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中編|後輩を扱いあぐねるコナーの話(1/2)

*ゲーム本編から数年後という設定で、ねつ造、特殊設定などが多々あります。
*海外に「先輩」という概念がないことは、とりあえず忘れて下さい。



 コナーは廃墟の中で行われているインドアアタックの訓練を、その外に設置されたスクリーンで確認していた。画面の中にいる彼の部下たちは2つのグループに分かれて模擬戦を行っているところで、敵役の数人がペイント弾の装備された銃を小脇に薄暗い廊下を警戒しつつ歩いている。と、突然その廊下の薄い壁が打ち破られ、土煙がもうもうと舞った。コナーがスクリーンから目前の廃墟へ視線を移せば、ガラスの失われた窓から立ち上る土煙の中、数発の銃声と「ヒット」という若い女の声が響いた。
 今回彼女は、本来の役割であるレッドアイス特捜部側の隊員役を担ったらしい。大柄な男ばかりのこの部隊で彼らよりも一回り、いや二回りは小さい彼女は、入隊したての頃は所在なさげにしていたものだが、一体何があったのか、最近はメキメキと頭角を現しつつある。
 そんな彼女が持てる能力の全てを発揮して、他の隊員たちと対等かそれ以上の立ち回りを見せるのは、指導していてやり甲斐を覚えなくもないとコナーは思っていた。個人的にも、無邪気に彼を慕ってくる彼女へ目を掛けてやりたいと思ってしまうこともある。
 だが、数居る隊員たちの中で彼女だけを特別扱いする訳にはいかない。
 コナーは、廃墟内を制圧し終え、飼い主を見つけた犬のように駆け寄ってくるナマエを前に、先程まで口元に浮かべていた笑みを意識して消した。

 ナマエはハンクが再び立ち上げたレッドアイス特捜部のリーダーを務めていた頃に、どこからかスカウトしてきた人材だった。
 借りてきた猫のようになっているナマエをコナーに紹介しながら、「いずれ役に立つだろうよ」と冗談のように言っていたハンクは、自身がその後すぐに前線を退くことを知っていたのだろうか。
 ハンクが歳と怪我を理由にリーダーの座をコナーに譲った際、それに反発した者たちは――つまりアンドロイドが自分たちのトップに立つことを認められなかった者たちは――部隊を去ったが、ナマエはコナーの傍らにいて、離れようとしなかった。思えば、この時から彼女は模擬戦でのスコアを伸ばし始めたような気もする。
 コナーは新たに集めた隊員たちを自らの手で訓練するという大役を果たすこととなったが、時折顔を見せるハンクと、コナーを先輩と呼び慕うナマエの存在は彼にとって大きな支えになっていた。ハンクの指揮下で肩を並べて任務に当たっていた頃の名残か、ナマエはコナーのことを未だに先輩と呼ぶが、コナーがそれを止めさせようと思ったことは一度もなかった。彼女から先輩と呼ばれると、その肩にのし掛かる隊長という立場の重みが、僅かながら軽くなるように感じられるのだった。
 彼は立場上、ナマエへの気持ちを隠さなければならなかったが。

「コナー先輩!」
 コナーの前で直立不動の姿勢を取るナマエは砂と埃にまみれているものの、目を輝かせ、褒めて欲しそうな表情を浮かべている。その頬に、ペイント弾のオレンジ色とは異なる鮮やかな赤色の線が走っているのを認めて、コナーはぎょっとした。そして彼が手を伸ばしてそれを拭えば、ナマエは顔を顰めて「いたっ」などと言う。コナーは大きなため息をついた。
「こんな傷を負って……。実戦に投入するのはまだ早そうだ」
「そんな!」
 嘆きの声を上げて言い訳と懇願の言葉を並べ始めたナマエを無視して、コナーはナマエを追って自分のところへ集合しつつある隊員たちを眺めた。どの隊員も、急所にペイント弾の着弾した後がある。彼女には、ない。その点では、彼女を認めるべきなのだろう。……しかし、顔に傷とは……。コナーは隊員たちへ視線を据えて声を張り上げた。
「これが実戦だったら君たちは皆死んでいた。僕は君たちを死なせるために訓練を行っているわけではない。もう一度、最初からだ。次は誰も死なないように」
「私は――」
 自分の身体にオレンジ色の死のサインがないことをアピールしているナマエを一瞥して、コナーはもう一度ため息をついた。
「君もだ。もう少しチームワークを身に着けて来い」
 そうしてナマエを追い払ったコナーは、突然「随分様になってるじゃねぇか」と背後から声を掛けられて驚きつつも喜びながら振り返った。
「ハンク!」

