Main|DBH | ナノ

MAIN


短編|コナーとSNSの話

 ぽん、とナマエのSNSが更新され、その内容がコナーの視界の端にポップアップする。彼は複数のタスクを同時にこなせるので、現場検証に当たりながらも、その更新された画像に目を通すことができた。
 写真の中のナマエはどうやら大学の友人たちと遊んでいるようだった。街のランドマークであるオブジェの前で笑顔を浮かべる彼女の周りには、複数の男女が同じような顔で思い思いのポーズを取っている。そのうちの一人の男とナマエの距離の近さが、コナーはどうにも気にかかった。彼女がコナーという恋人の存在を大学で話しているのかは彼の知るところではなかったが、その男は彼女を狙っていることを周囲に隠そうともしていないように見えた。
 コナーは不快感を覚え、写真の上で笑顔のまま静止し続けるナマエの表情を眺めた。彼女はこの男をうまくあしらえているのだろうか。それとも恋人の監視の届かぬところで他人からの好意を受け取ることを楽しんでいるのだろうか。その切り取られた一瞬からは何も推測のしようがなく、コナーは今すぐ写真のこの場所へ駆けて行けない自分を恨んだ。
 しかし彼は時々諦めにも似た気持ちが心へ影を落とすのを感じずにはいられない。彼女は自由な学生で、一方、恋人に会う時間すら工面できない自分には、それを嫉妬によって制限する権利などないのだと、コナーはつい思ってしまうのだった。


 ナマエが写真を撮ってSNSにアップする時、期待していないと言えばそれは嘘になるだろう。
 今いる場所が分かり易くなるよう、何か目印になりそうなものを中心に据えて、インカメラの画面をタップする。男友達に腕を掴まれて手が振れたが、優秀な画面補正機能がそのブレを修整してくれた。ナマエはその写真に当たり障りのないコメントを添えて、SNSへアップする。最近会えていない恋人の目に留まりますようにと願いながら。そして心の隅で、彼が来てくれればいいのにと淡い期待を抱きながら。
 だが彼は当然来ないし、彼女もいつまでも待ってはいられない。ナマエは騒々しい友人たちに連れられて、目的地へと歩を進めた。


 そうして二人は全く異なるところで異なる時間を過ごした。
 ナマエは友人たちと夕食を済ませて解散した後、どこかで二人きりでお酒でも楽しまないかとしつこい男友達の誘いを、SNSのブロックをチラつかせることによって断ることに成功し、数時間前に写真を撮ったオブジェのところへ一人舞い戻っていた。
 何を期待しているのだろう、とナマエはオブジェの前に佇みながら思った。彼が来てくれること?写真を上げたのは、もう何時間も前のことなのに。オブジェの周りには、それを待ち合わせの目印として使う恋人たちがその片割れの到着を今か今かと待ち侘びている。
 ナマエはそんな光景をしばらく眺めた後、もう一枚だけ写真を撮った。今度は自分の映らない、オブジェだけが街灯に照らされて立つ写真だ。それをコメントも付けずにSNSへ上げたナマエは、こんなことはもう止めないと、と思った。しかし彼女は携帯端末を握り締めたまま、しばらく待った。

 数十分後、リプライされたことを示す通知を受け取って、ナマエはSNSの画面を開いた。
 まず彼女の目に留まったのはそのアイコンだった。卵のイラストのそれは、リプライの主が何も画像を設定していないことを表している。いったい誰だろう、とナマエは思い、その脇に表示されるユーザー名を見て目を丸くした。慌ててリプライの内容を確認してみれば、画像だけがアップされている。ナマエがオブジェの下にぽつんと佇む写真が。
 ナマエは辺りを見渡して、その姿を探した。恋人の姿を。

 コナーは余裕たっぷりに立っていた。彼はナマエが独りでいるのを認めて、走るのを止め、ちょっとしたサプライズを仕掛けた。それは無事成功し、彼の愛しい恋人は喜びを身体いっぱいに表しながら手を振っている。コナーもそれに手を振り返し、その隣へ並んだ。
「待ちましたか」
「ううん、全然。……来てくれると、思わなかった。仕事は?」
「現場がここの近くだったんですよ」
 ことも無げにコナーはそう言ったが、ナマエには全力疾走してきたばかりの彼のボディが低い稼働音を上げているのが聞こえていた。だが、彼が努めてそれを隠そうとしているのも同時に分かって、ナマエは思わずコナーに抱き付いた。コナーはもちろん、彼女を抱き締め返した。

「あ、そうだ」
 ナマエは携帯端末を持ち直し、コナーの腕の中でそれを掲げて見せる。コナーが不思議に思いつつもそれへ視線を向ければ、カシャ、とシャッター音を模した電子音が響いた。そしてナマエがしばらく携帯端末を操作していたかと思うと、ぽん、と彼女のSNSが更新される。
「『彼氏とデート』ですか」
 そのアップされた写真に付けられたコメントを、コナーが声に出して読み上げると、ナマエは恥ずかしそうに「事実でしょ?」と返した。コナーはそんな愛らしいナマエの頬にキスしたが、済まなそうに口角を下げた。
「デートと言えるほど長居できそうには……」
「いいよ」
 と、ナマエはコナーの言葉を遮る。
「私たちがデートだと思えば、1分でも30秒でもデートだよ」
 コナーは微笑むと、返事の代わりにナマエの手を握った。


 そしてコナーはナマエを家まで送り届けると、署まで戻る道すがら、先程ナマエが投稿した写真をチェックした。
 二人が仲睦まじく狭い画面に収まっているその写真のリプライ欄には、ナマエの恋人の顔をようやく見られたとはしゃぐ彼女の女友達たちの呟きが並んでいる。それに混じって、件の男が失恋を匂わせるポエムじみた呟きをしているのを見つけて、コナーは密かな優越感を覚えずにはいられないのだった。


[ 56/123 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -