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短編|ブルー・ダイナーにて

 コナーにとってそれは初恋だった。
 彼女とは、あの青いダイナーで出会った。些か懐古主義的なその店はノスタルジックな内装が施されており、ウェイトレスは全員人間だった。
 窓際の席でハンクを待つコナーに注文を聞きに来たのが彼女で、彼女はコナーがそれを断るよりも早く、窓ガラスに反射する青いLEDに気が付いた。
 「ああ」と彼女はまるで合点がいったかのような声をもらした。
「通りで、完璧すぎるほどかっこいいと思った」
 そう言い、いたずらっぽく笑う彼女の名札を、コナーは素早く読み取った。ナマエ。それが彼女の名前で、コナーが初めて得た彼女の情報だった。

 コナーにとって幸運なことに、ハンクはその後も待ち合わせ場所としてブルー・ダイナーを指定した。そしてコナーはいつものことながら遅れてくるハンクを、常に窓際の席で待った。
「こんにちは、刑事さん」
 ハンクとコナーの会話を耳にする機会があったのだろう、ナマエは彼のテーブルを通りすぎながら軽やかにそう挨拶を投げかけてきた。
「こんにちは。……でも私は刑事ではないんですよ」
 コナーの隣のテーブルを拭き始めたナマエはその言葉に手を止め、コナーと視線を合わせた。
「そうなの?じゃあ、あなたはだあれ?」
 面白がるような声の調子が心地よかった。
「私は捜査補佐官です」
「捜査補佐官さん……ちょっと言いにくい」
「それでは、コナーと呼んで下さい」
 ナマエはそうして自然な形でコナーから名前を引き出した。一方コナーは彼女の名前しか知らず、それで彼女を呼んでもいいのか分からなかった。彼は仕事の付き合い以外での人間との接し方を知らなかった。そんなコナーの戸惑いを見透かしたかのようにナマエは微笑む。
「私はナマエ。たぶんもう、知ってるでしょうけど」
「……ナマエ」
 そう呼んでもいいのかを確かめるかのようにコナーがその名を繰り返すと、ナマエはからかうように口角を上げて、胸元のペンを取った。
「ご注文は?」
 どうやら彼女がこの店で名を呼ばれるのは、注文の時だけらしい。

 ナマエとは話す機会も多く、二人の距離は段々とその幅を狭めていった。
「銃撃戦とか、するの?」
 トレイを片手に尋ねながら、ナマエは空いた手を銃の形にして撃つ真似をして見せる。ばーんと自前で効果音も付け足す彼女に、コナーは微笑みを向けた。
「いいえ。地道な作業が多いですね」
「なんだ」
 ふ、と指先に息を吹きかけるのは、銃口の煙を消しているつもりなのだろうか。彼女の仕草はどれもコナーの興味を惹いた。
「最近来なかったから、危ないことしてるのかなって」
 それはつまり、心配していたということなのだろうか。コナーがそれを聞き返そうか悩んでいるうちに、ナマエは他の客の注文を取りに行ってしまった。その背を見送るしかないコナーへナマエは一度振り返り、笑いながら再度手で撃つ仕草をして見せる。それは的確にコナーの心を撃ち抜いた。

 ブルー・ダイナーの古びたネオン看板は夜中でも青い光を周囲に投げかけていて、遠くからでもそれはよく見える。コナーの最近のささやかな楽しみは、その青い光を探すことだった。そんなコナーを見て、ハンクは言う。
「お前、あの店好きだよな」
 別にいいけどよ、と続けるハンクへ、コナーは曖昧な頷きを返した。そして、ハンクに分かってしまうほど僕はあの店のことを気にする素振りを見せてしまっているのだろうかと若干の恥ずかしさを覚える。
「青色だからか?」
 そう勝手に結論づけるハンクを横目に、コナーは思った。彼女が身に纏う制服も青色だ、と。彼は青色を素敵な色だと感じた。

