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短編|土曜の朝と金曜の夜 ※微エロ?

 土曜の朝。
 ナマエは頭が痛いな、と思った。そして昨晩のパーティーで些かアルコールを摂取し過ぎたことを思い出す。これは、久々の二日酔いの頭痛。でも、とナマエはベッドの中で目を閉じたまま考える。この痛みは内側というより外側からの痛みのように感じられる。なんだろう、枕が合っていないのだろうか。ナマエは寝返りを打ち、自分の頭の下でその枕と思われるものがごりごりと擦れるのを感じた。これは枕というより、なにか円柱型のもっと固いものだ、とナマエが思い目を開けようとしたちょうどその時、思いもよらぬ人物の声が彼女を一気に目覚めさせた。
「おはようございます、ナマエ」
 ぱっとナマエは目を開けた。彼女の目前では端正な顔が、唇に微笑みを湛えている。ナマエはもう一度目を瞑り自分はまだ寝ぼけているのだと思い込もうとしたが、それを覗き込む彼に控えめだが面白がるような笑い声を上げられて、恐る恐る瞼を開いた。
「なんでコナーがここに……?」
「昨晩あなたが連れ込んだから、ですかね」
 ナマエは絶句して、途切れ途切れの記憶を辿った。帰りのタクシーにコナーが一緒に乗り込んできたのは覚えている。ドアを開けた時……も、いた気がする。キッチンで水を受け取って……それを差し出してきたのはコナーだったか。待て、毛布の下の私はどうやら下着姿のようだぞ、とナマエは思った。同じ毛布の中で向かい合うコナーはシャツを身には纏っているものの、雰囲気やこちらへ向けてくる視線は、一晩共に過ごした男特有のそれのように感じられる。
「嘘でしょ……」
「本当です」
 間髪入れずにそんな言葉を返す彼を恨めしげにチラと見やって、ナマエは枕に顔を埋めようとし、しかしそれが枕ではなくコナーの腕であることに気が付いてベッドの方へ顔を押し付けた。
 確かにまあ酔いつぶれたら、この友人以上恋人未満のコナーが家まで送ってくれないかな、そしてあわよくば関係が進展しないかな、という健全な下心という矛盾する思惑を抱えていたことは否定しない。だが、彼と一緒にベッドで寝ているというこの状況はよろしくない。あまりにも急過ぎるし、何より、健全じゃない。
 そう思いながらナマエはベッドから起き上がろうとし、今度は二日酔い由来の頭痛に負けてそれを諦めた。コナーがさっと腕を動かし、再びナマエに腕枕をする。ナマエはそれにどうこう言う気力もなかった。

 うつ伏せになってしまったナマエがモゴモゴと何かを言って、コナーは発言を推測で補完することもできたが、聞き返す方を選んだ。
「どうしました?」
 ナマエはコナーの腕に額をつけていたが、少し首を捻って顔をコナーの方へ向けた。その頬は赤かった。
「私たち……そういうことしてないよね?」
 コナーはこの質問に曖昧な笑みを送り、狼狽えるであろうナマエを眺めて楽しむこともできた。だが、もしもネガティブな反応を返されたらという懸念がそれを止めさせる。
「してませんよ……残念ながら」
 ナマエは複雑な表情を見せた。まずは安堵、何もなかったことへの表情だ。だが次に現れたのはコナーのその“残念”という単語の意味を推し量ろうとするような表情だった。そして最後にはどういう顔をするのかコナーは大いに興味を引かれたが、ナマエは再びうつ伏せになってその顔を隠してしまった。
 しばらく沈黙が続き、コナーはナマエの早い心拍音を聞きながら、その身体に空いている方の腕を回した。ナマエがまた不明瞭な言葉を紡ぐが、何を言っているのかコナーには簡単に解読できた。
「……もしも、その……それができる状態だったら、した?」
 コナーはナマエへ微笑みを向ける。
「僕はしたかったですよ。できない状態でもしたかったです。あなたは許可をくれる前に寝てしまいましたが」
 わざと少しばかり拗ねるような調子でそう言えば、髪の隙間から覗くナマエの耳が見る間に朱に染まっていく。既に高まっていた心拍数もさらに早さを増し、それに気を良くしたコナーはナマエをそっと抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。
「許可をくれますか?」




