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中編|復讐を果たすコナーの話(3/3)

 男は、自分が安全だと信じ切っている家の中で音楽を聴いていた。彼は護衛達が無力化されていることを知らず、家の警報全てがハッキングによって遮断されていることを知らなかった。背後に一体のアンドロイドが立っていることも知らなかった。曲に合わせて体を揺すっていた彼がそれらのことに気が付いたのは、その手の甲を金槌で粉々に粉砕されてからだった。悲鳴を上げて立ち上がり、後ろを振り返った彼に、アンドロイドは再び金槌を振り下ろした。どさりと音を立てて男は床へ倒れ伏した。それが死なぬよう手加減をしていたアンドロイドは、無感情な目でそれを見下ろした。誰も聴かぬ音楽が、ただただ流れ続けている。

 コナーはその古風な蓄音機へ指を差し入れて、完璧な回転と完璧な音楽をかき乱した。針が離れ、旋律が途切れる。女性ボーカルの声が揺らいでセイレーンの叫びに変わる。しばらくそうした後、コナーは針を上げた。重い沈黙がゆっくりと降りてきて、全てのものに染み入っていった。
 男を見下ろしながら、コナーは思う。こいつを手にかけることで何かが喪われるだろうか。あるいは何かを得るだろうか。得られるものは喪うものよりも尊いものではないだろう。でも、僕はそれをやる。ナマエのため、いや、自分自身のために。ナマエのいない今、この男が苦しむ姿にしか平穏を見出せそうにないから。

 男は頭から水をかけられ、意識を取り戻した。そして頭と手に走る痛みに悲鳴を上げる。彼が恐る恐る自分の手を見れば、それは赤黒く変色し、通常の何倍にも腫れ上がっていた。彼は思い浮かぶ限りの悪態を並べ、そこでようやく、自分が拘束されていることに気が付いた。先程まで座っていた椅子の肘掛けに腕は結び付けられ、両脚も椅子の脚へ血が止まりそうなほどきつく結び付けられている。男は顔を上げて、彼をそうした張本人を探した。
 しかし探さなくとも、それは彼の目の前にいた。それは静かに佇んで、男のことを観察していた。照明は落とされ、暗闇の中にそれがアンドロイドであることを表すLEDと腕章が青く光っていた。
「アンドロイドが、俺に何の用だ」
 男は今までいくつもの修羅場を乗り越えて来ていた。だから、相手が人間でないのはこれが初めてではあったものの、買収するなり逆に脅迫してやるなり、とにかく、相手を説得することができるだろうと高をくくっていた。
 アンドロイドは無言で手のひらに表示させた画像を見せてきた。女の画像だ。彼が攫い、男たちに与えた女。
「この女がどうした」
「あなたが彼女に何をしたのか知っている」
「だったら何だ?」
「あなたを痛めつけた後、殺します」
「ずいぶん単刀直入だな」
 男は大きな笑い声を上げた。相手の意表を付き、威圧し、主導権を握るために。だが彼がいくら笑おうとも、目前のアンドロイドはその無表情を崩そうとしなかった。男は己の行為が無意味なことを悟り、笑うのを止めた。窓から差し込む月明かりが、アンドロイドの頬を冷たく照らしている。
「何が欲しい?金か?地位か?武力か?俺は何でも持っているし、気前もいい」
「いいえ、私は何もいりませんよ。私はただ、あなたが恐怖と絶望の中で息絶えるのを見たいだけです」
 取り付く島もないアンドロイドに、男は少しの焦りを覚える。
「何もないことはないだろう。そうだな、その女、その女のことは謝ろう。治療費も全額払う。見舞金もだ」
 全くの無感情に思えたアンドロイドが僅かに眉をひそめるのを男の目は捉えた。男はこれが好機とばかりに説得を続ける。
「女のことは悪かった。許してくれ。少し……手違いがあったんだ。そうだ、全部あのギャング共が悪い。俺の命令を誤解しやがって。だから――」
 男は言葉をそれ以上紡げなかった。アンドロイドが何の前置きもなく彼の指をへし折ったからだ。男は悲鳴を上げ、痛みに呻いた。傷付いた腕がその意思に反して拘束下で狂ったように暴れ回り、痛みを更に増幅させた。
「あなたの謝罪に価値があるとでも?」
 俯き、涙と鼻水を垂らす男へ顔を近付けて、アンドロイドは淡々とそう告げた。そしてそのアンドロイドは手にしたニッパーで男の膝を撫でた。
「そ、それでなにを……」
「あなたの指を切り落とすだけです」
 そう言って、折れた男の指をそのニッパーで挟み込むアンドロイドのLEDが青色から変わらないことが、男にはただただ恐ろしかった。男は今更ながら理解した。痛みを感じないアンドロイドがどんなに残虐な行為を働けるのか。目的のない、あるいは死だけが目的の拷問の恐ろしさを。アンドロイドは言った。
「大丈夫。指を全て失ったぐらいでは、死ぬことはありませんから」
 そしてまた、前置きもなく、眉ひとつ動かすことなく、アンドロイドは男の指を切り落とした。

