Main|DBH | ナノ

MAIN


01

!attention!
*本編開始前から夢主が存在しているので、それに伴い、いくつかの改変があります。
 (ハンクがそんなに人嫌いじゃない、コナーが最初から割と感情豊か、など)
*他に注意書きに記載しておくべきことがあればCLAPかMAILでお伝え下さい。




『高貴な死と卑小な生の間で』




 うんざりとした気持ちで、集まりつつある記者と野次馬たちを眺めたハンクは、良く見知った車が道路脇へ滑り込んでくるのを見つけた。その車はハンクの車から何台か挟んだ所に止まり、中からハンクが思った通りの人間が姿を表した。
 彼女は絶え間なく降り注ぐ雨を一瞥し、寒そうにトレンチコートの前を合わせる。そして足早に記者をかき分け、雨にちらつく進入禁止ラインを突っ切ってハンクの元へ辿り着いた。そこでようやくハンクの存在に気が付いたらしく、顔を上げ、驚いたように目を瞬く。彼女の睫毛についた小さな水滴がパトカーの警告灯にきらめくのが見えた。
「……ハンク?」
「ナマエじゃねぇか、久しぶりだな」
 本心では数カ月ぶりの後輩との再会を喜んでいるものの、いつからか、それの伝え方を忘れてしまったハンクは、ぶっきらぼうにそう言った。だがナマエの方も長年の付き合いでハンクの扱いは心得ている。
「ハンク!本当に久しぶり!」
 そう言って無遠慮に、しかし親しみを込めて抱擁し、
「うわ、お酒臭い」
 と言って、離れていく。いつもの彼女のやり方に、ハンクもようやく僅かながら微笑むことができた。荒むことの多い現場で、彼女はいつも皆を和ませようと振る舞うのだった。
「急に酒場から連れて来られたんだ、臭うのは勘弁してくれ」
「ハンクも?私も……」
 彼女は言葉の間であくびを噛み殺す。
「……電話で叩き起こされて。こんな突然に呼び戻されるとはね」
「サイバーライフに派遣されて教官をしてたんじゃなかったのか?誰に何を教えるんだか知らねえが、辞めたのか?」
「あー、うん。そう色々あって……、まあいいや。もしかして今日から私、ハンクと組むの?それなら最高なんだけど」
「俺もそう言いたいとこだが、もう1人いてな……」
 あのアンドロイドの自称相棒をナマエにどう紹介したものかと言葉を詰まらせるハンクは、ナマエの背後に、その待っていろと命じた筈の人影が近付いて来るのを認めて、そちらへ声をかけた。
「おい、なんでついて来た!」
「私は任務を優先するようにプログラムされています。それに、ミョウジ教官に挨拶しておくべきかと思いまして」
 その意外な言葉に、ハンクはナマエとコナーを交互に見やった。ナマエはなぜか恐怖に強張ったような、それでいて今にも泣きそうな顔をしたまま、凍り付いてしまったかのように動かない。
「こいつと知り合いなのか、ナマエ?」
 ナマエは答えない。コナーがナマエの横を通り過ぎて、ハンクの隣へ並ぶ。ナマエの視線がゆっくりとハンクからコナーへ移る。
「お久しぶりです、ミョウジ教官。あなたとまた組むことができて光栄です」
 ナマエの視線は差し出されたコナーの手へ移る。しかし彼女がその手を握ることはなかった。彼女は全ての感情が抜け落ちたかのように空虚な無表情になり、コナーを無視してハンクの腕をとった。
「捜査を始めよう」
「おい、ナマエ」
「いいから」
 ナマエに引っ張られながら、ハンクはちらりとコナーの表情を盗み見る。どうやら知り合いらしいナマエに冷たく無視されたのにも関わらず、その顔は変わらず平然としたままで、ハンクは微かな失望を覚えた。

