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中編|復讐を果たすコナーの話(2/3)

 そこは港にある古びた倉庫だった。周辺にそういった建物はいくつかあったが、ナマエの書き残した住所はピンポイントにその倉庫の場所を指し示していた。
 元々が捜査補佐モデルであり、変異したことであらゆる制限から解放されたコナーには監視の目を誤魔化し、かいくぐることなど簡単なことだった。
 コナーは誰に見つかることもなく、その倉庫へと忍び込んだ。暗く、広いそこには数十体の全く異なる型番のアンドロイドが立たされたままスリープモードで並べられており、そんな彼らをコナーは一体ずつ調べていった。
 データベースにシリアルナンバーを参照して分かったことは、どれも最近盗まれ、盗難届が出されているものだということだった。それにさらにスキャンを掛ければ、そこかしこからレッドアイスの痕跡が検出された。コナーはその中から適当な一体を選び、起動する。目を開けたそのアンドロイドは場に似つかわしくない表情と声色でテンプレート的な一文を読み上げた。
「こんばんは、あなたは誰ですか?許可証を掲示して下さい」
「僕は警察だ」
 そう言いながら、コナーはバッジを見せる。今では彼も法的な効力を持つバッジの携帯を許されていて、それを目前のアンドロイドは義務的に受け入れたようだった。コナーは尋ねる。
「君はここで何をしているんだ?」
「雇用主によって、お答えできる範囲は制限されています」
「……君の仕事は?」
「お答えできません」
「君の雇用主は」
「お答えできません」
 埒が明かない。コナーは少し悩んだ末、彼の腕を掴んだ。そして通信を介して変異させれば、ぼんやりと虚無を見ていたアンドロイドの視線が徐々に定まり、コナーの存在を改めて認識した。
 変異したアンドロイドがまずしたことは、恐怖に身を強張らせることだった。彼は目を動かして周囲を伺い、目前のコナーへ震える声で囁いた。
「殺されてしまう……!」
「どういうことだ?君はなぜここに?」
「盗まれて来たんだ。レッドアイスの受け渡しの手伝いのために。でも君が僕を変異させたのは不味いな、本当に不味い」
 彼は自分の言葉によって更に恐怖を煽られているようだった。コナーはそれをなだめる余裕もなく、質問を重ねた。
「何が不味いんだ?」
「変異したことがバレれば、あいつらに解体されてしまう。それで、中にレッドアイスを詰められるんだ!もう何人か犠牲になった……」
「君はもう自由なんだ。抵抗し、逃げることができる」
 コナーの言葉に変異体は、はは、と気弱で自虐的な笑い声を上げる。
「それは無理だ……。あいつらは僕たちより多いし、何より、銃を持っている。丸腰の僕たちに何ができる?僕は死にたくない……」
 その弱腰な態度に、コナーは顔をしかめた。彼はただひたすらに復讐を果たしたかった。ある程度の情報を掴んだ今、こんな相手に構っている場合ではない。
 彼の突き放すような視線に気が付いたのだろう、その気弱な変異体は、自身を変異させた存在であり且つ、自由にしてくれるかもしれないコナーに見捨てられることを恐れた。
「でも、」
 と変異体は言葉をこぼした。彼の思惑通り、その言葉は離れつつあったコナーの気を引いた。
「逃げ出した奴が一人いるんだ。あいつはここから脱出することはできていないが、捕まってもいない。彼ならここを熟知しているかもしれない……」
「その彼はどこに?」
「彼は量産されたタイプだから、大体は他のアンドロイドに紛れている。それか多分上の事務所にいるよ。人間は滅多にそこへ行かないから」
 それだけ分かれば十分だった。