 そのことをナマエへ伝えれば、彼女は声を上げて笑った。
「この服を褒められたの、初めて」
「あなたが着ているものなら、なんでも素敵に見えますよ」
 ナマエの表情が固まり、コナーは自分が何か失言をしてしまったのかと焦った。しかし彼女はすぐにいつものからかうような笑みを取り戻し、軽い調子で言葉を返す。
「それなら今度叔母さんがくれただっさいセーターでも着てこようかな」
「制服以外のものを着て接客してもいいのですか?」
「だめです。今のは冗談」
「……私は笑うべきでしたか?」
 ナマエはまた笑い声を上げた。
「あなたは笑いたい時に笑って。そういう所があなたの魅力だと思うから」
 その不意打ちな褒め言葉に、なぜナマエは先ほど表情を固めたのか、なんとなくコナーは理解した。
 

 コナーがガラス戸を押して店内へ足を踏み入れれば、今時珍しいドアベルが音を立ててそれを伝える。ナマエがコナーに気が付き、手を振りながら笑顔を送る。コナーもそれに控えめな微笑を返す。その一連のやり取りはもうお決まりのものとなりつつあって、ある種の安心感をコナーに与えていた。ここが、自分の居場所の一部であるというような。
 その日はコナーの他に客は数える程しかおらず、暇を持て余したナマエたちウェイトレスはおしゃべりに花を咲かせ始めた。それは店の客達を品定めするあまり褒められた会話ではなかったが、それでも彼女たちは楽しげだった。
「彼は?」
「私金髪って苦手。その時点で論外」
「服も合わせてぎり合格点かな」
「ダイナーでフレンチトーストを頼むような男はどっかおかしいよ。ありえない」
「すごい偏見!」
「私はあの席の巻き毛の人が好き」
「いつもパンケーキを注文する人?」
「それって冷凍だからでしょ」
「せいかーい」
 若い彼女らの、まるで木に止まった小鳥たちがさえずるかのようなお喋りをコナーは盗み聞きしていた。
 そして、その小鳥たちの中の一人が自分を指さすのを、コナーは横目で捕らえた。それに続いて、聞き手に回っていたナマエがこちらへ視線を向けたのが分かって、コナーはシリウムポンプが跳ねるのを感じたような気がした。
「彼はどう?」
「よく来るよね」
「絶対ナマエのこと狙ってる」
「もう番号貰った?」
「……でも彼、アンドロイドでしょ?」
 その誰かの発言に、えーと数人ががっかりしたような声を上げた。
「作り物ならかっこいいわけだ」
「持ち主は?変異体ってやつ?」
「ないわー」
「私は」
 とナマエがようやく口を開き、彼女らの視線は一斉にそちらへ向いた。
「彼は最高だと思う」
「どこがー?」
「素直な人だから」
 そう答えるナマエの唇の動きを見られないのが、コナーには残念なことのように思われた。
「でもそれってプログラム?されてるんでしょ?」
「なんにせよ、彼の中から表れた言葉なら、それは彼の言葉であって、それは本物……と私は思う」
「まじで言ってる?」
「本気」
 うわーと再度声を上げる彼女らの何人かは嫌がるような声色をしていたが、大半はからかいと冷やかしの混じったものだった。その大きな不協和音に耐えられなかったらしい店長がやって来て、小鳥の集団を解散させた。

 ハンクから連絡があり、今日の捜査は中止、とのことだった。コナーは立ち上がった。彼は何も頼まないから、ナマエを呼び、席代としてチップを払う。
「もう行くの?」
「ええ。今日はもう何もないようですので」
「そう……」
 その小さな呟きが、どこか別れを惜しむような、寂しげなものに感じられて、コナーは思わず口を開いた。
「もし、よかったら……」
 勢いで出てしまった言葉だった。これに何という誘い文句を続ければいいのか、コナーには分からなかった。視線を彷徨わせ、LEDを黄色にして悩むコナーに、ナマエは微笑んで代わりに言葉を継いだ。
「……後で一緒に散歩でも?」
 顔を上げたコナーはナマエの頬が少し赤くなっていることに気が付いた。彼女は言葉を続けた。
「もしもデートへの第一歩を踏み出したいんだったら、私ならそう言う」
 コナーは微笑み、ナマエの手を取って繰り返した。
「もしよかったら、後で一緒に散歩でもいかがですか」
 答えはもちろんYES。


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