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02

 容疑者を確保した後、警察署へと戻ることとなり、コナーをどちらの車に乗せるかでひと悶着あったものの、ナマエの一貫した拒絶の態度に、最終的にはハンクの方が折れることとなった。

「それで、問題ってのは何なんだ」
 コナーにとっては二度目の車内、さすがにヘヴィメタルの音量に動じはしなかったが、それに負けぬよう声を張り上げて尋ねるハンクに対し、コナーはボリュームのつまみを回した。幾分か落ち着いたギターの音をバックに、コナーは話し始める。
「問題は、私の前任者が破壊されたことです。正確に言うと、ミョウジ刑事は私の前任者の教官をしていました。彼女は積極的に前任者の指導にあたり、前任者も彼女から多くのことを学びました。しかし前任者が事故によって破壊され、私が製造された。そして彼女は私を受け入れず……今に到ります」
「なんであいつはお前とうまくいかなかったんだよ?聞いた感じじゃその前任者とやらもアンドロイドなんだろ?でもあいつはうまくやった。あいつは……誰とでもうまくいくやつだ」
「それは分かりません。私は前任者のデータを引き継いでいますし、姿も前任者と変わりません。声や仕草だって同じです。私は前任者と同一の存在です」
 それが全く当たり前のことであるかのようにさらりと言ってのけるコナーに、ハンクは絶句した。どうりで言っていることがちぐはぐなわけだ。こいつはナマエが前任者にしたことを、まるで自分にしたことかのように話しているのだ。
「お前……前任者と同じってどういう意味だ」
「前任者は“コナーシリーズ”の1台目、私は2台目です」
 ハンクはナマエの心境を思い、涼しい顔をして隣に座っているアンドロイドに同情しかけていたことを後悔した。こいつのことは一生理解できそうにない。
「じゃあなんだ、ナマエは自分の教え子が死んだと思ったら、全く同じ顔、同じ記憶のやつがやってきて、そいつは前の教え子みたいに自分を扱えって言うってか」
「死んだというのは不適切な表現です。機械は生きていません。前任者とてそれは同じです」
「クソ!だからアンドロイドは嫌いなんだ」
「何かあなたの気に触ることを言いましたか?」
「……全部だよ」
 不機嫌そうにむっつりと黙り込んでしまったハンクに、コナーは少し首をかしげたが、目的地である警察署が近付いてきたのもあって、それ以上話しかけることは無かった。


「あいつから話を聞いた」
 マジックミラーの向こう、容疑者に尋問を試みているコナーを顎でしゃくって見せて、ハンクは言った。ナマエは机に頬杖を付いて、気だるげな様子でハンクの方を見やる。それは先程までギャビンにしつこく絡まれていたせいか、それともやはり再会したコナーに対して複雑な気持ちを抱えているのか。
「で?」
「お前の気持ちは分かる。俺はあいつを受け入れろなんてこた言わねえ」
「……私が前のコナーに捕われてるせいで、今の彼に辛く当たるのは申し訳無いと思ってる」
 遠い目をしたまま、ナマエは言う。彼女はミラーの向こうのコナーを見てはいるが、それを通して別の誰かに思いを馳せている様子だった。
「そんなに、その……前のコナーとやらとは仲が良かったのか」
「私はコナーを……いいパートナーだと思ってた」
 少し含みのある言い方だった。
「でも時々、同じ顔の彼と話してると……上書きされてる気分になる。コナーが言えなかったことを、彼が言ってるみたい。何が本当か分かんなくなる」
「だから辞めたのか」
「そう」
 ナマエにはあまり話す気がないようだった。ハンクの方も、どこか娘のようにも思っていたナマエが急に大人になってしまったように感じられて、深く追求する気にはなれなかった。

