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短編|コナーとAIスピーカーの話

 ナマエはミネルヴァ、という名のAIスピーカーを買った。サイバーライフ社製のそれは、白い本体に、アンドロイドのものを思わせるLEDのリングが付いている。何かを話しかけてそのリングがくるくると回転するのを眺めるのが、ナマエは好きだった。
 そして同じようにこめかみのリングを黄色く回転させながらコナーが言う。
「なんでこんなもの買ったんですか」
「毎朝ニュースを聞けて便利だよ」
「別に、携帯端末かテレビでも観られるじゃないですか」
 苦々しげに、コナーはAIスピーカーを睨み付ける。そこそこ高いお金を払ってこれを購入したナマエはそんな物言いに少しばかりむっとして、AIスピーカーの利点を並べ立てた。
「音楽も再生してくれるし、」
「携帯端末で再生できるじゃないですか」
「予定も管理してくれる」
「それは……」
 早々に、コナーは言いくるめられてしまった。そうして彼は恨みがましい視線をその棚の上に鎮座するAIスピーカーへ投げかけたきり、文句を言うのを諦めたようだった。
 ……いや、諦めたように見えただけだった。その時には。


 翌日、ナマエは朝食を摂りながらAIスピーカーへ話しかける。
「ミネルヴァ、今日の予定を教えて」
 しかし反応したことを表すいつもの短い効果音は鳴らず、LEDリングも光らない。不審に思ったナマエがスピーカーを見に行けば、そのコンセントは抜かれていた。
 誰が犯人なのかなど、考えなくとも分かる。
 その犯人は微塵も反省していないような面持ちでナマエの視界へすっと割り込むと、なぜか得意げに胸を張ってみせた。
「あなたのことは僕がなにより詳しいんです」
 などと言いながら、コナーは自分が引き抜いたはずのコンセントを再び差し込んだ。
「ミネルヴァ、今日のナマエの予定は?」
 それを“困ったような”というと擬人化し過ぎかもしれないが、なぜか対抗しようとしてくるアンドロイドの一方的な嫉妬を浴びながら、そのAIスピーカーは“困ったような”短い沈黙のあと、「設定されていません」と返した。
 ふふん、と鼻を鳴らすコナーが得意満面の笑みを浮かべている一方で、ナマエは狼狽えた。
「え、私設定した……」
「このAIスピーカーはあなたの予定が変更されたことを知らないみたいですね」
「え、私変更してない……」
「あなたの『買い物に行った後、家でごろごろする』の予定は削除されました。というかこれはわざわざ設定しておくほどの予定ですか?」
「ミネルヴァを活用したくて……」
 ぼそぼそとナマエが弁解すると、コナーは笑みを深め、改めてナマエへ向き直った。その仕草は明らかにナマエに何かをして欲しげであり、ナマエは困惑した。全く意図の分からない様子の彼女が困って眉尻を下げたので、コナーは身を寄せてそっと耳打ちをする。
「僕の名前を呼んでみて下さい」
「……コナー?」
 返事の代わりに返ってきたのは、起動音のような効果音だった。しかしそれは先ほどのやり取りの後再びコンセントを抜かれてしまったAIスピーカーからではなく、コナーの方から聞こえた。コナーはどこかそわそわとしながら、ナマエの反応を伺っている。ナマエはようやく訳が分かって、未だ呆れたままではあったが、目元は和らげて、彼に付き合ってやることに決めた。
「コナー、私の今日の予定は?」
 コナーは軽く咳払いをした後、答えた。
「僕とデートです」
 ふむ、とナマエは思い、言葉を続ける。
「コナー、何かニュースはある?」
 彼女のそんな質問に、コナーは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
「あなたが観たがっていた映画の公開日は今日ですよ。もちろん、チケットは購入済みです」
「えっ今日だっけ、忘れてた」
「僕は有能なアシスタントですので、あなたの言ったことは全部覚えています」
「それは、ちょっと怖い」
「……AIスピーカーより、僕は役に立ちますよ」
 そんなことを呟くように言うコナーがいじらしくて、ナマエは優しく微笑んだ。
「恋人をAIスピーカーと比べたりしないよ。だから張り合わないの」
「別に、僕は張り合っているわけでは……」
 あからさまな上に今更な嘘をついて、コナーはふいと視線を逸らす。ナマエは笑い声を上げてそんな彼の頬に軽くキスをした。

「それじゃ、予定によると今日の私はデートに行くらしいから、お洒落しないとね」
 ナマエがそう言えばコナーはぱっと顔を輝かせて、映画の後はどこに行きたいやら、あの服を着て欲しいやらと賑やかに話し始める。ナマエはその全てに肯定の頷きを返しながら、しゃがみ込んでAIスピーカーのコンセントを差し込んだ。コナーは笑顔のまま首を傾げた。
「……これの処遇は決まったのでは?」
「え、いや?」
 ナマエも首を傾げた。
「普通に全国ニュース聞きたいし」
「そんな……」
 さっきまでのやり取りは何だったのかと脱力するコナーを見ながらナマエは、コナーが次はどんな方法で私の気を引こうとしてくるのだろうと、少し楽しみに思っている自分に気が付くのだった。


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