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 その、アンドロイドの違法な改造を請け負っている企業の表の顔の情報は、ジェリコからもたらされた。コナーはノースを介してジェリコにも情報の提供を要請していたのだった。ナマエの忌まわしい記憶を見たノースは彼女にかなりの同情を寄せており、一番積極的に情報収集に勤しんでいたのだと、コナーは後にマーカスに聞かされた。
 生体部品の出所は、最近アンドロイドのパーツの製造と販売を始めた小さな工場だった。独自の原材料と製法で作られているが、サイバーライフのものと相互性のあるそれの販売を、その企業は恐らく変異体からの需要を見込んで始めたのだろう。だか変異体たちは自分の身体の一部分になるはずのそれらの品質があまりにも悪いことに早々に気が付き、その企業は思ったよりも利益を上げることができなかったようだ。
 ……そして、切羽詰まった彼らは“混ぜる”ことを思い付いたのだろうかとコナーは考える。表では無知な人間と変異体に粗悪なパーツを売り付けつつ、裏ではサイバーライフのアンドロイドを分解し、それぞれに自社のパーツをつけて送り出す。真正品と偽って。
 仕入れた一体のサイバーライフのアンドロイドを、例えば上下に分解したとする。そしてそれらに自社の安価な下半身あるいは上半身を付けて、サイバーライフのものと偽り、しかし真正品よりは少しばかり安く販売する。自社のパーツが低価であればあるほど、差額で儲けがでるのだろう。消費者は疑問に思いつつ、あるいはそれと知りながら、だが安いからという理由で購入する。恐らくあの店主の場合は後者で、且つそれを盾に値段交渉でもしたに違いない。サイバーライフ分が半分ならば元値の半額で売るべきだと主張する店主の様子が目に浮かぶようだった。


 コナーとハンクが向かったその工場には町工場の名残があったが、新しく増築されたらしい部分に飲み込まれつつあるようにも見えた。それは、元々は別のものを生産していた小さな工場だったところが、経営が傾いたことを切っ掛けに、新たな道を見つけたように感じられた。そして今は随分羽振りがいいらしいことも。広く、まだアスファルトが黒々しい荷受け場にはひっきりなしに大型トラックが出入りしている。アンドロイドを運んでくるサイバーライフ社のトラックに、自社の商品を運んでいく、あの悪趣味な文面の書かれたトラック。眺めるコナーとハンクの前で、そのトラックたちは街のどこかへと散らばっていった。
 工場内で働いているのは大半がアンドロイドのようだった。彼らからどこかちぐはぐな印象を受けるのは、そのボディを形作るパーツがそれぞれ異なっているためだろうか。それらを販売しない限りは、アンドロイドの改造は違法ではないものの、実際にこれらを目の当たりにすると、やはり嫌な気分に襲われるものだった。
 そんな気持ちを抱えつつ、二人は人間の作業員に道を尋ねて、工場内の事務所を目指した。アメリカではあまり令状というものは重視されない。その代わり逮捕後の捜査は手早く確実に行わなければならなくなるが、この工場を調べれば証拠物の押収もできるだろう。二人には確信があり、それは、その足取りをより確かなものにしていた。

 ハンクを見て刑事だと断言できる人は少ない。だがその隣にきっちりとした身なりでまだ若々しいコナーが並ぶと、不思議なことに、二人の姿はベテランと新人の刑事という風に見えてくる。
 というわけで、事務所のドアを叩いた二人を視界に入れたその経営者と思しき人間はしまったと言わんばかりに顔色を変えた。どうやら、自らの行いの違法性を自覚してはいるらしい。ハンクが無言でコナーの背を押し、コナーは交渉用の微笑を浮かべて一歩踏み出した。
「そのご様子ですと、なぜ私たちがここにきたのか、心当たりがあるようですね」
 男は否定も肯定もせず、ただ視線をうろうろと彷徨わせた。
「出荷前の商品の確認を行わせて頂きたいのですが」
 コナーは抵抗を受けると思っていた。口汚く罵られることも覚悟していた。だが男はあっさりと自分の罪を認めた。

「仕方なかったんだ……」
 パトカーへ連れられながら、男はぽつりとそう漏らした。彼は振り返り、自身の築き上げた城である工場を悲しげな眼差しで見つめる。そして彼はコナーへ顔を向けた。
「俺はただ、求められたものを作っていただけだ……」
 求められて、作った。声のない存在を、脚のない存在を、自由のない存在を。彼が悪事に手を染めた一端は、人間の欲のためであったのかもしれない。それを知ったところで彼の罪が軽くなるわけではないが。なによりも彼は自分の欲、金を手に入れたいという欲のままにそれらを作り続けたのだから。コナーは彼を軽蔑した。
「それがアンドロイドたちを苦しめ、その苦しみの声を上げる権利すらも奪う理由にはならない。彼らは物じゃない。時代は変わったんですよ、あなたも認識を改めるべきだ」
 そんなやり取りを少し離れた後ろで眺めていたハンクは、一人呟く。
「『鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず……声あるものは幸いなり』ってか」
 どこからか引用したらしいその一文にコナーは振り返って、言葉を返した。
「声を持たぬもの達の声を聞き取るのも、僕たちの仕事のひとつでしょう?」
 ハンクは頷いた。


 アンドロイドの商標権利者たるサイバーライフ社が、自身の商品の模造品とその製造元に対してかなり厳しい対応をすることはよく知られている。だから今回の場合も、相応の報いをあの企業は受けるのだろう。これはサイバーライフ社にとってはよくあることなのかもしれなかったが、コナーには大きな意味があった。不幸な状況へ追いやられるアンドロイドたちを自らの手で救ったのだという、意味が。
 そして、あの企業が販売したアンドロイドたちは、分かる範囲でではあるが、回収されつつあった。名目は証拠品の押収ということになっているが、その大半が署へ送られる途中で姿を消す。彼らはジェリコへ行き、自分の人生を得るのだ。その中にはもちろん、あの店の人魚たちも含まれていた。今では、あの店の水槽の中は空っぽなのだろうとコナーは思った。金にがめつい店主が、別の用途にも使えた人魚たちの代わりに、ただ場を彩るだけの魚などを新たに購入するとは考え難かった。
 それに、聞いたところによると、あの店も訴えられているらしい。店主はアンドロイドたちが改造されていることを把握していたと企業側が吐いたからだ。企業は、安値で人魚たちを卸す代わりに、店の売り上げの一部を受け取っていたのだった。
 それを知った、死んだ客とスタッフの遺族が訴えを起こした。アンドロイドがサイバーライフ社の真生品であったならあんな事故も起きなかったのだと言って。

 こうして、事件は解決した。



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