 金曜の夜。つまり前日の夜、実際に何があったのかと言うと。
 キッチンに立った時点では、ナマエは割としっかり立っていた。下心を存分に抱えてここまで付いて来たコナーは、どうすればそういう行為にもつれ込むことができるのだろうと考えを巡らせながら彼女のために水を入れる。
 ぱたん、と冷蔵庫のドアが閉まる音がした。プシュ、と炭酸の抜ける音も。コナーがそちらへ視線を向ければ、ナマエが立ったまま缶ビールを流し込んでいる。
「ナマエ!もう飲んでは駄目ですってば」
 コナーが慌てながらそう叱責するが、ナマエはへらへらと笑って残りを一気に煽り、コナーがその缶を手からむしり取った時には既に中は空だった。
「きっと明日後悔しますよ」
「しないしない」
 軽い調子でナマエはそう言い、コナーはむ、と眉を寄せる。正常な判断を下せないような今の状態の彼女に行為を迫ることはできない。コナーが酔い覚ましのために水の入ったグラスを渡すと、何が楽しいのかナマエは笑いながらそれを受け取った。彼女は左右に揺れている。コナーがあ、と思った時にはナマエはバランスを大きく崩していた。もちろんコナーは彼女を抱きとめたが、その手の中にあったグラスの中身は全てナマエにかかってしまった後だった。
 胸元を水で濡らしたナマエがコナーの腕から滑り落ち、ぐしゃ、と膝を付く。
「ナマエ?大丈夫ですか?」
 ふにゃふにゃとした返事があり、その言葉と同じぐらいナマエの身体もふにゃふにゃだった。コナーはナマエの腕を自分の首に回し、その身体を抱きかかえながら、立たせようと試みる。しかしナマエがなぜかそれに全力で逆らおうとするので、コナーはやむなく彼女をキッチンの床へ横たわらせた。
「ここで寝るのだけは止めて下さいね」
 ナマエは未だコナーの首に腕を回したまま、それを解こうとしない。それどころかその腕に力を込めて、コナーをぐいと引き寄せ、耳元で囁く。
「脱がせて」
 コナーは硬直した。一見フリーズでも起こしたかのように見える彼の内部では様々な回路がこの言葉を反芻し、選択肢を挙げ、その全てを却下し、再び検討し、選択肢を作り上げるという作業を繰り返していた。その間にナマエは柔らかな眠りの中に落ちていき、回されていた腕は自然と解けていった。
 そしてコナーの中で、選択肢は最終的にシンプルな二択までに絞られた。つまり、するかしないかだ。
 コナーはもちろん“する”を選びたかった。彼女はコナーに許可をくれた。脱がせる許可を。それならばその先の行為を行う許可だってくれるのではないか?と彼は思う。しかし“しない”という選択肢が、彼女はアルコールのせいで正常な判断を下せなくなっている、そこに付け込むのは背徳行為だぞと横槍を入れる。コナーはしばらく考えた後、ナマエのその白いシャツの二番目のボタンに手をかけた。彼女は一番上のボタンをとめておくタイプではなかった。
 小さく平べったいボタンを指先で摘み、同じく小さな穴にくぐらせる。一つ目は、すんなり外れた。だが二つ目に触れる自分の指先が細かく震えていることに気が付いて、コナーは戸惑った。動きを制御するマニュピレーションシステムは『重複するコマンドを検知』としか返さない。コナーはボタンを摘み、しかし震えでそれを千切りそうになって慌てて手を離した。
 原因を探れば、既に精密な動きを強いている指先へ更に精密さを求めたことによる過度な負担のせいで震えが生じていることが分かった。コナーは人間のように手を二、三度振って気を紛らわし、再びボタンに取り掛かる。外しかけていた三番目のボタンを完全に外せば、シャツの間から深い谷間とブラジャーのレース部分が覗いた。柔らかそうな双球とそれを飾る花を模したレースへ、視覚センサーが過剰にピントを合わせようとするのをコナーは止めなかった。むしろ食い入るようにそれを見つめ、耐えきれなくなって残りのボタンを全て外した。
