 細やかな霧雨を身体に浴びながら、彼女はそう言った。彼女は雨が好きになったようだった。
「綺麗な水がこんなに降ってくるのは、まさに天の恵みね」
 ジョシュアはというと、雨を眺めるナマエの横顔を眺めるのが好きだった。
 だが、ナマエは雷を怖がった。初めてそれが天を裂いて表れた時、ナマエは顔を真っ青にして、ジョシュアに助けを求めた。彼女はあれが衛星兵器かとジョシュアに尋ねた。その顔は真面目なもので、ジョシュアは雷が発生する原理を彼女に説明してやった。それで彼女は納得したようだったが、雷が鳴る度に足を竦ませ、ジョシュアの側へ身を寄せた。
「雨は素晴らしいけど、雷がなければもっと良かったのに」
 そう漏らす彼女の肩を抱いてやりながら、ジョシュアは雷が好きに成らざるを得なかった。

 細かな雨粒が降り注ぐ音に混じって、テントの端からこぼれ落ちる水滴の音が大きく聞こえる。ふと、ナマエの声が聞こえた気がしてジョシュアは顔を上げた。雨の白いベールの向こうへ目をこらすが、誰もいない。ジョシュアは包帯の下で独り苦笑して、首を振った。数日離れているだけで、こんなにも彼女のことを恋しいと思ってしまうとは。もしも昔の私が今の私を見たのなら、嫌悪の表情の一つでも浮かべたものだろう。一人の女などにうつつを抜かして、と。しかし昔の自分に伝えてやりたいものだ、彼女は全てを捧げる価値のある女性だと。そしてそんな女性に出会えることは一生にあるかないかのことなのだと。
 雨音に彼女の声を求めて耳を澄ましていれば、それが言葉のように聞こえてくる。彼女がジョシュアの耳元で囁く言葉。一人称、愛の言葉、二人称。短いが全てが詰まっている言葉だ。こんな感傷的な行為は自分らしくないと思いつつも、その雨音が愛の言葉を繰り返し歌うのを聴く。
“I love you”
 時折混じる重たい雨音がloveを強調する。そして本降りになるなか、大粒になった雨粒がその言葉しか呟かなくなる。ジョシュアは再び苦笑する。これではまるで私の心情を表しているかのようだ、と。

 低く立ちこめていた雨雲が少しずつほどけていき、雨音が遠のいていくのに従って“love”が“miss”へと変わっていく。ナマエはまだ戻らない。
 ジョシュアはナマエがモハビで誰と何をしているのか知らなかった。それは時折彼の嫉妬心を煽ったが、彼は何も尋ねたことはなかった。それはいつか彼女が話してくれることを信じていたからでもあるし、彼女がここへ必ず帰ってくることを知っていたからだった。
 だが、離れていればいるほど、彼女への想いは募っていく。
 彼女を一所に留めておくことはできない。そんなことをすれば彼女の快活さ、内外の美しさは瞬く間に失われてしまうだろう。ジョシュアはそんな罪深い行いをしたくはなかった。
 だから、ジョシュアは待っていた。ナマエがジョシュアを選び、共にこの地に留まってくれることを。
 雨が降り、それを楽しむナマエを見ていると、いつかその日が来るのではないかと希望を持つことができた。ここは彼女が求めるものを与えることのできる地だ。そしてジョシュア自身も、彼女の求めるものを与えられることを分かっていた。だから、彼は待つ。

 分厚かった雨のベールが薄くなり、その向こうに隠していた景色を露わにし始める。そこに一つの人影を見つけて、ジョシュアは立ち上がった。それに気が付いたらしい相手は手を大きく振る。
 ナマエが帰って来た。
 地面はぬかるんでいるが、雲の合間から差し込み始めた日の光がじきに乾かすだろう。それに刻まれた一列の足跡は合流したもう一列としばらくもつれ合ったあと、二列になって伸びていった。


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