 男が痛みに暴れ、叫び、最終的に気絶して失禁するのをコナーはぼんやりと眺めていた。床には切り落とされた男の指が数本、血に塗れて赤い芋虫のように転がっている。これでは駄目だな、とコナーは思った。痛みが単調で、馴れてしまう。次は歯にしようか、俗に言う“歯医者”をやってみるのもいいかもしれない。
 まるで招かれた客のようにくつろいだ様子で男の向かいの椅子へ腰掛け、コナーは倉庫から持って来た工具箱からペンチを探し始めた。それを短い気絶から回復した男は眺め、自分の最期を悟り、悪態をついた。
「クソッこんなことになるなら、お前の女をファックしとくべきだったよ。それしか取り柄のなさそうな女だったしな」
 この言葉にコナーは工具箱を漁るのを止め、無言で立ち上がった。
 やはりさっさと殺してしまおう。これが生きていることが不愉快だ。
 コナーは男の首に手をかけた。始めはそれを煽るかのように嫌なニヤニヤ笑いを浮かべていた男だったが、コナーが無表情を崩さないまま手に力を込めるとその余裕も溶けるようにして消え去った。焦りと苦しみが男の顔に飛来するのをコナーは見つめ、更に首を締め続けた。焦りと苦しみが恐怖と絶望に変わっていく。
 そこへ、通信が入る。ハンクからだ。携帯端末で電話をかけてきたらしい彼の声は弾んでいる。
『おいコナー!ナマエがさっき意識を取り戻しかけたんだ、お前も早く帰ってこい!俺のアドバイス覚えてんだろ?一生ぐちぐち言われたいか?』
 それを聞きながら、コナーは男を見る。窒息死しかかっている男は赤黒い顔をしている。薄い皮膚の下で毛細血管が切れていく。今にも飛び出そうなその男の眼球が、慈悲を求めて彼を見る。
 ……一生ぐちぐちは言われたくないな。
 コナーが手を離せば、男は咳き込み、ぜいぜいと喘いだ。
『今から戻ります』
 ハンクにそう短く返し、それ以上男に目もくれないで、コナーはその家を立ち去った。




 病院へ行けば、ナマエは既に意識を取り戻しており、遅れてきたコナーへ弱々しいながらも抗議の声を上げた。人工呼吸器は外されているものの、目元はまだ包帯で覆われており、そのいつもは快活な光をたたえる瞳を見られるのはもうしばらく後になりそうだった。
 ハンクは一つしかない椅子をコナーへ譲り、すれ違いざまに彼を優しく小突いた。
「終わったんだな」
 コナーが頷きを返すと、ハンクも頷き、そして大きな声で言う。
「かわいそうにな。お前はこれから一生今日遅れてきたことをナマエにぐちぐち言われながら尻に敷かれて過ごすんだぞ」
「覚悟の上ですよ」
 そう返せば、ハンクはコナーの背を軽く叩いて病室を出ていった。それを見送り、コナーは椅子をベッドのすぐ側まで寄せてから座った。
「コナー」
 彼の名を呼ぶ声はやはり怒っているような調子だったが、それを再び聞けるということにコナーは喜びと安堵を覚えずにはいられなかった。
「どこに行ってたの?」
 もっともなナマエの質問にどう答えるかコナーは悩み、しかし事実を伝えることに決めた。
「あなたを傷付けた人たちを探していたんです」
「それで、見つかった?」
「ええ」
「そう」
 ナマエはそれ以上尋ねようとはしなかった。多分、コナーの纏う雰囲気で彼が何をして来たのか察したのかも知れない。あるいは隠しきれなかった血の臭いで。そしてそれを聞いてしまえば、何かが終わってしまうであろうことをナマエは分かっているのだろう。
「コナー?」
 しばらくの沈黙の後再びナマエはコナーの名を呼んだが、今度の声には不安が滲んでいた。
「そこにいるの?」
「もちろん。あなたの側にいますよ」
「それなら……手を握ってくれない?目がほら、見えないから」
 そう言われて、コナーはシーツの上でそれと同化してしまいそうなほど白い彼女の手へ視線を落とした。
 僕にこの手を握る資格はあるのだろうか?
 つい、そんなことを考えてしまうコナーへ、ナマエは諭すように言う。
「私はいつだって、あなたが何をしようとそれを赦すわ。あなたを愛してるから」
 コナーは微笑み、その手を優しく握る。
「知ってますよ」


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