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13

 捜査への協力を求める二人の刑事を、店が拒む理由はなにもなかった。
 だが二人が探しているものが変わったことに、店主は目敏く気が付いた。
「それで、犯人の目星は付いたんですかね?」
 何か別の意図を持って店内を見渡す二人に、苛立ちを隠そうともせずそう尋ねてくる店主へ、コナーは爽やかな笑みを投げかけた。彼は倉庫にサイバーライフ社の梱包材が捨てられているのを密かに写真に納めた後だった。それらは、この店はどこから購入したのかも分からない安価なアンドロイドで客に性的なサービスを行っている、という噂がスタッフを介して広がるのを防ぐため、店主が彼らの目をも欺くために仕込んだ巧妙なカモフラージュなのだろうとコナーは推測した。
「ええ。それでお尋ねしたいのですが、ここの人魚というのはやはり高額で売買されるものなのですか?生体部品を使用していますし。もしそうでしたら裏マーケットの方を探さなくてはなりませんので」
「こいつらが?」
 ふん、と店主は見下すかのように鼻で笑った。コナーが思うに、この店主はアンドロイドを過度に見下すことで優位性を味わい、自身の加虐性を満足させているようだった。
「こいつらに価値はないですよ。水がないとすぐ駄目になる生体部品をくっつけたこいつらに……。まあその分安くで手には入りますがね」
「見たところサイバーライフの真生品のように思われますが、安いのですか?」
 コナーの問いかけに、自身の失言に気が付いたらしい店主はぎくりと身体を強ばらせ、顔を歪ませた。
「こ、こいつらはれっきとしたサイバーライフのアンドロイドで……」
「では、彼女たちの商品コードを確認しても?」
 一転して、店主は明らかな安堵の表情を浮かべた。コナーには彼が考えていることが手に取るように分かった。虹彩の縁に刻まれた商品コードは、人魚たちが正式なサイバーライフの商品であることを証明するだろう。それで店主に掛けられている嫌疑は晴れる。どこからか調達し、製造元を誤魔化したセクサロイドを客へ違法に提供しているのではないかという嫌疑は。
 だがその下半身とそれの製造元についての情報を掴んでいるコナーにとってみれば、それは店主の有罪を固めていくための情報でしかなかった。店主が人魚たちを真正品だと主張すればするほど、彼は墓穴を掘っていくことになるのだ。店主は頷いた。
「別に、それであんたらの気が済むのなら」
「ご協力感謝します」
 淡々とそう返し、コナーは水槽へ向かった。まだ変異していないらしい彼女らは、コナーがアクリル板に手を当てても何の興味も示さなかったが、持ち主である店主が手招くと、機械らしい従順な動きでその前へ集まった。コナーは微かな胸の痛みを感じながら、一人のアンドロイドの目を覗き込む。彼女の瞳はナマエと同じ色の瞳だったが、そこにはナマエのような好奇心に満ちた輝きはなかった。
 だが、サイバーライフの商品コードはしっかりと刻まれていた。
「サイバーライフのアンドロイドであることは間違いないようですね」
「最初から、そう言っているじゃないですか」
「ええ。確認を取ることができてよかったです」
「それなら早く犯人を捕まえてくれませんかね。こっちは損害賠償をさっさと請求したいんだ」
 コナーは返事をせず、ハンクの元へ戻った。ハンクは何か考えに耽っていた様子で、コナーがその名を呼ぶまで彼の存在に気が付かなかったようだった。
「ハンク?どうかしましたか?」
「いや、お前は……」
 ハンクは硬い表情で口ごもり、片手で首の後ろを撫でた。
「なんでもねえ。行くぞ」
「ええ、早く捜査を進めましょう」
 威勢良くそう返すコナーへハンクはどうしても尋ねることができなかった。「お前が人魚を盗んだのか?」と。