 隊員たちは次の模擬戦のために装備を整えている。それを眺めながら、二人は最近のお互いとそれを取り巻く状況についてを話した。そうして会話が一段落した頃、唐突にハンクが切り出した。
「どう思う」
「どうって、何をですか」
「ナマエの話だ。……最近、調子いいみたいじゃねぇか」
「それはどうですかね」
 ハンクにとっては意外な言葉に、彼が横を見やれば、コナーは不満げに眉をひそめている。
「今日も無茶をして傷を負っていました。彼女はいつもそうです。自分の身を顧みない」
「……心配か?」
「あれを見て心配にならない人がいるのか、聞きたいものですね」
 その言葉にハンクがふっと微かな笑い声を漏らしたので、コナーはますます眉間の皺を深くした。
「どうしてナマエをスカウトしたのですか?彼女はあまりにも若過ぎる」
「でも、お前の役に立ってるだろ?」
「それは否定しませんが……」
「なんであいつが無茶するか、考えるんだな。それもお前の仕事の内だ」
 そう言って見せれば、まだ未熟な隊長は腕を組んでむっつりと黙り込んでしまった。ハンクは声を上げて笑い、その背を励ますように叩く。
「お前にも、いずれ分かる」
 そんな応援の仕方に昔を思い出したのか、コナーもようやく微笑みを見せたもののそれには若干の疲れが滲んでいた。ハンクはそれを気の毒に思ったが、その痛みを伴う成長の過程を見守ってやることしかできないのだった。
 準備を終えた隊員たちが整列を始める。「そろそろ……」と切り出したコナーにハンクは頷きを返した。
「あいつを引き入れた理由は、また今度教えてやるよ」
 去りゆく背中にそう声を掛ければ、コナーは振り返って、今度は本当の微笑みを見せた。
「約束ですよ」
 そう念押しして、彼を待つ隊員たちのもとへ向かっていく姿を見ながら、ナマエならお前を支えられそうだったからだと教えればあいつはどんな顔をするかな、とハンクは独り苦笑するのだった。


 ナマエは訓練場に設けられたグラウンドを走っていた。もう何周したかも覚えていない。汗が頬から顎先へ伝い、地面へ落ちていく。最初は彼女と共に走っていた他の隊員たちは既に根を上げて、グラウンドの端から彼女の姿を見守っている。
 これが終わったら、射撃の練習をしよう、とナマエは思った。時間があったらプールを借りて、アンダーウォーターの訓練もしなければ。休憩という概念の入る隙もないプランを練りながら、彼女は走る。その理由はたった一つ、コナーに認めて貰うためだ。自分が彼を支えることのできる存在だと。
 ナマエがハンクにスカウトされたのは、数年前のことだった。
 警察学校の中をうろついていた男性、それがハンクだった。訝しげに見つめてくるナマエにハンクは、自分は学校のOBで、自身が設立したレッドアイス特捜部のリーダーとして新メンバーをスカウトしに来ているのだと言った。犬の毛の付いたジャケットの下から柄もののシャツが覗く彼の姿はとてもそうは見えなかったが、まだ学生だったナマエは少しばかり好奇心を覚えて、近くのカフェテリアで話を聞いてみることにしたのだった。
 ハンクは、昔よりも力をつけている麻薬カルテルに、真っ向から立ち向かうことのできる“部隊”を作りたいのだと熱心に語った。
「ツテとか、ないんですか。人員の」
 そんな重要そうな部隊を増強するにあたって、こんなところで右も左も分からないような新人も新人をスカウトして、果たして役に立つのか、とナマエは思っていた。ハンクもその疑問を見透かしているようすで、渋い表情を浮かべて髭を撫でる。
「何人かは、俺のツテで部隊に入ってくれることになってる。でもな……もっと若いやつを入れてやりてぇんだ」
 その、自分のためでなく、誰かのためにそうしたいのだというニュアンスの言葉の意味を後にナマエは理解することとなるが、この時のナマエはそれを不思議に思いつつも聞き流したのだった。
 そしてハンクは、その時点での隊員のリストと写真をナマエに見せた。それに対してナマエが抱いた印象は、ベテラン揃い――悪く言えば、年齢層が高めというものだった。だから、その中にぽつんといる青年の姿はひどく目についた。
「これは誰ですか?」
 集合写真と思しき写真で、ハンクの横に立つ青年をナマエは指差す。柔和そうな顔付きに黒い防弾チョッキという組み合わせは、なんだかチグハグな印象を彼女に与えた。
「俺の部下で、相棒でもある。名前はコナーだ」
 ナマエはしばらくそのコナーなる人物を眺め、彼のこめかみに青いリングがあるのを見つけた。
「アンドロイドなんですね」
「……変異体だ」
 ハンクの声が、先程までとは打って変わって重々しく聞こえてナマエは顔を上げた。ハンクはどこか身構えるかのような雰囲気を漂わせながら、ナマエの返事を待っている。
 ナマエはただ自分が気が付いたことをなんとなく言っただけだった。この人格好いいですねと言うのと同じぐらい気軽に。だから彼女はなぜハンクはそんな態度を取るのか理解できないまま、思ったことを言った。
「面白そうなチームですね」
 どうやら、それで正解だったらしい。ハンクは明らかに肩の荷が下りた様子で微笑んだ。
「どうだ、入ってみないか?」
 ナマエは頷きを返した。そして数ヶ月後に卒業を迎えたナマエは、そのままレッドアイス特捜部のチーム入りを果たしたのだった。
 彼女の世代は、あの変異体たちの革命を身をもっては体験していない。家にいたアンドロイドがいなくなったことや、一時期外出できなかったことは覚えているだろうが、全てがテレビの中の出来事で、遠い国の話のように感じられていたような世代だった。その頃の彼女たちの世界には自分と友人しかいなかった。ティーンエイジャーとはそういうものだろう。彼女らはその両親やもう少し上の世代のように、アンドロイドへ嫌悪感を、変異体へ恐怖を抱く世代ではなかった。
 それをハンクは見越していたのだ。彼女たちならばコナーを受け入れるということを。

