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 ナマエの尾が純正品ではなく、費用を抑えるために安価な材料と製法で作られたものだということを、今のコナーは知っている。少々の破損ならば有機素材ゆえに自力で治すこともできるようだったが、彼女の傷はその範囲を優に超えていた。
 病気から完全に回復したコナーが一番始めにやったのは、ナマエにサイバーライフのカタログを見せることだった。
 様々なパーツの並ぶその紙面を一瞥し、ナマエは不思議そうにコナーを見上げた。コナーはページをめくり、下半身パーツのところで手を止める。
「君はどんなのがいい?」
 その問いかけに、ナマエは改めてその脚たちを眺めた。サイズ、長さ、色など多種多様なものが並んでいる。彼女は尾をゆらしながら暫く悩み、ある一つを選び出した。コナーはそのパーツの説明を二度読み直し、ナマエに確認を取った。
「これで……本当にいいのか?その、横の説明を読んだ?」
 ナマエはうんうんと頭を上下させる。説明には『成人用オプションパーツ装備品』と記してあった。つまりそういうことのできるパーツであり、ナマエがそれを選んだことはコナーにとって予想外だった。彼女は確かにコナーにそういった行為で愛されることを受け入れていたようではあったが、それを選ばない方法があるのなら、そちらを選ぶだろうとコナーは思っていたのだった。
 だが、どちらにせよコナーはナマエの選択を尊重するつもりだった。彼女が選ぶ物が、彼女に必要なものだった。彼はすぐにそれをサイバーライフに注文した。
 その後二人は額を寄せ合ってカタログを眺めたが、そのラインナップ上に音声モジュールの掲載はなかったのだった。


 それを取り付けることは、コナーにとって少し恐ろしいことでもあった。
 それは彼女に自由を与えるということだった。
 コナーはナマエの自由を願っていた。だが同時に、ナマエがいなくなることを恐れていた。彼女が自分の元からいなくなると考えるだけで、動悸が激しくなった。やっと掴んだ愛と幸福を失いたくなかった。
 だが彼は彼女に自由を与えた。

 コナーは一時サイバーライフに身を寄せていたのもあり、アンドロイドの仕組みについては詳しかった。その“知識がある”ということが、一時期、彼のアンドロイド、特に変異体への態度を険しいものにさせていたが、今の彼は既にそんな考えを手放していた。
 今のコナーには、ナマエに関わる全てのものが尊く見えた。取り外した尾びれでさえも、コナーには愛おしく思われた。その横でナマエはそれを早く捨てろと、ゴミ箱を指さしていたが。
 下半身パーツの交換は思ったよりも簡単に終わった。ナマエはコナーが赤面しながら渡してきた可愛らしい下着を身につけ、その上にニットで作られた長袖のワンピースを纏った。それは女性の服装に疎いコナーが頭を悩ませながら購入したものだったが、ナマエにはよく似合っていた。
 新しい脚を得たナマエはコナーの腕に捕まってよろよろと立ち上がり、恐る恐る一歩踏み出した。そして彼女は初めて、自分の意思でもって、自分の脚で立ったのだった。そのことにぱあと顔を輝かせたナマエは、喜びを露わにしながらコナーにぎゅっと抱きつき、二人は抱き合ったままくるくると踊るように室内を歩き回った。
「今日は休みをとったんだ。だからよかったら……今から外にでも行かないか」
 だいぶん自分の脚と、それを使って歩くことに馴れたらしいナマエへコナーはそうお誘いをかけた。ナマエはもちろん頷きを返し、そのまま裸足で出て行こうとしたので、コナーは慌てて彼女を引き留めた。
 椅子にナマエを座らせ、コナーはその前に跪いた。何をするんだろうとわくわくとした表情で見下ろしてくるナマエへ微笑みを返したコナーは、その華奢な足に靴下を履かせ、どこからか取り出したブーツへ、丁寧に片足ずつ差し込んだ。それはコナーがワンピースと揃いで買ったもので、歩くのが不慣れな彼女のために踵は低くなっており、見た目よりも機能性の重視されたものだった。
 彼女の足はブーツにすんなりと納まった。その靴が彼女を家へと連れ帰ってくれるドロシーの赤い靴になるかどうかは今の時点では分からなかったが、コナーはそれを願っていた。