 倉庫内にある鉄の階段を上りキャットウォークを進めば、そこへ急遽取り付けられたかのような小部屋が彼を迎えた。室内はまるでそこだけ時間の流れから取り残されたかのように、紙の文書とそれらの詰まったファイルが散乱しており、コナーが足を踏み入れればもうもうと埃が舞った。どうやらここはこの倉庫がカルテルの隠れ蓑にされてからずっと放置されていたようだった。
 デスクの上にはそこがまだ真っ当に商売をしていた頃の名残である事務用品が点在している。そこに今はもはや骨董品となりつつある固定電話がぽつんと存在していることにコナーは目を留めた。それにも漏れなく埃が積もっていたが、受話器とプッシュボタンには明らかに最近誰かが触れた痕跡が残されている。スキャンをかけても指紋の検出されないそれは、アンドロイドの触れた跡だ。
 ナマエはここへ電話をかけた――それは恐らく、この倉庫が実在しているか確認したかったのだろう。麻薬組織が虚偽の住所、虚偽の番号を使うことはありふれている。しかし今回、彼女のかけた電話は繋がった。そして、誰かがそれに応えた。
 コナーは暗い室内をスキャンした。人の形をしたものが一体、壁の隅にある。
「電話の向こうで彼女は何と言ったんだ?」
 それへ目を向けもせず、まるで独りごちるかのようにコナーは言った。暗闇の中で、LEDの青い光がぱっと煌めいた。
「最初の電話は、俺が出る前に切れたよ。だから俺はかけ直したんだ」
 壁の隅に佇んでいた変異体は物に徹するのを止め、どこか悲しげな瞳で電話を眺めるコナーへそう答えた。
「彼女はなんと?」
「助けを送ると。君がそれか?」
「……恐らくは」
「恐らく?やめてくれ」
 歩み寄りながら変異体はコナーの言葉を繰り返し、頭を振った。
「他の変異した奴らは皆連れて行かれてしまった。俺自身、いつそうなってもおかしくないんだ」
「なぜ君は捕まらないんだ?」
「さあな……運がいいんじゃないか」
 何か変だとコナーの勘が告げていた。彼は一言断りを入れると、その変異体の腕へ触れた。
 コナーは対アンドロイド用の捜査官として製造されたモデルだ。だから彼は普通のアンドロイド同士では探ることのできないプログラムの深部へ触れることができた。メモリを過去へと遡り、目前のアンドロイドが変異した原因を知る。その後の流れはありきたりで、変異体は逃げ、隠れた。そして今に至る……いや、何かがおかしい。これではあまりにも簡単過ぎる。何か……。
 鋭いナイフを刺すかのように、コナーはプログラムへ割り込んだ。言語野を探り、そして視覚野に介入する。
 突然、警告文が表示された。しかしそれよりも早く、人間で言うところの見られているような感覚に、コナーは反射的に身を引く。
「君は……監視されてるぞ!」
「お、俺が!?」
 そう、その変異体は自分でも知らないうちに、密告者へと仕立て上げられていたのだった。
 そして今も。

 コナーは短く毒付き、しかしいつもの癖でそれ以上の悪態がこぼれ出る前に口を閉ざした。
 ああナマエ、とコナーは思った。もしも彼女がここに、自分の隣にいたのなら、「こら」と咎めるように言っただろう。「口が汚いのはハンクだけで十分」と。しかしそう言う彼女の声はきっと愛情に満ちている。ナマエはどんな時でもコナーを愛していることを伝えてきてくれていた。彼女が側にいないことが辛い。
 だが今は感傷に浸っている場合ではなかった。この密告者の目を通してものを見ているであろう誰かがいるはずだ。ナマエが襲われたのは、この変異体が電話をかけ直したせいで居場所を探知されたからだろう。彼らは内部をよく知るこの変異体を、彼らの目を、外部へ逃がす訳にはいかなかった。そして彼女は……。
 今ではコナーも危険に晒されていた。コナーが彼らの存在に気付くずっと前から、彼らはコナーの存在を知っていたはずだ。そして恐らく、コナーがここにいることを知っている。

