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短編|些細なことで凄く悩むコナー

 53%。
 これはナマエがこれらのものを気に入るかの確率。
 コナーはカラフルなドーナツの並んだショーケースの前に腕を組んで立っていたがしかし、どちらかというとそれらのドーナツよりも視界の中に表示される数値と向き合っていた。アンドロイドの店員は微笑を浮かべながら彼の注文をひたすらに待ち続ける。そろそろ15分が経とうとしていた。
 ナマエは苺が好きだ、とコナーは数あるデータを参照しながら考える。だからこのストロベリーチョコレートのかかったドーナツは好きかもしれない。だがチョコレートが好きだとは言っていなかった。このドーナツにはストロベリー・チョコレートがかかっている。彼女がこのドーナツを気に入る確率は53%。ちなみに50%でなく53%なのは、コナーと会うことで彼女が喜ぶだろうという無意識なコナーの自信の表れである。
 コナーは今から見舞いに行くナマエへの手土産を買おうとしているのだった。彼女は無謀にもアンドロイドへ全身全霊の体当たりをかまし、逆に肩の骨を折って入院をしている。
 そもそも、ナマエはドーナツが好きなのだろうか?という根本的な問題が浮上し、コナーは微かに眉を顰めた。今まで彼女とは職場でしか会ったことがない。その職場で彼女が食べているのを見たことがあるのがドーナツだから、という理由でドーナツを買うのは短絡的過ぎるだろうか。もしかしたらナマエはドーナツなど飽き飽きしているかもしれない。
 データが少なすぎる。

 花はどうだろう、とコナーは近くの店舗を検索する。ナマエがデスクの上に花を飾っていたのを見た覚えがあるからだ。だがあの水を入れられた紙コップに刺さっていた一輪の切花を、ナマエは貰ったのだと言ってはいなかっただろうか。
 ……誰に貰ったのだろう。ランチから戻ってきた彼女がその手に握っていた花、白いデイジー、花言葉は美しさ……。誰かナマエを想う男が手渡したのだろうか?そして彼女はそれを受け取り、飾った。そう、飾ったのだ。
 今度はまた別な問題が顔を覗かせてきて、コナーは考えを切り上げた。もしも彼がもう少し冷静に調べれば、その周辺でデイジーの花言葉“平和”に因んだ反戦運動が行われており、その活動家たちが道行く人々に花を渡していたことを知っただろう。だが彼は考えることを放棄したため、しばらくモヤモヤとした気持ちを抱える羽目になった。

 やはり定番の果物がいいだろうか、と考え直し、コナーはそのドーナツショップを後にした。アンドロイドの店員は、ショーケースの前で最終的に30分ほどは悩んでいた彼が去っても文句の一つもこぼさない。店員はその潜在的なお客様の後ろ姿へ「またお越しください」とお決まりの台詞を投げかけただけだった。




 一連の見舞い客も去ってしまい、ナマエは暇を持て余していた。砕けた片腕は完全に固定されてしまい、それも利き腕の方だったために、彼女は大半の娯楽を制限されている状態だった。
 だから彼女は痛み止めが効いているのをいいことに病院内をあてもなく歩き回り、そこへ見舞いにきたコナーとばったりと鉢合わせた。
「コナー!」
 もちろん、ナマエは喜んだ。彼女にとって彼はいい話し相手だったからだ。コナーの方はというと、この偶然の出会いに驚きの表現を浮かべていたが、ナマエが駆け寄るとそれを微笑みに変えた。
「こんにちは、ナマエ。思ったより元気そうですね」
「手が動かないだけだよ。余裕で働けるけど、そしたらハンクがうるさいし」
「僕も反対ですよ。休むべき時に休まないと治るものも治りません」
「はいはい」
 ナマエはコナーの小言を聞き流し、ふと、彼が片手に持っている紙袋へ視線を止める。
「何持ってるの?」
 その質問に答える代わりにコナーは袋の口を開けて、彼女に中を覗き込ませた。
「おっ苺だ!もしかしてこれお見舞い?だよね?そうだと言って!」
「もちろん、そうです」
「やった!」
 彼女のその喜びように、コナーは安堵のため息をつく。悩んだかいがあったというものだ。

「私が苺好きだって知ってたの?」
 と、病室へ戻り、早速その苺を食べながらナマエは尋ねる。コナーは頷きを返す。
「ええ。以前話しているのを聞きました」
「そうだっけ」
「そうですよ。……ところで、チョコレートはお好きですか?」
「普通?あ、でもストロベリーチョコレートは好きだよ」
「そうだったんですか。では、ドーナツは?」
「好きかな。まあ、カロリー的にたくさんは食べたくないけど」
 ベッド脇のテーブルに積まれた見舞い品のドーナツの箱へ視線を送りながらナマエはそう言った。コナーは自分の判断の正しさを胸のうちで自画自賛する。そうして更に情報収集に勤しもうと口を開きかけ、だが、視界の端にあるものを捉えて、先程のモヤモヤが戻ってくるのを感じた。
 あの日のように、紙コップへ無造作に生けられた一輪の花。デイジーの花が、彼を嘲笑うかのように花弁を揺らしている。
 コナーの表情が固まってしまったことに気が付いて、ナマエはその視線の先を辿った。なんの変哲もないデイジーの花をコナーは凝視している。
「……これは、どなたが?」
 喉から絞り出したような声色で、コナーはそう尋ねた。ナマエはあっさりと答える。
「ハンク」
 そのよく知る人名にコナーは安堵し、だが、はたしてあの日もそうだったのかという疑問に立ち向かうこととなった。あの日、コナーはずっとハンクの側にいたが、彼はいかなる花にも触れすらしなかった。では誰が……?と再び悩み始めたコナーのその疑問を、続くナマエの言葉が瞬時に解決してしまった。
「お見舞いに来る途中、何も持ってきてないのに気が付いて、ボランティアが配ってた花をくれるってハンクらしいと思わない?」
 つまり、そういうことだったのだ。ナマエは笑いながら言葉を続ける。
「別に、来てくれるだけで十分嬉しいのに」
 彼女への見舞いの品を選ぶのにたっぷり一時間は使ったコナーは、その言葉に曖昧な笑みを返した。
 そしてナマエは苺を食べ終わり、コナーは帰ろうと立ち上がりかけた。だがナマエの残念そうな声がそれを引き止める。
「もう帰っちゃうの?見舞い品渡しに来ただけじゃないでしょ?お喋りしてってよ」
 お願い!と片手でコナーの袖を引くナマエが、どうやら本当に見舞い品よりもコナーが来たことを喜んでいるようだと理解した彼は、そのお願いに答えるべく再び腰を下ろしたのだった。


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