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短編|Look at me!

*コナー×夢主←RK900のような描写があります。




 コナーはわがままを言いたいのを必死に我慢していた。彼は抑えの効かない三歳児のように喚きたい気分だった。「彼よりも、僕を見て!」と。だがコナーは三歳児ではなく一歳と数カ月児であり、外見と体格は成人男性のものであって、泣き喚くには少しばかりギャップがあり過ぎた。それにここデトロイト市警のオフィスフロアには、彼が床に寝転がって足をジタバタさせるための十分なスペースがなかった。
 だから、コナーは我慢した。
 なのに、そんなことを知らないナマエはコナーのところから離れたデスクで、あの最近配備されたRK900と仲睦まじく、ひとつの端末を覗き込んでいる。コナーは自分に言い聞かせる。ナマエは一日限りの教育係を任されたから仕方なくそうしているだけさ、すぐに僕のところに来てくれる、と。しかしコナーの定義した“すぐに”を超えてもナマエは戻ってこなかった。RK900の隣にいる。
 コナーはぎりぎりと奥歯を噛みしめながら、RK900の背中に、ナマエは僕の相棒でしかも恋人なんだからなと牽制のひと睨みを送り、次いでナマエには「Look at me」のコマンドを送った。
 だが、ナマエはアンドロイドではなく、人間である。その機械語で送られたメッセージは種族の壁に阻まれ、0と1になってバラバラに砕け散った。


 先行機であるRK800、コナーが、また無意味なコマンドを目前のミョウジ刑事に送りつけるのを、RK900は不可解な気持ちで眺めていた。もうこれで数十回目になる。
 コナーはミョウジ刑事が人間であることを理解している筈なのに、なぜこんな無意味なことを繰り返しているのだろうか、と疑問を覚えたRK900は合理的な答えを求めてコナーを見やったが、彼からの視線に、コナーはふいと顔を背けてしまっただけだった。それにRK900はますます疑問を深め、一番簡単な答えを得る方法を試してみることにした。

 記念すべき百回目のLook at meコマンドをその背に浴びせかけられているナマエの肩を叩き、RK900は言う。
「ミョウジ刑事、コナーが何かあなたに言いたいことがあるようです」
「え、コナーが?」
 紙媒体でのややこしい手続きについての愚痴混じりの説明をRK900へ並べていたナマエは、その言葉に顔を上げ、コナーを見やる。ぱちり、と二人の視線がかちあった。コナーは念願のlook at me、つまり、僕を見て、を成功させたのだ。なのに、コナーはぱっと視線を下へ落としてしまった。
 なぜ?と思うRK900の横で、ナマエは唇に柔らかな笑みを浮かべる。
「ごめん、RK900。少し待っていてもらえる?」
「分かりました」
 RK900は即答し、コナーの元へ向かうナマエの背を見送った。

「どうしたの?」
 と歩み寄ったナマエがコナーへ声をかけるのを、RK900は聞いていた。その声は今日一日で聞いた彼女のどの声色とも異なっていて、柔らかく、優しげで、しかしどこか面白がるような調子も含まれている。それはRK900のソーシャルモジュールの指し示すところによれば、いわゆる、親愛の情の込められた声だった。
「……別に、なにも」
 コナーは椅子に腰掛けたまま、そっぽを向く。これは、拗ねているのだろうか、とRK900は独り首を傾げる。変異体であるコナーが拗ねる、という行動を取れるのは理解できるが、その理由が依然として分からない。
 RK900は二人を眺め続けた。
 ナマエがコナーへ微笑んだ。これもまた、RK900の見たことのない愛に満ちた微笑みだった。
「コナー、ネクタイが曲がってる」
 彼女はそう言いながら、コナーのネクタイを優しい手付きでゆっくりと正してやる。
「あ、ありがとうございます。自分では気が付かなくて……」
 RK900は知っている。ネクタイが最初から曲がってなどいなかったことを。そしてそれをコナーも知っているであろうことを。
 理解できない、とRK900は思った。
「もうちょっとだけ、我慢してね」
 子どもを嗜めるような言葉を、しかし恋人へ向けるような口調でナマエは言った。コナーは少し目を丸くし、次いでバツが悪そうに口元を和らげて見せた。
「バレてましたか」
「見つめ過ぎ。まだ一時間も経ってないのに」
 機械語が受け取れなくても、熱量を持った視線なら分かると、ナマエは言っているのだった。そして彼女は屈み込んでコナーの額に素早く口付けを落とした。
 唇を離したナマエは、あ、と声を上げ、微かに笑う。
「口紅ついちゃった」
 ポケットからハンカチを取り出して目前の額に残された紅い痕を消そうとするナマエをコナーは拒み、その腕を掴む。
「このままじゃだめですか」
「だめです」
「午前中だけ……」
「だめ」
 渋々、コナーは彼女の腕を離した。ごしごしと額を拭かれながら、コナーは小声で言う。
「後で、僕のわがままを聞いてくれませんか」
 ナマエはコナーの為の特別な笑みを浮かべると、頷きを返した。


 それらを、RK900を見ていた。
 完全に二人だけの世界に入ってしまっているナマエとコナーは、お互いの為の、お互いしか知らない表情を見せ合い、言葉を交わしている。
 その様子を見てRK900はなぜか、羨ましい、と思った。そしてそんなことを思っている自分に驚き、自己診断プログラムを走らせる。結果は正常。なのにその気持ちは消えず、彼はつい、受け取られないと分かっているはずのLook at meコマンドをナマエへ投げかけてしまうのだった。


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