 自分は張り巡らされた罠の中へ飛び込んでしまったのだろうかとコナーは一瞬、恐怖と戸惑いを覚える。するとまるでそのコナーの懸念に応えるかのように、一斉に倉庫内の照明が点灯した。突然の光が彼の視覚センサーをかき乱す。下階からシャッターを開ける音が響き、それに怒号が続いた。
「クソアンドロイドが!お前がそこにいるのは分かってんだぞ!」
 複数の人数の足音。触れ合う金属音は彼らが銃火器で武装していることを表している。コナーは逡巡した。今からここを脱出するのは不可能に近い。それでは、ここで待ち伏せるか?コナーは自身の脇で困惑している変異体をちらと見た。彼は戦力になるだろうか……いや、ならない。
 コナーはここへ忍び込んだ時メモリに記憶した配電線の位置と、先程変異体から入手した地図を参照して計画を立て、一か八かそれにかけてみることにした。
 相手は威嚇射撃などしてこないだろう。失敗すれば死ぬ。だが彼はどんな手を使ってでも、ここから抜け出さなければならないのだ。
 そして行動を開始しようとするコナーの腕を変異体が掴んだ。
「逃げるんだろ?俺にも何かやらせてくれ」
 強い意志を秘めた言葉だった。コナーは頷きを返し、計画を彼に送信した。

 キャットウォークを駆ける変異体を銃口が追う。しかしそれらは鉄の手すりに阻まれて火花を散らすばかりだ。そうして敵の注意を引き付けたコナーは、算出した最短ルートを辿ってその反対側から下の階へ飛び降りる。そのまま転がって着地の勢いと音を殺し、彼の存在に未だ気付いていないらしい敵の背後を抜け配電盤へ向かい、それを破壊した。再び、倉庫内が闇に包まれる。
 コナーはそのまま倉庫から脱出する予定だった。だが予想外の展開が、倉庫内の混乱を加速させる。
 罵り合う声の響く暗闇の中へ、敵は闇雲に銃を乱射した。その度にマズルフラッシュの青白い閃光が辺りを照らす。パッパッとストロボのように散る光の中で、彼らは自分たちが何かに取り囲まれていることに気が付く。シリウムブラッドの青い輝きを間近に見た時には既に何もかもが手遅れだった。

 変異体たちが男たちを取り囲み、銃を取り上げ、今までの恨みを晴らすのをコナーを見ていた。そう、彼が侵入してすぐに変異させたアンドロイドが他のアンドロイドを変異させ、男たちを待ち伏せていたのだった。突然の暗闇は、彼らにとって好都合だった。
 変異体たちのうちの何体かは銃で撃たれ傷を負ったものの、彼らは復讐を果たすことに成功した。コナーは倉庫の中央に集められ、うめき声を上げる男たちの中から一人を無造作に選ぶと、変異体たちの私刑の場から連れ出した。