「お前、ナマエのこと知ってんのか」
 殺人現場をうろうろと歩き回るコナーにハンクはそう尋ねる。ナマエは外を見てくると言って、家の中へ一緒に付いて来ようとはしなかった。腐敗した血塗れの死体を前に、それで良かったのかもしれないとハンクは思う。こんなのは可愛い後輩に見せたいものではない。
「ミョウジ教官……いえ、こちらではミョウジ刑事でしたか。彼女は私の教官を担当していました。私は彼女から捜査の方法や、手掛かりとその関連性の見つけ方、人間とのコミニュケーションを学びました」
「その時から、こんな感じだったのか?」
 戸口の方へ視線をやって、少し首を傾けてみれば、コナーは合点がいったようだった。
「いえ、彼女との関係はとても良好でした。ですがとある問題が生じ、私は改善に務めましたが、彼女はそれを受け入れようとしなかった。そして辞任を」
「その問題ってのは何なんだ?」
「それは今、関係のないことです」
 きっぱりとそう言い切るコナーに、ハンクはそれ以上踏み込むことができなかった。コナーは被害者のそばにしゃがみ込んでその刺し傷を調べながら、振り返らずに言う。
「ミョウジ刑事から捜査方法は学びましたので、十分お役に立てますよ」
「“あなたに”教えたつもりはない」
 いつ入って来たのか、トレンチコートの裾から水滴を垂らしながら、ナマエが冷たくそう答えた。コナーはわざとらしく少し大げさに体を捻って彼女を振り返り、彼女と目を合わせる。
「データは引き継いでいますので、同じことかと」
 ハンクにとってはまったく不可解な会話だった。二人の視線が交差し、ナマエの無表情が一瞬崩れる。しかしすぐにそれは元へ戻り、視線も外れた。ナマエはハンクへ向き直って、外の様子を伝える。
「外には何も無かった。足跡も」
「消えたんじゃねえのか?もう何週間も経ってる上に、この雨だ」
「濡れてない軒下や壁面にも荒れた様子は無かった。まあここに……」
 ナマエは室内をぐるりと見渡す。
「……長居したい人はいないだろうけど」
 最終的にナマエの視線が、壁にもたれかかる凄惨な死体の上で止まったのを見て、ハンクは肩をすくめた。
「悪いな、こんなもん見せちまって」
「ハンクのせいじゃないし、大丈夫、見慣れてるよ」
「……そうだよな。お前ももう一人前の刑事ってやつだったか」
「ずいぶん前からね」
 いつの間にかコナーは部屋を移り、それに合わせて、ナマエの刺々しい口調も和らいでいった。
 ナマエはハンクと同じ警察学校の卒業生で、歳の離れた後輩だった。研修で面倒を見たというのもあり、就任して来たナマエにハンクは特別目をかけていて、ナマエもそれに答えようと努力していた。ハンクにあの痛ましい事故があった後、献身的に彼を支えたのもナマエであり、二人の間には強い絆があった。
 ナマエにとってのハンクは、頼れる上司から放っておけない同僚に変わっていったものの、ハンクにとって、ナマエはいつまでも嘴の黄色い雛鳥だという認識で、それはなかなか抜けないものだった。

「裏庭を確認して来ましたが、ミョウジ刑事のおっしゃる通り、ここ数日、この家には誰も出入りしていないようです」
 ハンクがコナーの報告を受け取る一方、ナマエはキッチンで倒れた椅子とテーブルの間を縫って歩き回っていた。そして何かを見つけた様子で、コナーを手招く。そのナマエの手のひと振りでコナーはまるで犬のように彼女の元へ駆け寄っていき、それはハンクに、二人の仲が良好だった頃の習慣の名残りを感じさせた。
「ここにバットが。被害者に打撲痕は?」
「ありませんでした。それにこの凹み具合から見て、人間の体のように柔らかな物を殴ったのではなさそうです。指紋も……被害者のものですね」
「……ブルーブラッドの検出と推測を」
「了解しました」
 張り切ってそう応じるコナーに、ナマエはなぜかはっとしたかのように目を見開き、唇を噛んだ。その姿からは後悔の念が滲んでいるようで、ハンクは何と言うべきか分からないながらも思わず声をかけた。
「おい、大丈夫かよ?どうかしたのか?」
「大丈夫。ただの……自己嫌悪みたいなやつ。“あの頃”みたいにやっちゃったから」
「あの頃?」
 ナマエは首を振って答えず、代わりに検証を終えたらしいコナーがどこかはしゃいだような声を上げた。
「分かりました、ミョウジ刑事。ここで、アンドロイドがバットによる暴行を受けた。被害者から。そして揉み合いになり……」
 コナーは倒れた家具を指さした後、二人をキッチンの外へ誘導する。
「……アンドロイドは手にしたナイフで被害者を追い詰め、刺し殺した。……以上です」
 手を後ろに組んで立つコナーは、ナマエからの評価を求めているように見えた。ボールを持って来た犬のように。だがナマエは腕を組み、地面へ視線を落としたまま、口を開こうとする気配すら見せない。いくらコナーが何も感じないらしいアンドロイドとはいえ、さすがに気の毒になったハンクは代わりに答えてやる。
「ま、悪くはねえな。だが問題はその犯人がどこに行っちまったかだよ」
「ブルーブラッドの痕跡を辿ります」
 ハンクが気に掛けるまでもなく、コナーは既に、先程までの様子とは一転して、アンドロイド然とした平常心を取り戻していた。人間には見えない痕跡を辿りながら浴室へと歩いていくコナーを尻目に、ハンクはナマエへ小声で尋ねる。
「あいつの何が問題なんだ?よく懐いてるじゃねぇか」
「違う。彼はただ……模倣してるだけ。彼はアンドロイドなのよ?ハンクはアンドロイド、嫌いなんじゃなかった?」
「まあそうだが、お前は……そうじゃなかっただろ」
「今は嫌いになった」
「……何があった?」
 可愛い雛鳥が、少し目を離した隙に翼を持ち、その上傷付いて帰って来たらしい。思えば、彼女の微笑みには以前よりもどこか疲れたような印象を覚える。
「後でね……ハンク、その椅子をどうするつもりか聞いてくれない」
「ブルーブラッドがここで途切れているんです。それとミョウジ刑事、浴室を確認してください。私には理解し難いものが」
 キッチンから椅子を抱えて戻ってきたコナーが屋根裏への入口を見上げて言う。そして椅子から屋根裏へよじ登ろうとするコナーをハンクが手伝ってやる脇で、ナマエはコナーに言われた通りに浴室を覗き込む。
「……私にも、理解し難いけど」
 彼女のその小さな呟きを聞き取りながら、コナーは屋根裏へ昇って行った。


[ 1/123 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -