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拍手お礼再掲|コナーとジュークボックスの話

*拍手のお礼だったものです。短いです。既に読まれている方はごめんなさい。




 彼の相棒がこのバーを訪れなくなってもう数カ月経つが、コナーは毎週末独りだけでここを訪れていた。初めの方こそ彼を邪険にしていた店主も、そのひたむきさに折れたのか、彼がカウンターの端に座り、一人の女性へアンドロイドらしからぬ熱い視線を送ることを黙認するようになっていた。
 彼女はいつも独りでこのバーを訪れていた。だが彼女の目的はお酒ではなく、バーの片隅に置かれている古いジュークボックスだった。彼女はロングカクテルを一杯頼むと、店主がそれを作っている間に、ジュークボックスの前へ向かうのだった。そして財布から一枚のコインをつまみ上げると、投入口へそっと差し入れる。その柔らかな指先の動きを、コナーはいつも見つめていた。
 コインという餌を貰って息を吹き返したジュークボックスは、入力されたコマンドに従ってレコードを選び出し、再生機具へセットする。その緩慢だが正確な動作を、彼女は唇に微笑みを湛えて眺めていた。ジュークボックスは毎回決められた動きをしているだけなのに、彼女はそれへ、まるで子どもを見守る母親のように優しく楽しげな視線を注いでいた。
 コナーは彼女へ掛けるべき言葉を考える。「僕もその機械のように動けますよ」などという言葉がぱっとしないものだということは、彼にだって分かっている。だから、彼は彼女に声を掛けない。
 曲が始まり、彼女はそれを聴きながらカクテルを飲む。いつも違う曲、いつも違うカクテル。

 その晩も、彼女はジュークボックスへ向かった。バッグから財布を取り出してその中を覗き込み、「ああ」とため息を溢す。そして彼女は曲をかけることなく自分の席へ戻った。餌を貰えなかったジュークボックスは静かに電飾を点滅させながら、無言の訴えを彼女の背中へ投げかける。彼女はつまらなそうな表情で、カウンターに頬杖をつく。コナーはポケットを漁って、今の彼女に必要なものを取り出した。

 急に肩を叩かれた彼女の表情が、警戒から、顔見知りへ向けるような戸惑いを帯びた微笑へ変わるのを見て、コナーは心の内で安堵した。そして手の中のものを差し出す。
「よかったら、使って下さい」
 彼女は戸惑いを深め、その銀色のコインとコナーの顔を交互に見つめた。コナーは言葉を付け加える。
「僕も音楽を聴きたいんですが、何を選べばいいのか、分からなくて」
 彼女がこれで納得したのかは分からなかった。なぜなら彼女が否定も肯定も返さぬうちに、コナーがその手を取ってコインを握らせたからだ。焦りに任せたやや強引なやり口ではあったが、これを彼女は受け入れ、「それなら」と控えめな感謝の意が含まれた言葉を口にした。

 カチャンと滑らかに、コインが投入された。目を覚ましたジュークボックスは、華奢な細いアームを伸ばしてレコードを恭しく掴み、そっと針の下へ横たえる。彼女と共に眺めると、プログラム通りなはずの一連の動作も、どこか生きているかのように見えた。
「いつもこれを眺めていますね」
 その言葉に、彼女は音楽の流れ始めたジュークボックスから脇に佇むコナーへ目を移すと、少し恥ずかしそうな微笑を浮かべた。自分が見られていたことを、彼女は今知ったのだった。
「レコードは沢山あるのに、いつも間違いなく選ぶでしょう。機械だから当たり前のことかもしれないけど、その正確さが好きなの」
 どうやら今が、これまで温めてきた言葉を解き放つ時のようだ。コナーは意気込んで言った。
「僕も、正確な動きは得意ですよ」
「そうね、きっと――」
 彼女はコナーの胸にある青い三角形へ一度だけ視線を落とした。
「――得意なんでしょうね」
 コナーは頷き、自身の言葉を裏付けるべくコインを取り出そうとした。彼は調律の為のコイン遊びが、十分に人の気を引けるものなのだと理解していたからだ。
 しかしコナーが改めたポケットの中にコインはなく、彼はそれが今ジュークボックスを動かしていることを思い出した。コナーのうろたえるような視線の動きで、彼女の方も何かを察したらしい。彼女は微かに声を上げて笑い、「今度でいいわよ」と言った。それに続く「何を見せてくれるのか知らないけど」という言葉には、僅かに面白がるような響きがあった。そのことに希望を得たコナーは、片方の口角を持ち上げて見せた。
「では今度……来週末にでも」
「ええ」
 彼女は頷いた。きっと来週末も、このジュークボックスは餌を貰えるだろう。だが彼女が見つめるのはその内部で動くアームではなく、少しばかり緊張を帯びた手付きでコインを操るコナーなのだろう。


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