 シャツがナマエの白い肌の上を滑るように落ちていって、その胸から腹にかけてがコナーの目前に晒された。寝入ってしまったナマエのゆっくりとした呼吸にあわせて胸部が上下するのと、心臓の鼓動とが振動になって、胸をふるふると揺らしている。コナーは自分の全ての機能が今の状況を記録しようと躍起になっているのを感じた。シリウムポンプがそれに対応しようと、律動の間隔を狭め、早鐘のように打ち始める。つまりコナーはナマエの姿に興奮していた。触りたい、とコナーは思った。レースと肌のその隙間に指を走らせたい。指先を柔らかな胸に沈ませれば、それがどんな風に形を変えるのかを知りたい。唇を彼女の白い肌に押し付け、赤い痕を残していきたい。サインのように。
 しかしそれをナマエが許すだろうかという懸念が彼の手を制する。コナーは安らかな寝息を立てているナマエの様子を伺い、そのあまりにも無防備な姿に、どうしてこうも安心できるのだろうと若干の呆れを覚えた。そして、彼女は僕のことを男として認識してくれていないのではないかという不満にも似た思いがふと顔を覗かせる。コナーはナマエのジーンズの硬いボタンを人差し指でくるりと撫でた。
 ……分からせることもできる。
 それはひどく魅力的な考えだった。今のコナーにはそういった行為のための器官が付いていて、このコナーの思考に同調するかのようにそれは疼き、その存在をアピールし始めた。
 コナーはその硬く、まるでそこから下を守護しているかのような存在のジーンズのボタンを外した。もう手が震えるようなことはない。ジッパーを下ろす音が静かな室内に響く。ゆっくりとジーンズをずり下げれば、ブラジャーとお揃いのショーツが姿を表して、コナーは自身の器官が反応するのを感じた。そのままジーンズを脱がせていくと、白い太腿が顕になる。思わず手で撫で回したくなるような滑らかな肌が、コナーを誘うかのように蛍光灯の光を反射している。その誘惑に負けたコナーがそれに手を這わせると、ナマエが微かに身じろぎをした。コナーは思わず手を引っ込め、再びナマエの呼吸がなだらかなものになるまで待つ。その間にもコナーの視線はナマエの身体のラインを舐めるかのように辿り、ある一点で止まった。脚の間、艷やかなショーツ。その下が知りたい、とコナーは餓えのような欲望を感じた。人間の恋愛が行き着く先、彼女の気持ちを無視してでも彼女を手に入れる唯一の方法……。今そうしようと思えば、そこに触れることだってできるのだ。
 その幻惑的な光景を眺めながら、コナーはもしそうした場合の、翌朝のナマエの反応を想像した。彼女は多分、自分の身体に何があったのか察するだろう。いや、もしも思いのままにしたのなら、行為の痕をそこかしこに残さずにはいられないだろう。だから、彼女は寝ている間に自分が犯されたことを知る。目前のアンドロイドによって。そこまで思い浮かべ、コナーは顔をしかめた。きっとナマエは傷付き、裏切られたと思うだろう。
 ……裏切られた、と。コナーはその言葉を心の中で繰り返し、自分が彼女に信頼されていると確信していることを知った。そうだ、とコナーは思う。ナマエがこうしてキッチンの床で寝ていられるのは、僕を信頼しているからこそだ。無防備な姿を晒しても、僕が何もしないと信じているからだ。異性として認識していないからなどではなく、全く異なる存在であるはずの僕を心から信頼してくれているからだ。
 それを僕は自分の手で台無しにしようとしていた。

 コナーはどこか目覚めたような気持ちでナマエを優しく抱き上げると、そのまま寝室へ向かった。脱げかけていた洋服たちは重力に従って落ちていき、キッチンの床に置き去りにされた。そしてコナーは彼女のそのあられもない姿がそれ以上自分を誘惑するのを防ぐかのように、ベッドへ横たわらせた彼女を毛布で包み込むと、寝室から離れようとした。
 が、はっきりとした呼び声が、彼に足を止めさせる。
「コナー、腕枕してよ」
 そんな甘えた声の後には、ふわ、とあくびをする声が続く。コナーが振り返ると、ナマエは目を開けていた。だがコナーが黙っていると、とろんとしたその瞳は徐々に閉じていき、再び彼女は寝入っていまった。それを確認したコナーはジャケットと脱ぐと言われたとおりにその傍らへ横になり、ナマエの頭の下に腕を差し入れて毛布の中へ潜り込んで、その身体を抱き締めた。
 これぐらいは、試練を乗り越えたご褒美として許してほしいと思いながら。


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