 そして数年後。悲しむべきことにハンクの懸念は現実のものとなり、彼が一線を退くと同時に、彼が昔の縁で集めてきた人員もまた、部隊を去っていった。
 残ったのは、彼がスカウトしてくるまで縁もゆかりもなかった数人の若者たちだけで、もちろん、その中にナマエもいた。


 ナマエの手には不釣り合いな大口径の拳銃が握られていた。彼女はその激しい反動を受けながらも、身体の軸はしっかりと保ったまま立っている。
 射撃場へ彼女を探しに来たコナーが傍らで見つめていることも気付かず、ナマエは全ての弾丸を標的へ叩き込んだ。的中率は94%ほど。悪くない数字ではある。
 用意した弾を使い切ったのか、銃を置いて長く息を吐き、防音のためのヘッドホンを外したナマエはようやく、隣にコナーがいることを知った。その顔が喜びに輝き、口角が跳ね上がる。だが、コナーは微笑みを返したりはしなかった。
「君の訓練の予定表を見た」
 単刀直入にコナーがそう言えば、ナマエはなにを言われるのかと、笑みを強張ったものへ変えた。コナーはその持ち上がった頬に走る傷跡へ視線を落としながら言葉を続ける。
「麻薬の取り締まりに、アンダーウォーターの訓練は必要ないと思うが」
「万が一、ということもあると思います。私は完璧になりたいんですよ、先輩」
「君はそれより休憩をとるべきじゃないか?」
「休んでる暇なんかないですよ。先輩こそ、ちゃんと休んでますか?」
「僕はアンドロイドだ。休息は――」
「私の家のミキサー、一分間続けて使うと、休ませて下さいっていうランプが付くんですよね」
 コナーの苦言を遮って、ナマエはそんな世間話を始めた。コナーは顔をしかめる。
「僕をそんなちゃちなモーターと一緒にしないでくれ」
「じゃあ、先輩が休むなら、私も休みます」
「……僕は休めない」
「なら私も休みません」
「ナマエ……」
 いつものことながら強情なナマエが、コナーは心配だった。なぜこんなにも彼女が努力するのか分からなかった。すでに他の隊員の上をいく能力を身につけているのに。だが表情にはそんな気配を微塵も滲ませず、眉根を寄せたままのコナーへ、その心情を知らないナマエは悲しみの混ざった微笑みを向けた。
「ずっと守られるだけの後輩でいたくないんです」
「君はもう、僕の部下だ」
「……そうじゃないんですよ」
 呟かれた言葉は、コナーが受け取る前に地面へ落ちていった。


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