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短編|雨じゃなかった日の話

*『雨の日の話』の続き




 コナーはあの雨の日以来、小まめに天気予報をチェックするようになった。というより、30分置きに視界の端へ気象予報の通報がポップアップするようにした。
 そして今朝、そのポップアップが告げる。『急速な雨雲の発達により、デトロイト市は10分後から30分後にかけて突然の雷雨に見舞われるでしょう』、と。
 10分後といえば丁度ナマエの出勤してくる時間ではないか。あの雨の日を思い返し、席を立ったコナーは傘を片手に警察署を出た。もちろん、ナマエがまた傘立てに傘を忘れて帰っているのは確認済みだ。

 が、雨は一滴も降りそうにない。いや、空模様から推測するに、待っていれば降るのだろう……30分後あたりにでも。だがコナーは今降ってほしいのだった。そうすればまた、彼女と同じ傘に入ることができるから。しかし雲はまだ、その中に蓄えた水を地上へ送る気はないらしい。
 あの日ナマエが雨を凌いでいたまさにその場所に佇み、コナーは気を揉みながら、意味もなく傘を左右に持ち替える。早く降らないだろうか、できればひどい雨がいい。傘の真ん中に身を寄せなければ濡れてしまうぐらいの雨だといい。彼女の肩に腕を回す理由が欲しいから。でも、雨は降りそうにない。

 もうナマエは近くに来ているだろうか、とコナーは考える。時刻から予想する彼女の現在地はここから半径一キロ以内。……でも、もしかしたら、今日の彼女は違うルートを辿っているかもしれない。人間はイレギュラーな行動を取るものだから。そのことを失念していたコナーは独りで慌てた。
 そして彼は思い付く。ナマエの携帯端末のGPSを探すことを。しかしその追跡装置を起動する前に連絡が入った。通信相手の名前は“ミョウジ刑事”。コナーはその最初のワンコールが終わるより早くそれに応じた。
「おはよう、コナー」
 その声は奇妙なサラウンドだった。
「おはようございます、ミョウジ刑事」
 コナーは自分の声が嫌に固く聞こえるような気がした。せっかくのナマエからの電話なのだ、気の利いた挨拶の一つでもしてみせろと、彼は自身を鼓舞するが、上手い言葉が出てこない。コナーが何か言葉を続けるのかと電話の向こうのナマエはしばらく黙っていたものの、笑いを含んだ声で話しかけてきた。
「そこで、何してるの?」
 “そこで”ということは、ナマエは僕の存在を目視で確認している。コナーが少しそわそわとしながら周囲を見渡せば、彼の後ろ、少し離れたところでナマエが手を振っていた。だから音声は奇妙なサラウンドだったのだ。コナーが無意識に、雑音の中からナマエの声を拾っていたから。歩み寄りながらナマエは片手の携帯端末へ話しかける。コナーの外と中で彼女の声が聞こえる。
「もしかして……誰か待ってる、とか」
 この言葉に“期待”が含まれているように感じられるのは、コナーも同じように“期待”しているからだろうか。コナーは正直に答える。
「待っていました……あなたを。雨が降るといけないと思いまして」
 コナーが言い終わる頃には、ナマエはもう目の前にいた。彼女は傘を持っていない。そのことにコナーは喜びと失望を同時に味わった。雨が降らなければ何もかも無意味だ。ナマエが携帯端末を切り、バッグへ仕舞った。
「雨が降ったら、その傘に入れてくれるの?」
 何気ない問いかけに偽装された“期待”をコナーは聞き取った。彼が頷きを返すと、ナマエは微笑んだ。
「降ればいいね」
「……そうですね」
 二人は揃って曇天を仰ぎ見た。コナーは彼女が垣間見せる期待に反応してしまうLEDのことを気にかけ、ナマエは彼の思いがけぬ同意に頬を赤くしていた。
「待ちませんか」
「えっ?」
 コナーの呟きがあまりにも意外で、ナマエは彼の方へ向き直り思わず聞き返した。コナーは柔らかな、しかしはっきりとした口調で繰り返した。
「雨が降るまで、ここで待ちませんか」
「……そしたら多分、遅刻するね」
 雨はまだ、降りそうにない。
「すみません、そういうつもりでは……」
 規則違反を唆そうとしていた自分に気が付いたコナーは慌てて謝る。何が人間はイレギュラーな行動を取る、だ。イレギュラーなのは自分の方だ、と。しかしナマエの笑い声がそれを遮った。
「コナーが許してくれるなら、遅刻しちゃおうかな」
 いたずらっぽく笑う彼女に、コナーは釣られて微笑んだ。
「僕なんかの許しだけでいいのですか?」
「むしろ、それが一番重要だったりして」
「どういう意味ですか?それは」
「さあね」
「教えて下さいよ」
 肩を寄せ合う300メートルのために、二人は肩を寄せ合い30分間のお喋りを楽しむ。


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