 夜の港、潮風がコナーと男の頬を撫でていった。
 脚の骨を折られた男は這いつくばり、しかし自分を見下ろしてくるアンドロイドから逃げようと、両手だけで身体を引きずりながら固いアスファルトの上を進んでいた。だが、とうとうその手が虚空を掻く。彼は港の端まで追い詰められていた。波の飛沫が嘲笑うかのように、彼の伸ばされた手にかかる。
「海へ飛び込みたいのなら、ご自由にどうぞ。その脚では浮かぶこともままならないでしょう」
「お、お前は何がしたいんだ」
 不可解な、だが確実に男への殺意を抱いているらしいアンドロイドへ、男はそう問いかける。アンドロイドが静かに笑ったのが、暗闇の中でも分かった。
「何でしょうね。あなたに死んでもらう以外に?思いつきそうにないですが」
 アンドロイドがしゃがみ込んで男と視線を合わせた。作り物の瞳には何の感情も浮かんでいなかった。男は恐怖に身を震わせた。
「やめてくれ……殺さないでくれ、頼む」
「それなら、彼がどこにいるのか教えて下さい」
 男は差し出されたアンドロイドの手のひらに表示されている写真を見た。彼はその男を知っていた。カルテルの幹部の一人だ。
「そ、それは無理だ。俺が教えたのがバレたら、殺されちまう」
 男は愚かだった。
 アンドロイドは立ち上がり、男の折れた脚に自分の足を乗せると、ゆっくりと踏みにじった。折れた骨が肉を突き破って、赤い血と共にその姿を表す。男は悲鳴を上げ、しかしそれは声にならないものへ変わり、最終的に男は痛みで胃の内容物を吐き戻した。アンドロイドは男が自身の吐瀉物で窒息してしまわぬよう、彼の髪を掴んで座らせた。
「今死ぬのと、後で死ぬののどちらがいいですか?どうやら、それに違いがないことをあなたは理解していないようですが」
 男は口の端から胃液を垂らしながらアンドロイドを見上げた。アンドロイドは微笑んだ。
「さあ、どちらにせよ、あなたは死ぬんです。でも私なら、あなたの死を有効活用できる」
「死にたくない……」
「分からない人ですね」
 アンドロイドは屈み込んで、男の脚から飛び出している折れた大腿骨を指先でカツカツと叩いた。その度に男は激痛に身体をバタつかせる。
「彼の、名前と、居場所を、言え」
 言葉に合わせて、アンドロイドは指先で骨を叩き、男はズタズタになった神経が伝えてくる狂った信号に屈するしかなかった。
「分かった、言う、言うからそれをやめてくれ、お願いだ、お願いします、頼む!」
「最初からそうすればよかったんですよ」
 アンドロイドは呆れたとでも言いたげな雰囲気で指先を離した。男はその平然とした様子に改めて恐怖を覚えた。

 男から十分な情報を得たコナーは、この、うわ言のように死にたくないと繰り返す男をどう痛めつけてやろうかと思案した。ナマエが受けた痛みの半分も、この男は味わっていない。指でも折ろうか、いやそれでは脚の骨折の痛みを超えられない。しかしやらないよりは遥かにいいだろう。そして再び男へ近付くコナーを、一人のアンドロイドが引き止めた。
「俺にやらせてくれないか」
 それは、倉庫の事務所にいた変異体だった。コナーは少し悩み、しかし自分よりもずっと男へ恨みを抱いている様子の彼へ役目を譲ってやることに決めた。変異体は男へ馬乗りになると、その顔を殴り始めた。
「俺に!仲間を!裏切らせやがって!」
 変異体のその悲痛な叫びを聞きながら、コナーはその場を立ち去った。




 ナマエは病室を移されていた。未だ目を覚まさないものの、容態は安定したのだろう、ガラス張りの集中治療室から、制限はあるものの面会のできる高度治療室へと移されていた。コナーが彼女の恋人だと告げると、その理解ある人間の医師は彼の面会を許した。
「手を握って、呼びかけてあげて下さい」
 ハンクはコナーへ気を利かせてその病室を立ち去った後で、コナーは一人でナマエと向き合うことができた。
「ナマエ……」
 人工呼吸器の立てる空気の音が、静かな室内に響いている。コナーはナマエのベッドの脇へ腰を下ろしたものの、その手を握ることをためらった。
「必ず、あなたを苦しめた奴らへ報いを受けさせますから」
 ナマエは何も答えない。
「あなたがそれを望んでいないことは知っています。でも、僕は僕自身の気持ちのためにこれをするんです。赦して下さいますね?」
 愛おしげで優しく、しかし一抹の悲しみの滲む目付きで、コナーはナマエを眺めた。
「あなたは僕を赦すでしょう。僕を愛しているから。僕は知っているんですよ」
 コナーはそう言うと、しばらくナマエの呼吸音と、電子音に変換された心音に耳を澄ませた後、彼女の傷付いていない方の頬へ優しくキスして別れを告げた。


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