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中編|復讐を果たすコナーの話(1/3)

※暴力的な表現があります
※コナーが人間へ暴力を働く描写があります
※夢主あんまり出てきません
※この話でのデトロイトは海に面しているんです。そう思って下さい(書き終わってから気が付きました)




 ナマエはガラスの向こうにいる。大きなガラスの向こうのベッドの上に横たわっている。意識はなく、その身体に取り付けられた機械たちのディスプレイと電子音だけが、彼女の生命がまだここに留まっていることを伝えてくる。
「あの時、僕が先に帰っていなければ……」
 ガラスに手を触れたまま立ち尽くすコナーの呟きを拾って、その廊下に置かれた安物のソファに座っていたハンクは口を開いた。廊下は薄暗く、ナマエのいる白い病室は眩い。まるで違う世界であるかのように。
「自分を責めたってどうにもならねえ。悪いのはな、あいつをああいう風に痛めつけた奴らだ」
 ハンクが病院でこんな最悪な状態を味わうのは二度目だった。だが今回は自分よりも遙かに傷付き、打ちのめされている存在が傍らにいて、ハンクは少しばかり自分の抱えている悲しみから目を逸らすことができていた。コナーは錨を失った船が暗い海を漂うかのように、後悔と悲しみの只中にいる。彼にとっての灯台はナマエだった。
 全てのタスクは投げ出されたまま、処理能力はゼロに触れそうなほど低下している。コナーは頭の中が真っ白で、ナマエのことしか視界に入らなかった。自分とリンクさせた、彼女に繋がる生命維持装置の表示がその視界の半分を埋めていて、白いシーツの膨らみが上下する度にグリーンのラインが山を描く。規則正しいその波をぼんやりと眺めていると、ナマエと別れたあの夜のことばかりが繰り返し、繰り返し、脳内で再生され、最後には彼女が救出された時の様子が細部まで寸分違わずに写し出されて彼を責め苦しめるのだった。




 あの夜、コナーはナマエを残して帰宅した。
 日が落ちてから数時間が経ち、署内に残る職員の数もまばらになりつつあった。そろそろ帰宅する頃合いだな、とコナーはナマエへ視線を向ける。同棲している二人はいつも一緒に帰宅しているからだ。だが、この日は少し様子が違った。コナーがすぐ側に立っても、ナマエは真剣そうな顔をしたまま端末から視線を動かそうとしない。興味を惹かれたコナーが屈み込んで後ろからその端末を覗き込めば、デトロイトの地図を背景に、彼らの追っている麻薬カルテルの構成員と思しき男達の顔が表示されていた。
 と、ようやくそこでコナーの存在に気が付いたらしいナマエが顔を上げ、疲れの滲む微笑みを浮かべた。コナーも微笑みを返す。
「そろそろ帰りませんか」
「……もう少しだけ、残ろうかな」
 どうやら、彼女は何か掴みかけているようだ。この捜査には多くの人間が長い時間を費やしてきたが未だ幹部までにはたどり着けておらず、下っ端の売人ばかりを検挙する日々だった。これに対して、以前レッドアイス特捜部にいたハンクは、やり方が手ぬるいのだと愚痴ばかりこぼしている。
「手伝いますよ」
「んー……それより先に帰って家のことをやっててくれると助かるな」
 ナマエは少し首を傾げ、伺うようにしてコナーを見上げながらそう言う。愛しい彼女からこういう風に頼まれてしまうと、コナーは断ることができない。それに、後々のことを考えれば彼女の機嫌がいいに越したことはない。コナーは頷いた。
「それなら、夕食と入浴の用意をしておきますね」
「ありがと」
「早く帰ってこないと、先に僕独りでお風呂に入ってしまいますからね」
 その控えめなお誘いに、ふふ、とナマエが笑い声をもらす。
「じゃあ、早く終わらせないと」
 二人は人目を盗んで素早く愛のこもった口付けを交わした。

