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短編|シャイな彼女とコナーの話
二人は変装して、一人の男の跡をつけていた。このレッドアイスの売人が接触するであろう相手を見つけるために。尾行されているとも知らない男は、全く無警戒のまま駅へ足を向けた。二人は微かな視線のやり取りを交わし、人混みに紛れつつ跡を追う。
今日の二人は普段よりもカジュアルな格好をしており、コナーはキャップでLEDを隠して、派手という概念が顕現しようとしたところを無理矢理抑えつけたような柄のシャツの上にシンプルなジャケットを羽織っていた。
そしていつもはコナーよりも堅苦しい格好をしているナマエがスカートを履いているのを彼は初めて見た。慎み深く膝下の丈のそれが、彼女のふくらはぎの周りで踊るさまをコナーは眺める。
「あまり見ないでもらえませんか」
コナーの視線に気が付いたらしいナマエが、釘を刺すようにそう言う。コナーは不躾な自分を恥じた。
「すみません、失礼なことを……」
「……そういう意味ではなく、恋人同士ならそんなに見ないんじゃないかと思ったんです」
そう、二人は尾行の間街中に溶け込めるよう、恋人同士だという設定の元に振る舞っているのだった。コナーはこの設定を大いに気に入っていたが、ナマエの方は可でも不可でもないような表情を一向に変える様子はない。
だが、言葉の方は少なくとも否定的ではなかった。そのことでコナーは少し調子に乗る。
「恋人同士であっても、相手の脚が綺麗だと思ったなら見るのではないですか?」
コナーのそんな発言に、ナマエは驚いたように彼を見たが、すぐに視線を逸らした。その後しばらく沈黙が続き、コナーが先程の発言を撤回したくなってきた頃、ようやくナマエは口を開いた。未だにコナーへ目を向けないままではあったが。
「そのシャツ、似合ってると思う」
コナーはナマエがこちらを見ていないことを幸いに思った。コナーはなんとも言えないニヤけた笑みを浮かべてしまっていたから。しかし彼はそれを素早く消し、いつもの真面目な表情を作る。
「ありがとうございます。ハンクが選んでくれたんですよ」
「……前言撤回すべきかな」
その呟きは冗談のように聞こえたが、コナーが横目で確認したナマエの表情はやはり変わらないままだった。
ナマエはいつもアンドロイドと見紛うぐらい淡々としていて、コナーがソーシャルモジュールを総動員させてもその感情を読み取ることは難しかった。
始めのうち、コナーはその反応の理由を自分がアンドロイドであるためだろうと思っていたが、ナマエを見ているうちに彼女が誰に対してもそうなのだということを知った。ナマエはある意味でとても平等で、コナーは次第にその平等が偏るのを見たくなってきている自分に気が付いた。もちろん、自分へ偏って欲しいという意味で。
男が改札を抜け、電車に乗り込むのに二人も続いた。そこそこ混み合う車両の中で、男の死角に二人は並んで立つ。
蛇行した線路を走る電車は、それに従って左右に揺れる。その揺れがコナーのオートジャイロのカバー範囲を超えるものだったせいで、彼は振らつき、ナマエの方へ寄りかかる形になった。彼女の肩へ自分の肩が触れ、コナーは反射的に謝る。
「すみません」
「いえ、別に」
コナーはナマエから半歩離れ、姿勢を正す。だがその古い電車の揺れは酷く、コナーとナマエの距離は何度も縮まった。そしてコナーはあること、に気が付く。
近寄る、離れる。また近寄る、また離れる。その度にナマエの鼓動が早まるのをコナーは検知した。まさか、とコナーは思った。
近寄る、肩が触れる。
ナマエの心拍数が上がるのが分かり、コナーは自身の鼓動がそれに追従して同調してしまうのを止められなかった。胸元にあるはずのシリウムポンプの稼働音が、奇妙なことに耳元で聞こえているかのように思われる。彼女と同じリズムで鳴る音。いつもより早いテンポの音。その理由はなんだろうか。僕の望んでいる理由と同じだろうか。
だがコナーがそれについて思いを巡らせる暇はなかった。男が電車を降りたからだ。二人はそれを追う。
プラットフォームは混み合っていて、コナーに考える時間はなかったが、確認する手段は残されていた。お互いにはぐれてしまわぬよう、コナーはそれとなくナマエの手を握った。
人間の手でアンドロイドように通信することは不可能だが、それでも、何も伝えないわけではない。発汗の状態や握り方、その強さには、感情と意思が秘められている。
“握り返してくる”ということが秘めている感情は、特別なプログラムを走らせなくたって分かる。
そうして手を繋ぐ二人は、まるで付き合いたての初々しい恋人同士のようなのだった。
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