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短編|コナーとボタンの話

 ここデトロイト市警には別段服装の規定などもなく、皆思い思いの服を着ている。そんな中で私はいつも、白いシャツにジーンズという格好をしている。それは別にこだわりがあるというわけではなく、ただ、毎日何を着るか悩みたくないからだ。

 その日は朝からひどく暑かった。もちろん署内は冷房が効いていたが、こんな夏の日に襟のあるシャツを着込んでいる酔狂な人間に配慮した温度設定にはなっていない。だから私は出勤するなり、寒い間はきっちりと止めていたシャツのボタンの一番上を解禁する。それを見たハンクが「夏が来たな」などと言って通り過ぎて行き、人の行動を夏の風物詩のように言うんじゃない、と私は思う。そもそもそんなことを言う彼のシャツは職場に似合わぬアロハ柄で、私よりもずっと的確に夏を体現していた。そして私はそのハンクに続くはずのコナーを探す。こんなに暑いのに、長袖のジャケットを纏っているであろう彼を。しかし見慣れた灰色の塊は見つからず、肩を落としてデスクへ向かおうと振り返った私の目の前に彼はいた。
「お、おはよう」
 私がその突然の出現に少し驚きながらもそう言えば、コナーは微笑みを返す。
「おはようございます、ミョウジ刑事」
 そしてコナーはすっと自然な動作で手を伸ばすと、私が先程外したばかりの第一ボタンをかけ直した。
「外れていましたよ」
 念を押すかのようにこう言われてしまうと、「外してたんだよ」とは返しにくい。私が短く礼の言葉を送ると、彼は微笑みを深めてから、ハンクの後を追っていった。

 その日は一日中暑かったのだが、私は結局一番上のボタンをかけたままにしていた。時々暑さに負けて外してしまおうかとボタンに手を触れたこともあったが、これをコナーがかけてくれたのだと思うと、なぜだか外してしまいたくなくなるのだった。


 しかし、年々、そして日に日にその激しさを増す夏の暑さにナマエはとうとう屈服し、服装を一新することとなった。
 それはコナーにとって衝撃的な出来事だった。
 出勤してきたナマエは首周りの開いたブラウスを着ていた。しかもその襟のないブラウスにはボタンが付いておらず、その柔らかく開いた胸元が人目に……というよりは自分の目に触れぬよう閉じ込めてしまう術がなかった。コナーは焦った。
 彼はナマエの目前に立ち塞がると、注意を促すかのように咳払いを一つしてみせた。
「どうしたの?」
 と、小首を傾げながら見上げてくるナマエの鎖骨は白く、それが今まで隠されていたことを顕にしていて、いつもは見えないはずのものが人目に晒されているというこの状態は、コナーを落ち着かなくさせた。どうしても、その鎖骨に視線が吸い寄せられてしまう。
「その服装はどうかと思うのですが……」
 突然そんなことを言われたナマエは改めて自分の服を眺めたが、何が“どうか”なのか分からなかった。休日にこれを着て出かけたことも何度かあるし、谷間を見せつけているわけでもない。別段、変な格好ではないはずだ、とナマエは思う。しかし目前のコナーはなぜだか気がかりな様子を顕にしている。
「なにかおかしい?普通の格好だと思うけど」
「胸元が開き過ぎです」
 断言するかのようにそう言われてしまい、若干の不安を覚えたナマエは、たまたま側を通りかかった同僚を呼び止めて意見を仰いだ。
「この服って変?」
 突然そんなことを尋ねられた同僚は足を止め一瞬怪訝そうな顔を見せた後、首を左右に振った。
「いや、普通」
 そして「いつもの以外に服持ってたんだ」というなんだか腹立たしい言葉を残して、その同僚は歩き去ってしまった。ナマエは腕を組んだ。
「普通だそうだけど」
 同僚からの擁護を得て少しばかり強気になったナマエへ、コナーは眉間へ皺を寄せた。
「他の人の意見はどうでもいいんです」
「……じゃあ何が問題なの?」
 心底不思議そうにそう尋ねるナマエに、コナーはなぜか顔を横に背けた。しかし視線は引っ張られるかのようにナマエの顔と胸元の上を彷徨っている。
「僕が見てしまうことが問題です」
 以外なその返答に、ナマエは好奇心をくすぐられる。
「なんで?」
 その問いかけには2つの質問が含まれていた。なぜ見てしまうのか、そしてなぜそれが問題なのか。コナーは自分の視線を制御するのを諦めたらしく、ぎゅっと目を瞑り、ナマエへ向き直った。
「その胸元が……この前まで隠されていたところだと思うと、つい気になってしまうんです。もっと見たいと思ってしまう。ですが、女性をそのように見るのは失礼なことらしいですし、僕はあなたに嫌われたくありません」
 コナーが目を開けていたのなら、その口から言葉が紡がれるのに合わせて少しずつナマエの頬が朱に染まっていく様を楽しめただろう。ナマエはこの正直過ぎる発言に、自分が彼に好意を持っているのだということを自覚させられたのだった。
 だが彼は目を閉じており、今の発言でナマエに不快な思いをさせはしなかっただろうかと独り気を揉んでいた。
「コナー……」
 恥じらいを帯びたその呼び声は彼に目を開かせ、今度はナマエが視線を彷徨わせる。
「別に、見てもいい、けど。……これぐらいなら」
 ぎこちない口調で告げられたその許可に、コナーは一転してぱっと表情を輝かせ、しかしそれよりも、付け加えるかのように小声で呟かれた言葉に興味を引かれた。
「これぐらい、とはどういうことですか?もしかして、これ以上が存在するのですか?」
「……あるね」
 これ以上、とは、とコナーは考えた。ナマエの頬と同じく、先程までは白かった鎖骨も淡いピンク色になっていて、ひどく興味をそそられる。これ以上、つまりこれより下、普通の人間も人前には晒さないところ……。コナーがゆっくりと視線を下ろしていくと、ナマエは腕を組み直してそれを中断させた。
「そこはまだです」
「……すみません」
「あなたがもうちょっと、これに見慣れたらね」
 どうやら物事の手順というものを知らないらしい目前のアンドロイドに、ナマエはいたずらっぽく希望を匂わせた。


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