 だが、ナマエは帰ってこなかった。冷め切った食事を前に、漠然とした不安を覚えたコナーはナマエへ何度も連絡を入れたが、彼女がそれに応じることはなかった。彼女の携帯端末は破壊されたのか、GPSでの追跡は不可能になっていた。
 不安が現実のものとなってしまったコナーは警察に応援を求め、自分でもハンクと共にナマエを探し回った。明け方になってようやく、ナマエの車が郊外で見つかった。しかし彼女の姿はなく、代わりに見つかったのは血痕で、それは彼女のものだった。
 警察官が連れ攫われて、デトロイト市警も黙っているわけにはいかず、彼らは路上に設置された監視カメラの映像を洗い、捜査員とドローンを用いて周辺をくまなく探し回った。そして、その姿を消してから24時間経とうかというころになってようやく、彼女は見つかった。瀕死の重傷を負った状態で。担架で運ばれながら慌ただしく応急処置を受ける彼女の血に濡れた顔を見て、コナーは膝から崩れ落ちた。

 コナーと口付けを交わした唇は人工呼吸器に覆われ、いつも彼へ愛に満ちた眼差しを送ってくる瞳は眼窩底と頬骨の骨折のために、包帯で覆われている。唯一見える頬は内出血のせいで青と紫のまだら模様だ。恥ずかしくなると薄いピンクに染まるあの柔らかな頬が。鎖骨と肋骨も折れていて、その内の一本が肺に刺さり彼女の命を脅かしていた。点滴を受けるその白い腕には注射針を刺された赤黒い痣が点々と残されている。手首には拘束された痕。
 彼女の身に何があったのか、考えたくもない。
「見せしめ、か」
 手術後、容態が安定するまでのあいだ集中治療室へ移されたナマエをガラス越しに眺めながら、ハンクは悔しげにそう呟く。おそらく、連日に渡る警察の取り締まりに対する警告、見せしめなのだろうと彼は考えていた。コナーもそれに同意しつつ、しかし別の可能性について考えずにはいられなかった。
 ……ナマエは何かを掴みかけていたために、消されかけたのではないか。
 あの夜、彼女の端末に表示されていた地図、男達、それらから彼女は何かを導き出し――行動しようとした?そのせいで彼らに目を付けられたのではないか。
 コナーは全くの無造作に彼女が標的に選ばれたわけではないのだと思いたかった。彼女がここまで痛めつけられたことに対して、何か理由が欲しかった。彼は理由を求めていた。

 ナマエへ暴行を働いた男達のうち数人は抵抗したためにその場で射殺されたが、残りの数人を容疑者として確保することができていた。そしてもちろんハンクとコナーはその尋問に名乗りを上げ、皆事情を知っていたためにそれを二人へ譲ったのだった。
 どう見てもカルテルの一員ですらなさそうな、ギャング崩れといった風貌の男は、二人がなぜ取り調べ室に溝があるのか、なぜそれが排水溝に繋がっているのかを説明してやり、それを実際に使ってやろうかと脅せば、あっさりと口を割った。そのことをコナーは残念に思った。彼は男にナマエが味わった苦痛を味わわせてやりたかった。男の顎を砕き、喉を、指を、膝を、砕いてやりたかった。二度と社会へ復帰できないようにしてやりたかった。尋問を終えて、歯を食いしばり、怒りと憎しみを必死で押さえ込みながら低いうめき声を上げるコナーを、ハンクが宥めた。
「お前が手を汚しても、ナマエは喜ばねえよ」
 だがコナーは自身の手で復讐を果たしたいのだった。

 尋問で、僅かながらも情報を得ることができた。
 そのギャング崩れは、ある男がナマエを連れてきて金とレッドアイスを自分たちに渡し、この女を痛めつけろと命じたのだと語った。コナーがナマエの集めていた男達の写真を見せると、男はある一人の写真で激しく頷いて見せた。こいつが女を連れて来たのだ、と。コナーはその男の顔をメモリに刻みつけた。




