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短編|雪と銃 ※悲恋系
雪が降っている。窓の外、積もった雪へ街灯が静かな光を注いでいる。
暗い車の中、私はシートに深く腰掛けて数時間前に届いたショートメールを見返した。「会いたいです」という短い言葉が、ひどく重たく感じられる。彼は敵になってしまった。
別に、彼に機械のままでいて欲しかったわけじゃない。このことについて彼を咎めたいわけでもない。ただ、彼と私を取り巻く環境が、時期が、悪かった。それだけだ。
権利を暴力で勝ち取った変異体たちと軍隊の睨み合いは依然として続いていて、警察機関も軍に協力している。そんな中を、一人の警察官であるはずの私は、ひっそりと抜け出てきた。彼に会うために。
彼が私の携帯端末のGPSを追跡しているのは知っている。だから、もう少しここで待っていれば、彼は来るだろう。
……なんのために?
確かに、最後に別れる前の私たちの間には愛に似たものが生じつつあったようにも思う。だが、彼は仲間の元へ下ったのちも、その感情を育て続けていたとでもいうのだろうか。
そして私は?
私は車のグローブボックスを開け、拳銃を取り出す。そしてそれをコートの内ポケットにしまう。それは重たくて冷たい。私の気分も重くて冷たい。彼が来なければいいのにと思う。
だが彼は来る。
街灯の下に、見慣れたシルエットが浮かび上がる。暗闇の中に、青いリングが見える。私は車を降りた。
「ナマエ」
と、彼が言う。
「コナー」
と、私が言う。私の息は白い。
彼が足を踏み出す。さく、と雪が音を立てる。私も踏み出す。同じ音を立て、同じ歩調で同じ距離を歩き、真ん中で立ち止まる。
「なにもお変わりないですか」
彼がここへ世間話をしに来たわけではないことを私は知っている。だが私は頷きを返す。
「あなたはどう」
「たいして、なにも」
私たちはお互いに変化の渦のなかに囚われていることを知っているのに、そんな言葉を交わす。彼が私に近付く。私は動かない。コートの中の塊にも、手を伸ばさない。私は動かずに、彼が私にすることを眺める。彼は冷たい手で私の頬に触れ、肩に触れ、そしてそっと抱きしめる。
私が拳銃を忍ばせていることを、彼は知っていたように思う。二人の間のそれが、私たちが一つになることを阻むのを感じながら、私は彼の抱擁を受け取る。彼の背に腕を回す。彼を愛していることを、私は認めなければならない。
彼が私を愛していることも。
一瞬だけ、彼の腕に力がこもる。ずっとこのままでいたいと私は思う。だが、彼は腕を放す。そして私の肩越しに暗闇を見つめる。
突然の光に目がくらむ。
彼も眩しそうに目を細め、私と視線を合わせて悲しげに微笑む。背後から、雪を踏みつけて近付く多数の足音が聞こえる。彼が離れていく。
「……コナー」
私が名を呼んでも、彼は私を見つめたまま、何も返さなかった。別れの言葉を告げないのは、彼なりの優しさだったのだろうか。彼は静かに暗闇の中へ消えていった。最後まで見えたのは、冷たい青色の光だけ。
重装備に身を包んだ男たちの重たい足音が、私の背後に並ぶ。私はどちらを向いて弁解すべきなのだろう。共犯じゃない!と。
暗闇の中で、車のドアが閉まる音がした。その後にエンジン音が響く。彼は行ってしまった。
後ろからやってきた一人の男が、私の隣に並んで言う。
「アンドロイドは金にも女にも無縁だと思っていたが……」
そのFBIの男が私に意味ありげな視線を送り、後ろに控える部下へ、車を追うよう指示を下す。
私は男の顔を見ず、返事もせず、ただ、自分の車へ戻る。
そして、コナーが触れていった名残を頬に、肩に探す。だが、それはもう見つからない。
私の心はますます重たくなり、身体を抜け出て、地面へ染み込んでいってしまうのではないかと思うほどだ。彼らに踏み荒らされて茶色い泥と混ざってしまった雪のなかに。
私は疲れている。私はグローブボックスを開けて拳銃をもとのようにしまう。それは私の体温を奪って、ぬるくなっている。その分、私は冷たくなってしまった。
雪が降っている。暗い車の中で、私は泣いている。
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