 外へ出た二人は、当然のように手を繋いで歩いた。二人で歩くのに、そうしないことなど、思いつきもしなかった。ナマエの髪がそのこめかみのLEDを隠していて、傍から見た二人はよくいる恋人同士のようだった。誰も二人に注意を払わず、誰も二人の行く道を阻まなかった。
 クリスマスの近い街中は、おなじみの緑と赤の二色に彩られていて、木々たちは自身に飾り付けられたイルミネーションを重たそうにぶら下げていた。街の中心にある広場には巨大なクリスマスツリーが設置され、その頂点に同じく巨大な星を掲げている。ぐるぐると何重にも巻き付けられた電飾は、中に光を灯さずとも、ある種の芸術性を有していた。
 それを見たナマエが、「あれはなに?」と首の動きと瞳で問いかける。コナーは微笑んだ。
「クリスマスツリーだよ。夜になると光るんだ」
 ナマエの瞳が好奇心できらりと輝く。その火花のような輝きを、コナーは愛していた。
「見たいかい?今度は夜に来ようか」
 そんな約束への返事は、握る手に力を込めるという仕草でなされた。コナーの腕へ甘えるように寄り添うナマエと共に歩く街中が、彼にはとても新鮮に感じられた。まるで全てを覆っていた灰色のベールが取り払われたかのようだった。
 ナマエが指差して初めて、そこにあることに気が付いたものばかりで、コナーはこの街がこんなにも色鮮やかで活気に満ちているのだということをこの時初めて知った。
 時々、雪の残る道にナマエは足をとられてふらついたが、コナーはそれを支えられることにすら喜びを覚えた。自分が彼女の傍らに、あるいは彼女が自分の側にいることを実感できる全てのことがコナーには素晴らしく思われた。
 街を二人でゆっくりと歩いて分かったことは、ナマエが好奇心の塊だということだった。彼女は何にでも興味を示した。コナーはそんな彼女をずっと浴室に閉じ込めていたことを悔やみ、改めて、その分までもこの世界を楽しんでもらいたいと思った。


 接続部分の確認をしなければならなかったので、二人は名残惜しく思いつつも、散歩を切り上げて帰宅した。
「大丈夫そうだな。よく馴染んでる」
 まるで医者からの検診を受けるかのように、ワンピースをたくし上げてちょこんと椅子へ腰掛けたナマエの腹部を眺めてコナーはそう言い、目前の光景になぜか強い羞恥心を覚えて顔を逸らした。今まではいつも眺めていた肌のはずなのに、一度隠されてから再び見ると、それはたちまちコナーを魅了し始めるのだった。コナーは首を振って邪念を振り払った。
「浴室を片付けようか。これからはこの家すべてが君のものなんだから」
 コナーの提案にナマエは相槌を打って楽しげに立ち上がった。彼女には、立ち上がるということすら楽しいようだった。

 たちまち、リビングのテーブルの上は浴室から運ばれてきた花瓶でいっぱいになった。様々な色合いの様々な花弁を持つ花たちがリビングを賑わせる。黄色のアヒルはイミテーションの植物と共に窓際へ引っ越した。二人は笑い合いながら、あれはどこへ置こう、これはどうしようと目配せと身振り手振りをまじえた声のない会話を交わし、浴室を飾っていた様々なものたちを、各々の落ち着くべきところへ運んでいった。
 コナーは持ち上げた観葉植物の、葉の細い方の真ん中に、蕾のような膨らみを見つけた。日光に乏しく水分過多のここで、この植物は花を咲かせることに決めたようだ。それがどこか神聖で神々しいもののように思われて、コナーはその観葉植物を浴室に残しておくことに決めた。
 音楽プレイヤーも共に浴室へ残された。吸盤で取り付けるタイプのそれは、タイル張りの壁にしか張り付こうとしなかったからだ。二人はプレイヤーから流れるコナーの好きな歌手の歌声に耳を澄ませながら、浴槽に溜まっていた水が流れていくのを並んで眺めた。

 その後コナーは久々に、一人でシャワーを浴びた。視界にナマエが居ない状態で水を肌に感じるのは、どこか不思議な感覚だった。ドアの向こうに彼女がいることを知っているのにも関わらず、コナーは少しだけ寂しさを覚え、壁面のプレイヤーを操作して音楽を流し始めた。


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