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拍手お礼再掲|ハンクに延々と恋人の話をするコナー

 居候であるコナーがソファーへ腰掛け、自身の手のひらに表示させた誰かの写真を見つめ、微笑む……というよりはニヤけた笑みを浮かべているのを家主のハンクは見ていた。
「誰だ、それ」
 ソファーの背後からそう声を掛ければ、びくりと肩を揺らして振り返ったコナーは面白いほど狼狽えている。
「彼女は、その、別に、ハンクには……」
 もう明らかにしどろもどろなコナーを横目で見つつ、ハンクはその手のひらを肩越しに覗き込む。柔和な微笑みを唇にたたえる女の写真。どこかで見た顔だ。ハンクは記憶を辿り、しかしそれをさほど遡らないうちに彼女が誰であるのかを思い出した。
「この前のやつのか」
 彼女は先日発生した変異体による殺傷事件の目撃者だった。コナーとハンクがその事件を請け負ったのだが、大切な証人でありまた、その凄惨な現場を見てしまったせいで精神的なショックを受けた彼女へやたらコナーが気を遣っていたのをハンクは思い出す。
 確かに、今振り返ってみればそれは刑事と目撃者という立場から些か脱線しつつあったように思われる。コナーは何かと理由を付けて彼女に面会したがったし、彼女の方もまた、コナーと話す時はハンクと言葉を交わす時よりもずっと活き活きしていたようだった。その二人の間に、恋に落ちるものたち特有のあの熱気がなかったかと問われれば、なかったとはハンクには断言できなかった。そして実際のところ、“あった”わけだった。
「……先日から彼女とメールをしているんです」
 髭を撫でながら、ニヤニヤと口角を上げて見下ろしてくるハンクへ、観念したかのようにコナーはそう告げた。
「俺の知らないうちにお前もなかなかやるようになったじゃねえか」
 目をかけている青年が、それも、初めは感情が存在しているのかと疑っていた相手が、こうして最も感情的といえる行為に足を踏み入れていくのは、ハンクにとっても嬉しいことではあった。
 この後のコナーによる長文の惚気け話がなければ。

 「それで、どうなんだ?」とハンクが尋ねたのがまずかった。先程まで狼狽していたはずのコナーは一転して目を輝かせ、「彼女はですね!」と意気込んで語り始めたのだ。
 コナーの周りには人間に恋するアンドロイドもいなければ、その逆もおらず、誰も打ち明ける相手がいなかった。コナーにとってそのハンクの問いかけは、水を満杯に湛えたダムに空いた小さな穴だった。そこに水流が集中すれば、そのダムがどうなるかは誰にでも分かるだろう。
 ダムは決壊し、そこから長いプレゼンテーションが始まった。

「彼女は素敵な方です」
 意気込んでコナーはそう言った。この時はまだ真面目に聞く気のあったハンクは、唇の片方を持ち上げて、「そうか」と返した。コナーは満面の笑みを浮かべた。
「僕と彼女がどういう経緯で出会ったのかはハンクもご存知ですよね?彼女はあの事件のせいで心に傷を負っていて、それを理解してくれる存在を求めていました。本来ならそれはセラピストが担う部分でしょう。でも僕は彼女から証言を得るという名目で会話をするうちに僕にその傷を癒やせたらと思ってしまうようになったんです。その理由はたくさんあるのですが……一番の理由となると……僕は彼女を初めて見た時、何かが違うとひと目で分かったんです。あれですよ、あなたの言うところの直感というやつです。そしてそれは間違ってなかった!後から彼女に聞いたのですが、彼女も同じ印象を僕に抱いてくれていたみたいなんです。同じ印象というのはですね、何というか……彼女はもしかしたら自分と同じ尺度で物事を見ているのではないか、彼女といればもっと人生が楽しくなるんじゃないかという予感のようなものです。それで僕は、」
 どうやら話は案外長くなりそうだ。ハンクはソファーの前へ回り込むと、話し続けるコナーの隣へ腰を下ろした。
「僕は彼女のことをもっと知りたくなって、まず彼女の個人情報を集めることから始めたんです。彼女の家は案外ここから近くて……なんと、出勤の時にいつも前を通っている家だったんですよ!これには何か運命的なものを感じませんか?僕は出勤の度に彼女の家を眺めることができるんです。それはとても幸福なことですよね。まだ僕はあの家の中へ入ったことはありませんが、いつかはそうなるでしょう。それが今から楽しみです。家というのは個人を最も反映する場ですからね。ビーバーのダムや蜘蛛の巣のように遺伝子が表現するものの一つです。遺伝子というのは……」
 そこからしばらく続いた遺伝子とその表現型の話をハンクはまるっと聞き飛ばした。そしてどうやらその部分が終わったらしいあたりで口を開く。
「ちょっと待て。この話、まだ続くか?それなら俺はコーヒーを取ってくるんだが」
「どうぞ」
 ハンクはコナーを見た。コナーはまたにこりと微笑んだ。どうやら無言の要望は却下されたようで、ハンクは観念してコーヒーを取りに行った。そして戻って来た彼は再びマシンガントークに晒されることとなった。どうやら少し聞き流し過ぎたようで、話の中のコナーとその彼女の関係は少し進んだようだった。
「それで、最後の聴取が終わった時に僕が言ったんです『よかったら、この後コーヒーでも』と、そうしたら彼女は微笑んでこう返してきたんです『コーヒーがなくてもお喋りは続けられますよ』と。つまりコーヒーなんかで誘わなくても彼女は僕との会話を楽しむためだけに会いたいと。それってとても素晴らしいことではないですか?それでその後僕たちは連絡先を交換しあってメールを続けているというわけなんです」
 ハンクはコーヒーを一口飲み、しばらく待って、どうやら話は終わったらしいと気が付いた。傍らのコナーは瞳を輝かせながら、ハンクのコメントを待っている。多分、話の半分ほどを聞き流してしまっていたように思うハンクは若干の罪悪感を感じながら口を開いた。
「よかったじゃねえか、理解者が増えてよ。俺もまあ、必要ないと思うが、応援する。個人情報を漁るのはどうかとは思うがな」
 コナーは照れたように視線を逸らし、よかったな、とハンクは心の中で改めて繰り返した。なんといっても、この恋はコナーの一方的な片想いではないのだ。彼女の方もコナーに心を許し、その傷に触れることを認めた。人間同士でも相当の信頼がなければできない行為だ。
 どうやらそのうち件の彼女とやらをコナーが家に連れてくる日も近いなとハンクは思い、遺伝子の表現型であるらしい自分の家を片付けようと心に決めた。


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