 サイバーライフから取り寄せた資料によれば、ナマエと彼女たち、つまり人魚は数年前から発売されている正式なモデルだった。革命後も依然として生産されている一部モデルの内のひとつらしい。だが、その資料のアンドロイドたちには二本のスラリとした脚が付いていた。やはり彼女らの上半身だけを流用している業者があるに違いないとコナーは確信した。
 ナマエのことを愛しているせいでコナーの審美眼は狂っているのかもしれないが、ナマエの顔立ちはかなり――人間は勿論、どのアンドロイドよりも――美しかった。少なくとも、コナーにはそう思われた。なので彼女らの“顔”だけを上手く使おうとする者がいるのも頷けることではあった。
 人魚たちはどこで脚と声を失ったのか。手がかりはあのトラックと、その車体に書かれていたキャッチコピーだった。
 署に戻った二人は、現代では最も有効な調査手段、つまりインターネットの検索サービスを使うという方法を取ったのだが、アングラな事業はその身を隠すことも上手く、なかなか確信的な情報は得られなかった。
 コナーが編み目の大きな網で水を掬うかのごとく、全てのデータバンクに検索を掛けている傍らで、ハンクは手を止めたまま依然として浮かない顔をしていた。それに気が付いたコナーは苦言を呈す。
「ハンク、インターネットが嫌い、というのはサボる理由にはなりませんからね」
「ああ」
 とハンクはぼんやりとした相槌を返した。コナーは渋い顔をしたまま、端末へ視線を戻す。そしてすぐに真面目な表情へと変わるその横顔を眺め、ハンクは口を開いた。
「なあ、お前はあの店の窃盗犯が誰なのか、目星は付いてるのか」
 忙しなく響いていたキーボードの音がぴたりと止んだ。コナーは顔を画面へ向けたまま答える。
「単独、あるいは複数犯によるもの。男性か女性もしくはアンドロイドの犯行の可能性があり、推測される年齢は十代から五十代……そんなところでしょうか」
「お前、それはな」
 なんも分かってねえって言うんだよ、と続けようとしたハンクを、コナーは遮る。改めてハンクへ向き直ったコナーの瞳は怒りに満ちていた。
「ですが、動機は分かりますよ。彼女を救いたかったんです。あの残酷な消費サイクルの中から。だから――」
 コナーが一度瞬くと、瞳の中の怒りの炎は消えた。自分の熱っぽい口調に気が付いたのか、代わりに、コナーは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「――窃盗ではありますが、裏にはもっと複雑な事情があるのではないかと思います」
「それがお前の見解か」
「はい」
 力強く頷くコナーに、ハンクはそれ以上何も尋ねなかった。彼は待つことにしたのだ。コナーが自ら打ち明けてくるのを。


「もう少し探れば、きっと君をそんな風にした奴らも捕まえられるよ」
 浴槽脇の椅子に腰掛けて、主に冷凍食品からなる遅い夕食を摂りながら、コナーはナマエへそう約束した。ナマエは返事をする代わりに、水の中から腕を伸ばしてコナーの頬を撫でる。その指先は温かかった。最近、その温かさがどんな意味を持つのかをコナーは理解し始めていた。彼女がコナーに触れようと、あるいは触れたいと思っている時、その手や身体は温かい。彼女が前々から表面温度を上げて用意しているからだ。ナマエのそういう愛情の表し方がコナーは好きだった。
 もっとナマエからの愛情が欲しくなったコナーは、夕食の乗ったアルミトレイを洗面台に置き、ナマエへキスを求めたが、彼女は自分ではなくアヒルのおもちゃに彼とキスをさせた。
 唇に当たるゴムの感触に目を開けたコナーは、黄色いアヒルに見つめられていることを知って苦笑する。そしてナマエへ顔を向ければ、彼女はコナーと食べかけの夕食を交互に指さした。「ちゃんと食べなさい」とアヒルを鳴かせて怒って見せる彼女は可愛らしい。コナーは行儀良くそれに従った。
 今まではどうでもいいと蔑ろにしていた全てのこと、食事をきちんと摂るだとか、毎朝カーテンを開けるだとか、そういった些細ではあるが人生を豊かにする様々なことの大切さを近頃のコナーは学びつつあった。

 夕食と少々の後片付けを終えたコナーはベッドへ行く代わりに、再び浴室へ舞い戻った。
 彼が席を外している間にナマエは湯を足し、入浴剤を入れたらしい。浴室は湯気で曇っていて、ラベンダーの甘い香りがした。ナマエは既に水着を取り払っていて、軽く組んだ腕で胸元を隠したまま、少し首を傾げてちらりとコナーを見上げた。「どうかな」とその恥じらいに満ちた瞳は尋ねていた。
 その無言の誘い方に我慢できなくなったコナーは服を脱ぎ捨てて、それが浴室の床の上でくしゃくしゃになるにまかせた。そして彼が薄紫色の温かな湯に満ちた浴槽へ身体を沈ませると、ナマエは腕を回してきてキスをせがんだ。コナーはもちろんそれに応じて、二人ででしか出来ない愛の行為に一晩中没頭した。


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