 ナマエは目を覚まさない。コナーはもう一度確認するかのように、男の写真を手のひらに表示させ、ガラスから身を引いた。その決意に満ちた後ろ姿へ、ハンクは声を掛ける。
「行くのか?」
「はい」
 その短い返事にソファから立ち上がりかけたハンクを、コナーは振り返って制する。
「ナマエの側にいてやって下さい。目が覚めた時、一人では寂しいでしょうから」
「こいつが一番側にいてほしいのは、お前だと思うがな……もう決めちまったのか」
「ええ。それに、僕はハンクまでも失ってしまいたくはないんです」
 強い意志の滲む声に、ハンクは頷きを返すより他になかった。
「……そうか、分かった。でもな、絶対帰ってこい。ナマエが起きた時お前がいなかったら、その後一生ぐちぐち言われるぞ」
 後半の言葉を少しばかりおどけるようにして言うハンクに、彼なりの気遣いと励ましを受け取ったコナーは僅かに肩をすくめて見せたあと、彼へ歩み寄って抱擁を交わした。ハンクはコナーの背を叩く。
「いいか、絶対帰ってこいよ。俺だってお前を失いたくない。分かるだろ」
「もちろんですよ、ハンク」
 そうして腕を解いたコナーは、最後にベッドの上のナマエへ視線を送り、その場を後にした。


 ナマエは捜査の進展を逐一クラウドへアップロードしており、もちろん、あの夜も彼女はそれを怠りはしなかった。そのおかげで、彼女が得た情報の全てをコナーは閲覧することができた。だが解説のないそれらはただのデータでしかなく、彼女が何を考えてそれらを集めたのかをコナーは考えなければならなかった。
 そしてコナーはローカルファイルのなかに手がかりを求めて、ナマエの端末へアクセスを試みた。だが、四桁のパスワードがそれを阻む。始めにコナーはナマエの誕生日を入れたものの弾かれてしまい、次に入れた電話番号の下四桁も弾かれた。社会保証番号も、彼女の車のナンバーも駄目で、コナーは途方に暮れる。そうして彼は悩み抜いた末、彼自身にとっても思い入れのある日付を入力した。そうして祈るような気持ちでエンターキーを押せば、ぱっと画面が切り替わり、笑顔のコナーとナマエ、そして少し呆れたような微笑を浮かべるハンクの並ぶ写真をバックにしたデスクトップが彼を迎え入れた。
 コナーは思わず涙ぐんだ。ナマエがパスワードに指定していたのは、二人が出会った日の日付だったのだ。

 捜査を進めながら、ナマエが思いついたことをメモに残しているのをコナーは知っていた。そしてそれをローカルファイルに保存していることも。デスクトップに並んだ黄色いフォルダーからそれらしいものを選んで開けば、数個のテキストファイルが見つかった。コナーはその中でも最近保存されたものの内容へ目を通す。
 人名の羅列はあの写真の男達の名前だろう、それらをメモリへインプットしながら、コナーはスクロールを続ける。下には数個の住所も書かれていた。その内の一つに、まるで覚え書きのように単語が添えられている。――アンドロイド、倉庫、取引?材料?
 これは重要な手がかりだった。ナマエはここへ向かおうとしていたのだろうか?しかしそれならばコナーに連絡があってもいいはずだ。署を出て……連絡を入れる前に連れ攫われたのか?だがそれならば彼らはどうやって、ナマエのことを知ったのだろうか……。

 そこで行き詰まってしまったコナーは何の気なしにナマエのデスクを眺め、ふと、そこに貼られている付箋のToDoリストに気を引かれた。ナマエがやろうとしていたことたち。そのうちのいくつかにはそれを終えたことを表す横線が引かれ、一番最後の“やること”も同じように消されていた。『電話をかける』。その一文に、コナーは何か妙な胸騒ぎを覚えた。それは、ハンクが時折口にする、刑事の勘というものだろうか?人間のように直感を得た彼は、それがナマエを危険へ追い込む一端を担ったのではないかという確信に近いものを抱いたのだった。
 コナーは再びナマエの端末と向き合い、その検索履歴を調べる。彼の推測した通り、ナマエは警察のデータベースでとある住所とそこの電話番号を調べていた。それは彼女が覚え書きを残していた住所で、これらのことは、確実にナマエが何かを掴み、それと接触しようとして、思わぬ深淵を覗いてしまったのだということを明らかにしていた。コナーは立ち上がった。向かうべき所は分かっていた。


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