 ぽつぽつと、アンドロイドが自供を始めた。手柄を横取りされたと思ったのか、ギャビンが舌打ちをする。ナマエは未だ微妙な顔をしたままで、それが肯定的な表情に変わることはなさそうだった。それを見ながら、ハンクは少しの諦め混じりのため息をついた。俺はしばらくこんな役回りなのだろうかと。
「まあなんだ、お前とあいつのことに首を突っ込みたくはないがな、たまには褒めてやれ。あいつもよくやってる」
 その言葉に応えるかのように、コナーが尋問室から顔を出した。
「アンダーソン警部補、ミョウジ刑事、見ていていただけましたでしょうか」
「……ええ」
 ハンクの説得に少しは心が動いたのか、ナマエはコナーを無視するようなことはせず、短いながらも返事と頷きを返した。
「あなたから学んだ通りにやりました。あの頃はあなたと一緒にやりましたが……とにかく、これからは私独りで十分そうですね」
「そうみたいね」
 応じながら、それで何が言いたいのかとナマエが冷たい視線をコナーへ送ると、コナーは張り付いたような笑みをさらに深めて見せた。
「ですが、あなたさえその気になれば、前のような関係に戻ることも可能です。サイバーライフもそれを望んでいます」
「……私は戻りたくない」
 ふい、と顔を背けるナマエにコナーは近づき、声色を優しく諭すようなものへと変えて彼女の肩へ手を置く。
「ナマエ。意地を張るのはやめて、一緒にやりましょう。僕が破壊されたことで、君を傷付けてしまったのは申し訳なく思ってる、でも」
 コナーの言葉を遮って、パアンと乾いた音が響いた。ギャビンが楽しげに歓声を上げる。
 こめかみのリングは一瞬赤くなったものの、すぐ青く戻った。すぐに、平常に。
「彼の真似をしないで」
 頬を張られた衝撃で丸く覗いていた白い“素肌”が、周囲から徐々に肌色を取り戻していく。コナーは依然として唇に微笑をたたえたままで、しかしそれは血液の通っていない冷たさをあらわにしていた。
「暴力に訴えかけても無意味ですよ。僕はアンドロイドだ」
「こんなことをやっても、心が痛まないんだったら、せめて頬を打たれた衝撃ぐらい覚えておくべきだと思って」
 声を荒らげはしなかったが、確かな敵意を剥き出しにしてそう言い切り、ナマエは足早にその場を立ち去って行った。その後をギャビンがはやし立てながら付いて行く。しばらくして、先程よりも大きな炸裂音が響いた。

 コナーとハンクだけが二人、取り残された形になった。居心地の悪さを感じているのはどうやらハンクだけで、コナーの方はなぜナマエは怒ったのだろうと思っているらしく、彼女の去った方向を見つめ続けている。
「そういうの止めた方がいいんじゃないか」
 そう言いながら、アンドロイド嫌いで知られる俺が、どうしてこんな橋渡しめいたことをしているのだろうとハンクは顔をしかめた。
「前任者のこういった行為に彼女は親しみを覚えたようでしたので、私もそれに習いましたが、何が彼女の気に触ったのでしょう」
「お前……あいつはな、お前に前のコナーを重ねないように頑張ってんだ。それをお前がめちゃくちゃにしてんだぞ」
「何故ですか?先程もお伝えした通り、私は前任者と同一の存在です。同じコナーシリーズなのですから」
 頭の痛くなる返事に、ハンクは眉間にシワを寄せた。
「あのな、いくら上っ面を真似したところで、そいつそのものになれるわけじゃねえ。理由はただひとつ、お前がその前任者とやらとは違うからだ。分かるか?」
 コナーは、はいともいいえとも返さない。ハンクの言葉を聞いているのかすらも怪しいその態度に、ハンクは長々とため息を零して首を振り、コナーを置き去りにしたままその場を立ち去った。

 一方、独り残されたコナーは、自身の価値観が揺らぐのを感じていた。それが良いことか、悪いことなのか、今の彼には判別できなかった。
 彼は今まで二種類の人間にしか会ったことがなかった。サイバーライフの人間と、ナマエだ。サイバーライフの人間はコナーを、コナーシリーズを全て同一のものとして扱っていて、コナーもその価値観のもと、自分自身を認識していた。だから、ナマエと組み、彼女が自分を前任者と区別したことが理解できなかった。だが、彼女の意見はたった一人のもの、サイバーライフという企業の価値観と比べればそれは、小さなノイズでしかなかった。
 しかし今、新たな第三者として彼の世界に現れたハンクもナマエと同じことを言う。
 コナーは今まで一部の意見として処理してきた、彼女の様々な言葉が、突然意味を持って、自身の目前に迫って来るような感覚を覚えた。


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